桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

石凝姥命(いしこりどめ)

 スズネの言う通りだった。

 白龍・クスコはその時確かに、人間世界のすぐ近くを飛んでいたのである。

 見つけるのは、比較的簡単だった。

 だが眩暈がしそうなほどの巨体であったことに、全員が面食らった。

 きっとクスコは現在、心と体の力が強くなっている状態なのだろう。

 白龍も黒龍も、心と体が弱ると、必然的に見た目が小さくなってしまう。

 小さい状態ならば攻撃が通じる可能性が高いし、殺せる確率が増すのだが……。

 羽衣をはためかせ偵察に行ったエセナが案の定、誰よりも真っ先に弱音を吐いた。

「ねえ、あれ、ただの白龍なの? とても殺せそうにない大きさなんだけど!」

「アタシも見ましたー。あの白龍、でっかかったですよねー! エセナちゃん」

 いつも思うが、ウタカタはどうして、エセナにだけは敬語を使うのだろう?

 こんな憂鬱女なぞにヘイコラと敬意を払って、遜らなくたって良いだろうに。

 ロクな検証もせず弱音ばかり吐く奴が、フツヌシはこの世で一番大嫌いだった。

「深名様の勅命だ! ブツクサ言う前に殺す方法を考えろ!」

 そう簡単に諦めるわけにはいかない。

「デカかろうが何だろうが、奴の息の根を止めるしか無いのだからな!」

 古書館で借りて来たと思われる、古代の巻き物に目を通しながらクナドが言う。

「力を込めると大きくなる武器を使う、というのはどうかな?」

 スズネがクナドに賛同した。

「あの巨体に突き刺せる大きさと強度がある武器なら、殺せるかも知れませんわね」

「……可能性はあるな。俺に心当たりがある」

 フツヌシは天の原(あまのはら)に住む昔なじみの、腕の良い鍛冶職人・石凝姥命(いしこりどめ)の存在を思い出した。

 あのもうろく爺さんなら、クスコを殺せるほどの武器を作れるかも知れない。












 石凝姥命(いしこりどめ)の家は天の原(あまのはら)の、西の森のはずれにある。

 フツヌシは単身で、久しぶりに彼の家を訪れた。

「ドメさん、いるか」

 小さな小さな木の小屋から、ヒョロッと細くて顔色が悪い、ひとつ目の鍛冶職人が姿を現した。

「ドメさんと呼ぶな! この下郎が!」

 人間年齢で言えば80歳くらいだろうか。ヨロヨロしながら、こちらへと歩いて来る。

 灰色でボロボロの布切れを身に着け、風呂にもほとんど入っていない様子である。

「性懲りも無くまた来やがったか、この卑怯者!!」

 石凝姥命は握った小銃でフツヌシに狙いを定め、いきなり引き金を引いた。

 ズキューン!
 ズギューン!

 バキューン!
 バギューン!

 黒い金属に似た石で出来た弾丸が、目にも止まらぬ速さで飛んで来る。

「いきなり何だ!」

 ガッ!
 ガッ!

 ガッ!
 ガッ!

 フツヌシは身動きが取れなくなりながら、必死で声を上げた。

「やめろ! 戦いに来たわけじゃ無い! 話せばわかる!」

 筋肉ムキムキで髭巨漢スキンヘッドの彼も、銃弾の恐怖には到底勝てそうもない。

 ガッ!
 ガッ!

 ガッ!
 ガッ!

 背後にある大木に複数の弾痕が連なっていき、いつしかその黒点が木目の上に、フツヌシの体の形を芸術的に描き出した。

 当たったら、ひとたまりもない。

「やめてくれ!」

 背筋が凍る。

 今の石凝姥命は、もはや完全に狂っている。

「この家から勝手に盗んだ、黒奇岩城の設計図を返せ!」

「誤解だ! 俺は(・・)盗んでいない!」

 部下が、俺の指示のもと盗んだには違いないが。

 ────チッ!

 フツヌシは心の中で舌打ちをした。

 年月が経って忘却術が解け、設計図が盗まれたことを完全に思い出したか。

 すっかりもうろくしてるくせに、あの恨みだけは消えないということだな。

 まだこのジジイには使い道がある。早急にもっと強い術をかけねば…………。

「何千年前の話を蒸し返しているんだ!」

 この事以外は割と簡単に、全て忘れてくれていたのにな。

「金にものを言わせ、お前は、盗んだ設計図を使って、勝手に城を建てやがった!」

 石凝姥命はなおも、フツヌシに向けて銃弾を撃ち込んでくる。

「これで済むと思うなよ…………フツヌシ。あの城はお前が思うほど簡単じゃない」


 ズキューン!
 ズギューン!


 ────もうろくジジイめ。


 そんな事、とっくに知っている。


 だからお前を、殺せずにいるんじゃないか。


「違う! 忘れたのか? ドメさんがあの時『金が無いからお前が城を作れ』と、俺に設計図を渡して、一方的に命令してきたんだろうが!」

 バキューン!
 バギューン!

「ワシは決して、お前なんぞに黒奇岩城の情報を渡したりはせぬ! 全ての手柄を横取りされることを、はじめからわかっていたからじゃ!」

 恨みを晴らすために何千年もの間、石を加工して最強の銃弾を作り上げる。

 それを自身の手で巧みに操り、計画を着実に遂行する。

 石凝姥命とはそういう男だ。

「独り者で仲間のいないワシの言葉に、あの時は誰も、耳を貸そうとしなかった!」

 けっ! 今もだろうが。

 それに、もうとっくに、時効なんだっつーの。

 そんな出来事すら、だーれも覚えちゃいないっつーの!

 いつまでもゴッチャゴチャと、うるっせえジジィだ。

 …………話が全然進まねぇ。

「『黒奇岩城に重大な問題が起きた時、政治的な面で誰も対処出来なければ困る。全責任を取るなら城の使用権をくれてやる。ただし設計者の名だけは伏せておけ』とあの時ドメさんに言われたから、俺はしぶしぶあの城を管理してやったんだ」

 嘘八百を並べながら、フツヌシは強烈な眼光を光らせ、石凝姥命をひと睨みした。

「…………そうだったか?」

 石凝姥命のひとつ目が、どよんと濁る。

 彼はハッと息を飲み、急に口を閉ざして考え込んだ様子になり、大人しくなった。

 二度目の術が効いたようだ。

 しかし。このもうろくジジィが、黒奇岩城にここまで執着しているとは。

 ありとあらゆる罪を全部なすりつけて、そろそろ殺してしまうに限る。

「…………だとしたら、誤解をしてしまい、申し訳なかったな。フツヌシよ」

 おお!

 やっと術が効いて、ジジイが俺の嘘八百を信じかけている。

 良かった良かった!

 もう一息だ!

「そうだ。散々俺が賄賂やら支援金やらを、ドメさんに貢いだじゃねぇか! 俺は別に『自分が黒奇岩城の設計者だ』と吹聴して回ったわけじゃない。何も知らない奴らが勝手にデマを流しただけだ!」

「そうそう、そうだったな」

「良かったよ、思い出してくれて!」

 フツヌシは実際に、石凝姥命が書いた設計図を盗んだし、手柄を全部横取りした。

 だが、それが何だというのだ。

 この天涯孤独のジジイが、今この瞬間に、ぽっくりと死んでしまったら?

 手柄を横取りしたところで別に、誰も気にかけたりしないでは無いか。

 何の問題も無いだろうに!

「その上、あの城はひでぇ欠陥品だった! 隔離して拷問してたはずの桃色ドラゴンがあっさり抜け出して、逃げちまいやがったのを忘れたか?!」

「…………桃色ドラゴン?」

「白龍と人間のハーフだ。俺はドメさんが設計ミスした城のせいで信用を無くし、世間からメタクソに侮蔑され続けたんだぞ?!『たかだか一体の子供すら隔離出来ない城を建てた、無能な神!』とな!」

「設計にミスなど無い!」

 ズキューン!
 ズギューン!

「ギャッ!」

 石凝姥命がまた銃弾を撃ち込んでくる。

 一体、何発用意してるんだ?

 フツヌシは今度こそ命が危ないと思った。

「だとしても! 嘲笑を浴びて軽んじられたのは本来、あんたの名だったはずだ! ドメさん」

 石凝姥命の攻撃は、今度こそ止まった。

「…………」

「どうなんだ、なんか言えよ。もう俺はあんな事、気にしちゃいねえがな」

 お前の汚名を、あの時、俺がかぶってやったんだぞ────

 フツヌシと石凝姥命はしばらくの間、睨み合った。

「…………」

「俺は、取引を、しに来たんだ。ドメさんと黒奇岩城の話をしに来たわけじゃない」

「…………何の取引だ」

 やっと、まともに話す気になったか。

 時間かけさせんなこのクソジジイが!

「白龍を殺害するための武器が欲しい。それも、とびっきり、デッカくなるやつだ」

「……フン。お前もとことん堕ちたもんだな、フツヌシ。裏切りの次は殺しか!」

明蓮夢(アーレンヌ)の鉱山」

「────!」

「独占権、欲しいだろ? くれてやるよ。今度こそ、あんたは武器が作り放題だ」

「とびっきりデカくなる武器を、お前に用意してやることと、引き換えか…………」

「そうだ」

「あんなにいい鉱山を手放して、殺しを成功させて、お前に何のメリットがある」

「いいか? これはな、最強神直々の正式な勅命なんだ。白龍を殺せば、俺は深名様の全面的な信頼を勝ち取れる。高天原……いや全世界の隅々まで、このフツヌシの名を轟かせてみせる。最強神を含む八神と、対になるくらいの強さを手に入れてやる……。全ては、そこから始まるんだ」

 しまいには最強神の座を、奪い取ってみせる。

 フツヌシの野望は、どこまでも果てしなかった。

「勅命…………だと?」

 石凝姥命は、意外そうな表情を見せている。

「どうする、ドメさん。こんな薄汚ねぇ小屋じゃ、どうせろくな武器が作れねぇだろ?」

「……その、白龍の名は」

「クスコというらしい」

「────」

 独居老人である石凝姥命だが、元は名が知れ渡った古代の神である。

 フツヌシが思うより、高天原における極秘情報にも、人間世界の情勢にも精通していた。

 だから知っている。

 クスコが、本当はどういう存在であるのかを。

 そしてどうやらフツヌシは、自身がどれほど愚かな事を仕出かそうとしているのかに全く、気づいていない様子である。

 石凝姥命は、信用ならないフツヌシに、あえて何も伝えない事を決めた。

『ワシの銃弾では、一瞬すぎて物足りぬ。この男にはとことん苦しみ抜いてから、死んでもらわねばなるまい』

 石凝姥命は術に翻弄されながら考え、愚かなもうろくジジイを演じる事に決めた。

「巨乳美女も一人つけろ。それなら鉱山と引き換えに、武器をお前にやってもいい」

 ジジィ! まだ性欲が残っていたのか。信じられん…………!

 フツヌシは即座に頷いだ。

「エセナをくれてやる」

 あんな役立たず女、この汚らしい爺さんの相手をさせてやるのが丁度いい。

 これで、一歩前進だ。

 邪な笑みを浮かべ、岩の神と呼ばれた男は声を上げて笑い出した。

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