桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

憧れの残滓

 筒女神の舞は素晴らしかった。

 その美しさは人間達に、岩時の地に、そして高天原と天の原の神々に、大きな衝撃を与えた。

 濁名は死に、宵祭りは無事に終わった。

 全ては良い方向に進んでいる、かのように思われた。

 だが。湧き出る空気が今もなお、沸騰したようにざわついている。

 明日が本祭りだ。

 舞台はこれからが本番である。

 神々は驚愕した。

 あの下らない『人間』という生き物に、まさか筒女神が降臨するとは!

 神々は常にときめきや、ドキドキワクワクを求めながら生きている。

 いつもは暇を持て余しているので、久しぶりにその願いが叶えられた。

 舞い上がるほど心が躍り、楽しい話題に花が咲く。

 人間世界の魅力を聞きかじった天と地の神々は、喜び勇んで語り合う。

 明日はぜひ、我々も筒女神の舞を観に行こう! と。

 





 








 
 同時に、天界では…………

 ある噂が立っていた。

 そのおかげで龍宮城『ホシガリの塔』管理者である星狩真広(ほしがりまひろ)は、時の神・(ソウ)の自室に呼ばれている。

「失礼します」

 神の自室というよりは、木々が鬱蒼と茂った森みたいな部屋だ。

 苔むした根が鉢から伸びて部屋中に張り巡らされ、複雑怪奇にグネグネと、壁や天井にも絡みついている。

 何を踏むかわからないカオス部屋なので、星狩はなかなか前へ進めない。

 仕事がちょうど一段落したようで、爽は星狩に微笑みかけた。

「急に呼び出して済まない」

「いえ」

 星狩は上司である爽に一礼した。
 
「深名斗様が、弥生という人間の魂と肉体を食いたがっている」

 正確には『食えば、俺はクスコを超えられるだろう』と、馬鹿な事をほざいている。

「また、ですか」

 鳳凰一族の中でも特に優秀とみなされた星狩は、深名や爽からの信も厚く、口が堅いため『ホシガリの塔』を一任された。

 深名斗の反転についても、知識だけは一応ある。

 書物によってだが。

 星狩は、深名斗が裏で数々の悪事を秘密裏に行っている事を知っていた。

「ですが、人間愛護法は」

「どさくさに紛れて一体の白龍を召喚し、無理やり承認させたらしい。今のところ人間の魂を食っていいのは最強神だけ、という事になっているらしいが」

「…………相変わらず、やりたい放題ですね」

「それでだ。天の原では、深名斗についてどんな噂が立っているのかを知りたい」

 少し思い出しながら、星狩は答えた。

「天の原の神々は、高天原を知りません。人間世界にとても近い場所にあるため、今回の『筒女神の舞』については、多くの者が『龍の目』で目撃しました」

 あくまでも『噂』の域を出ませんが、と星狩は付け加える。

「彼らは高天原におわす最強神・深名様は偽物なのでは無いか、と噂しています」

「…………なるほど」

 やはり。もう幼稚な誤魔化しが、通用しなくなっている。

 確かに。部屋に幽閉されている身でありながら、人間世界へ行けるわけが無い。

 筒女神が人間世界にいるとしたら、最強神の部屋にいるのは偽物。

 そう思われて当然だ。

 反転という事実を、多くの神々が知らないわけだし。

 さあ、深名斗はどう出る?

 反転の事実をバラすか?

 それとも噂をねじ伏せるか?

「深名が白龍姿だったのを間近で見た事がある者達は、ほとんどが寿命を迎えて死んだからな。私を除いて」

 十歳くらいの少年の姿でそれを言われると、星狩は何やらとても奇妙に感じる。

 爽は星狩が生まれるはるか昔から、この世界に存在していたのだ。

 歴史書と相対しているような、不思議な心地がする。

 最強神の側近である八神は、深名斗と深名孤の反転について、大まかな事実だけは古い書物によって知っていた。

 式典の時などは遠目だとわからないため、黒龍・深名斗が高天原にいる時は、日中は白龍姿に変化して胡麻化していたのである。

 ちなみにこの時代、深名弧が高天原にいた事は、ほとんど無かった。

「深名が反転を隠すのは、白龍側と黒龍側に分かれた馬鹿どもが、高天原で大きな戦争を始めるのを防ぐためだ。しかし当の深名斗が、次々と問題を起こす」

 星狩は爽と目が合った。

 イヤな予感しかしない。

「お前に頼みがある」

 うわ、来た!

 得意の笑顔でにこにこしながら、星狩は覚悟した。

「何でしょうか」

 ゼッタイに何か、面倒臭い事を言われるだろうな。

 ゆったりしてなどいられない。

「人間世界には、『龍宮城』を建立した梅という名の鳳凰がいる。深名にばれぬよう、弥生という名の女性をあの城まで連れて来るよう、彼女と久遠を説得してくれ」

「うう、ううう梅様?!」

 あの。

 会えば、どぎまぎと、心臓がときめいてしまう、お美しい……あの梅様?!

「と久遠様を?」

 まるで久遠がオマケみたいな言い方になっている。

「面識があるのか? 梅と」

「恩師でした」

 と同時に。

 梅様は、霊獣どぎまぎメモリアルに登場する『担任の鳳凰・シノブ先生』にそっくりだったのです!

 目と目が合っただけで、ギュン死にしてしまいそうでした。

 ああああのあのあの、クールビューティーな梅様ををを!!

「どうした、星狩。もしかして梅が苦手なのか?」

「い、いえ! ととととんでもございません!」

「嫌なら別のやつに頼むが」
「ぜひ!!! そのお役目、やらせていただきます!」
「…………」

 爽は大体察したらしいが、まあいい、と切り替えた様子で話を続けた。

「龍宮城は、鳳凰の炎によって守られている。最強神の体になれる『器』であるならば、人間であってもあの城の中で寿命を全う出来るだろう」

 星狩は急に、真顔になって頷いた。

 先ほどのゆったりした笑顔は、どこへ消えたのやら。

「……龍宮城の正式な持ち主は久遠だが、彼は城の内部を把握していない。梅の力を借りて、人間世界に繋がるあの城で、弥生という女性を上手に守って欲しいんだ」

「はぁ。なるほど」

 星狩は少し意外に思う。

 深名に内緒にしてまで、爽が人間に肩入れするような男だと思えなかったから。

 実は情に厚いとか?

 相変わらず、よくわからないお方だ。

「私は、深名の中に黒龍と白龍の二体がいた頃を知っている。どちらの味方というわけでは無い。どちらも同じくらい危険だ。今回、人間を食いたがっている深名斗の事は、さすがに放っておくわけにはいかない。龍宮城は鳳凰の炎で守られているため、最強神にも手出しが出来ないだろう」

 複雑そうな表情を見せながら、爽は苦笑いをしている。

「なるほど。鳳凰の管理下に置かれた『龍宮城』ならば、白龍側と黒龍側の争いに巻き込まれる事なく、人間を守れますね」

 白龍も黒龍も不死鳥である鳳凰を簡単に殺せないし、彼らが守るものを壊せない。

 罪を犯した者は別だが。

「ああ。だから無事に龍宮城へ着くまでは絶対に弥生を、深名斗に会わせてはならない。あれだけ注目を浴びたのだ。筒女神の舞以外の時間、クスコはそう長く少女の体に入ってはいられなくなる。深名斗はその隙を狙ってくる」

 しかも人間世界にはもう、弥生の居場所がどこにも無い。

「依り代の体を奪うのに最適な時間は、少女が肉体に宿っている時間。魂を奪うのに最適な時間は、筒女神の舞を踊っている時間だ。本祭りで舞を踊っている間は魂が肉体から離れて浮遊するため、狙いやすい。クスコが少女の肉体をほとんど支配するからだ」

 最強神・深名斗が弥生を連れて来いと言った理由は、他でもない。

 筒女神の舞が目立ち過ぎたからだ。

 クスコは深名斗を、あまりにも軽視し過ぎている。

「久遠と梅の協力が不可欠だ」

 深名斗の、自分に無いものに対する、異様なほどの執着心を侮ってはいけない。

 しばらくは別な物に目を向けさせて、弥生の事を完全に忘れてもらう必要がある。
 
 少し考えれば、わかりそうなものなのに。

 いくら光る魂や美味い肉を食ったところで、自分の魂が浄化されるわけでは無い。

 性根が腐っている輩は勘違いしながら突き進むため、その事に気づかない。


 魂は、自分の力で磨くしかない。













 空を見上げると、緑色の炎に包まれた鳳凰がゆっくりと、地上へ降り立った。

 キョロキョロと誰かを探しているような、そぶりを見せながら。

 星狩真広(ほしがりまひろ)と名乗ったその鳳凰は、白装束を身にまとった人好きのする優しそうな青年の姿に変化した。

「重大なご用件をお伝えしに参りました。梅様は、いらっしゃいますか?」

 星狩の口調は好意的だが、どこか冷静で絶対的なものを感じさせる。

「梅様? どなたの事でしょう」

 町人の一人が聞き返した。

「梅様の事をご存知ありませんか? ならば久遠様は? 白猫姿でやって来た」

 星狩的な優先順位では、白猫久遠は梅のオマケにあたる。

「…………存じません」

「困りましたね。緊急の用件なのです」

 星狩がやって来たことは異例であり、急を要すことが人間側にも伝わり始めた。

 本来であれば弥生の両親が対処するべきなのだが、彼らは勝手な動きをしないよう、自宅に幽閉されている。

 弥生を逃がそうとした事が、町の人間にばれてしまったからだ。


「今すぐに! お二方をお探しいたします! しばしお待ちください!」


 社務所から出て来た町長の顔が、醜く歪んだ。

 
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