桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
矢の中の世界
エセナのおかげで矢の中にいた神々は、フツヌシ達を受け入れたようである。
それどころか男たちは、エセナに食べ物や飲み物などの貢物を与え始めた。
「嬢ちゃん、コレ美味いんだぜ! 食えよ」
「こっちに甘い果物があるんだ! ほら、やるよ!」
「これ見ろ。その羽衣を留める綺麗な石だ。オレが持ってても仕方ねぇからやるぜ」
「皆様、本当にありがとうございます!」
エセナは可愛らしく微笑み、もらった石を大切そうに身に着け、もらった食べ物や飲み物を美味しそうにいただいた。
すると、彼女の力がみるみるうちに回復するのが見て取れた。
この女ァ!
フツヌシはイラッとした。
確かにエセナは、今回だけは非常に俺様の役に立った。
けど、美味そうな食い物や飲み物や綺麗な石などを男どもに貢がせて…………
自分だけうまいこと、力を復活させやがって!
「ささ、君達こっちこっち! 一列に並んでー!」
妙にウキウキした声が、違う方角から聞こえて来る。
「ん?」
後ろを振り返ったフツヌシは目を見開いた。
クナドが神々の女の子たちを、次々と怪しげな扉の中へ誘い込もうとしている。
「い・ま・な・ら! 期間限定『ラブ・アタック大作戦扉』が解放されているよ!」
「…………おい」
「恋愛で悩んでいる君達! この扉を通れば、気になる異性が思いのままだ!」
「「「「「はーい!」」」」」
クナドの言葉にすっかり騙された年端も行かない女の子たちが、スルスルと吸い込まれるように、真っ赤な扉の中へと入ってゆく。
「…………おいクナド!」
クナドはフツヌシの声に気づかない。
扉まで出して一体全体、コイツは矢の中で何をしているのだ!
少女達をどこへ入れた?
病院か?
クナドは黒天権と変化の力を使ったとは思えないほど生き生きとしており、力は完全復活しているように見える。
何という回復力だ。
「クナドー!!!」
フツヌシの声は矢の中全体に響き渡り、一瞬、誰もが彼の方を凝視した。
「ん? どうしたのフツヌシ、大声出して。今すごくいいとこなのに…………」
怒り心頭に達したフツヌシの頭頂部から、ボウッという音と共に、大きな湯気が湧き出してくる。
「こんの馬鹿たれがァ!! 俺達の使命を忘れたのか?! コラァ、アホガキどもがァ! こんな男の口車に乗るなんて、どんだけ脳みそが足りないんだお前らァァ?!」
「────あ」
「『────あ』じゃねえ!!!」
「クナド様、なーに? このうるっさいデブオヤジ!」
「いきなり下品に怒鳴り散らしてきて、最低ね!」
「こんな老害、視界に入れたくないんだけど!」
「ツルツル禿げてておおいやだ! 死ねばいいのに!」
おい待て!
一体、俺が何をした?!
デブオヤジとは何だ!
老害とは!
俺のこれは筋肉だぞ?!
しかも禿げてる事なんて今は、全く関係無くないか?!!
フツヌシのハートはジクジクと、音を立てて傷ついた。
バタン。
女の子達をあらかた入れた深紅色の扉を閉めてから、クナドはにっこりと笑う。
「あ、ごめんごめん! 僕ってほら、悩める乙女を放っておけない主義なんだ。それよりアレは、放っておいていいの?」
「アレ?」
クナドが指さす方向を見て、フツヌシは口をあんぐりと開けた。
いつの間にか矢の中の世界に大きな円形のステージが現れており、その上で大規模なイベントが催されている。
ステージ中央に設置された垂れ幕には、『第1844回・岩時の破魔矢・隠し芸大会!』と書かれている。
「隠し芸大会?!」
こいつらは一体、矢の中でなーにを楽しんでいるのだ???
どこからか、奇妙な音が聞こえて来る。
フツヌシがステージ脇を見ると、数十体くらいの神で構成された小規模な楽団が、奇妙な形をした楽器を演奏していた。
スズネがうっとりとした表情を浮かべながら客席に座り、楽団員が演奏する珍しい音色に酔いしれている。
ギリギリーッ。
ギリギリギリーッ!
ギリギリギリギリーッ!!
痛い痛い痛い!!
耳が痛い!!!
何なんだこの音は?!
誰かの歯ぎしりか?!
イライラがますます増幅されてゆく!!
フツヌシはたまらず、両耳を塞いだ。
「美しい音色ですわね…………」
「どこがだ!!!」
うっとりした様子で、ギリギリと響くメロディーをスズネが口ずさんでいる。
芸術鑑賞が一番の癒しになるらしく、彼女の表情には元通りの生き生きとした力が復活しているのが見て取れる。
「あらフツヌシ様。どうかお待ちくださいませね! 次がいよいよ最終章ですのよ」
「待てるか!!!!!」
「芸術を理解出来ない無骨者は、これだから困りますわね……おーほほほ!」
「何だと?!!」
耳障りなスズネの笑い声と、固い金属をノコギリで斬ったかのような不快音はひっきりなしに鳴り響いている。
フツヌシの激怒は、止まることを知らない。
彼の頭頂部から吹き出た湯気は次第に大きくなっていく。
いつしか湯気は、天空を覆う大きな雲へと姿を変える。
そして膨張しきった雲からは、大粒の雨がしとしとと、矢の中全体に降り注いだ。
怒れば怒るほどフツヌシの力は湯気となり、雲となり、雨となり、降り注ぐ。
感情に任せた振る舞いは、力の放出を止められず、無駄遣いを繰り返してしまう。
フツヌシは焦りを感じた。
黒天権を使用したのが、そもそもの間違いだったのか?
誰が提案した?
…………俺だ。
ウィアンに合図するタイミングを計らなければならないのに。
この矢の中では、俺様の力だけが、すり減ってしまう一方では無いか!
力が自分だけ、復活しない。
リーダーとして、どうなんだ?
それに、俺様の指示に従うつもりなど、今のあいつらには全く無い。
このままでは失敗する。
石凝姥命の笑い声が、天の原から聞こえるかのようだ。
仮にクスコを殺せたとして、だ。
あいつらだけが活躍出来て、俺様の出番が無いまま終わるなど…………
そんな事態は断じて許さん!
「うわっ、汚え!」
「体液をまき散らすんじゃねぇ! このクズ野郎が!」
フツヌシに対する罵声が再度、あちこちから響き渡る。
雨に頭を濡らされたらしく、矢の中の神々が苦情を言っているらしい。
もう、彼らに構っている場合では無い。
攻撃できないまま、クスコに察知されて、どこかへ逃げられてしまうのはまずい。
早く力を復活させない事には、次の手が打てない。
眼鏡をかけた司会者が、興奮した様子で叫ぶ声が聞こえて来る。
「勝者、泡の神・ウタカター!」
「やほー!」
…………勝者?!
ステージの上では、泡の姿に変化したウタカタがピョンピョンと飛び跳ねている。
ブヨン、ブヨン、と数えきれない泡をまき散らしながら。
どうやら彼女は巨神に化けたノミくらいの神に、変化の隠し芸で勝利したらしい。
対戦相手がウタカタのすぐ近くで、審査員を睨みながら悔しそうに泣いている。
「あーとひとーつ勝ーったーら優ー勝! 優勝商品『アワ泡モリ盛』が、なんとアタシのものーっ!」
「ウタカター!!!!!」
フツヌシは怒鳴り、客席の最前列を蹴り飛ばした。
ガシャーン!!
ウタカタは、フツヌシにやっと気づき、ステージの上からヒラヒラと手を振った。
「あ。フッツー! ちょーっとだけ待っててね?」
「待てるかァァ! このアホンダラ!! 何を楽しんでいるのだ!!!」
「『アワ泡モリ盛』まで、あとちょーっとなの! 天界じゃこーんなお酒、絶対の絶対に手に入らないんだよー?」
「俺たちの使命を忘れたのか?!」
「あっ! 決勝戦始まっちゃうー!」
『最終ラウンドー! 決勝戦。棘の神キリウ対、泡の神ウタカター!』
「らじぁーー!」
フツヌシに構わず、ステージ上の司会はどんどん隠し芸大会を進行してゆく。
「ありゃ! フッツー、危なーいっ!」
ウタカタの叫び声が終わるか終わらないかのうちに、いきなりフツヌシの頭部全体に、黒々とした無数の棘が突き刺さった。
「いてててててててててっ!!!」
頭の中心部まで突き刺さるかのような、地獄のような鋭い痛みが永遠に続く。
目を白黒させたフツヌシがステージを見上げると、マッチ棒を思わせるほど背が高くて細い、見るからに陰気そうな顔をした男が、変化の術でウタカタと戦っていた。
「おい! こっちは客席だろ?! お前が放つ棘が俺にまで当たったじゃねぇか!」
怒鳴り声が止むと、マッチ棒男はゴミを見るかのように、フツヌシを一瞥した。
「お前ではござらん。棘の神キリウでござる。これは失礼した!」
キリウが放った小さな棘は、フツヌシの精神にこれまで味わった事の無い苦痛を与え、体全体を包み込んでがんじがらめにした。
「いでででででででででっ!!!」
「フッツー大丈夫ー? サボテンみたいだねっ! もーすぐ終わるからね!」
『優勝者は…………泡の神・ウタカタ!!!』
「わーい、きゃっほう!!! アーワアーワ、モーリモーリ!!!」
「ウタカタ様ー--!!!」
棘の神キリウがいきなり叫んだ。
「なにー?」
「『アワ泡モリ盛』を、この私にくださらんか!!!」
「えー。優勝はアタシだもーん! ふーんだ。やだよーだ!」
「母が危篤なのです!!!」
「「「「えっ!」」」」」
「母は、『アワ泡モリ盛』が大好きでござった。今は手に入らないこの酒を、探し求めて早二年。やっとこの大会に辿り着いたというわけでござる。最期に飲ませてやりたいのでござる!」
相変わらず陰気そうな様子ではあるが、棘の神キリウが嘘を言っているようには見えない。
フツヌシも、ウタカタも、エセナも、クナドも、一瞬言葉を失った。
スズネだけは我関せずといった様子で、音楽に聞き入っている。
「もし『アワ泡モリ盛』を譲ってくださるなら、お礼に我が力を、ウタカタ様とお仲間全員に献上いたそう!」
マジか!
「お前に何が出来る?」
フツヌシは思わずキリウに尋ねた。
「『棘』に変化する方法を伝授して差し上げ候。力はほとんど使わずに済みまする」
「なら棘になれば、黒天権を使わず、矢の外まで移動出来るか?」
「もちろん。棘は小さいから、矢の表面など難なくすり抜けられまする」
なるほど!
棘に変化すれば、今の自分みたいに力が皆無であっても、矢から出られるのか!
打算の上、フツヌシはウタカタにこう言った。
「ウタカタ。この棘野郎に『アワ泡モリ盛』をやれ」
それどころか男たちは、エセナに食べ物や飲み物などの貢物を与え始めた。
「嬢ちゃん、コレ美味いんだぜ! 食えよ」
「こっちに甘い果物があるんだ! ほら、やるよ!」
「これ見ろ。その羽衣を留める綺麗な石だ。オレが持ってても仕方ねぇからやるぜ」
「皆様、本当にありがとうございます!」
エセナは可愛らしく微笑み、もらった石を大切そうに身に着け、もらった食べ物や飲み物を美味しそうにいただいた。
すると、彼女の力がみるみるうちに回復するのが見て取れた。
この女ァ!
フツヌシはイラッとした。
確かにエセナは、今回だけは非常に俺様の役に立った。
けど、美味そうな食い物や飲み物や綺麗な石などを男どもに貢がせて…………
自分だけうまいこと、力を復活させやがって!
「ささ、君達こっちこっち! 一列に並んでー!」
妙にウキウキした声が、違う方角から聞こえて来る。
「ん?」
後ろを振り返ったフツヌシは目を見開いた。
クナドが神々の女の子たちを、次々と怪しげな扉の中へ誘い込もうとしている。
「い・ま・な・ら! 期間限定『ラブ・アタック大作戦扉』が解放されているよ!」
「…………おい」
「恋愛で悩んでいる君達! この扉を通れば、気になる異性が思いのままだ!」
「「「「「はーい!」」」」」
クナドの言葉にすっかり騙された年端も行かない女の子たちが、スルスルと吸い込まれるように、真っ赤な扉の中へと入ってゆく。
「…………おいクナド!」
クナドはフツヌシの声に気づかない。
扉まで出して一体全体、コイツは矢の中で何をしているのだ!
少女達をどこへ入れた?
病院か?
クナドは黒天権と変化の力を使ったとは思えないほど生き生きとしており、力は完全復活しているように見える。
何という回復力だ。
「クナドー!!!」
フツヌシの声は矢の中全体に響き渡り、一瞬、誰もが彼の方を凝視した。
「ん? どうしたのフツヌシ、大声出して。今すごくいいとこなのに…………」
怒り心頭に達したフツヌシの頭頂部から、ボウッという音と共に、大きな湯気が湧き出してくる。
「こんの馬鹿たれがァ!! 俺達の使命を忘れたのか?! コラァ、アホガキどもがァ! こんな男の口車に乗るなんて、どんだけ脳みそが足りないんだお前らァァ?!」
「────あ」
「『────あ』じゃねえ!!!」
「クナド様、なーに? このうるっさいデブオヤジ!」
「いきなり下品に怒鳴り散らしてきて、最低ね!」
「こんな老害、視界に入れたくないんだけど!」
「ツルツル禿げてておおいやだ! 死ねばいいのに!」
おい待て!
一体、俺が何をした?!
デブオヤジとは何だ!
老害とは!
俺のこれは筋肉だぞ?!
しかも禿げてる事なんて今は、全く関係無くないか?!!
フツヌシのハートはジクジクと、音を立てて傷ついた。
バタン。
女の子達をあらかた入れた深紅色の扉を閉めてから、クナドはにっこりと笑う。
「あ、ごめんごめん! 僕ってほら、悩める乙女を放っておけない主義なんだ。それよりアレは、放っておいていいの?」
「アレ?」
クナドが指さす方向を見て、フツヌシは口をあんぐりと開けた。
いつの間にか矢の中の世界に大きな円形のステージが現れており、その上で大規模なイベントが催されている。
ステージ中央に設置された垂れ幕には、『第1844回・岩時の破魔矢・隠し芸大会!』と書かれている。
「隠し芸大会?!」
こいつらは一体、矢の中でなーにを楽しんでいるのだ???
どこからか、奇妙な音が聞こえて来る。
フツヌシがステージ脇を見ると、数十体くらいの神で構成された小規模な楽団が、奇妙な形をした楽器を演奏していた。
スズネがうっとりとした表情を浮かべながら客席に座り、楽団員が演奏する珍しい音色に酔いしれている。
ギリギリーッ。
ギリギリギリーッ!
ギリギリギリギリーッ!!
痛い痛い痛い!!
耳が痛い!!!
何なんだこの音は?!
誰かの歯ぎしりか?!
イライラがますます増幅されてゆく!!
フツヌシはたまらず、両耳を塞いだ。
「美しい音色ですわね…………」
「どこがだ!!!」
うっとりした様子で、ギリギリと響くメロディーをスズネが口ずさんでいる。
芸術鑑賞が一番の癒しになるらしく、彼女の表情には元通りの生き生きとした力が復活しているのが見て取れる。
「あらフツヌシ様。どうかお待ちくださいませね! 次がいよいよ最終章ですのよ」
「待てるか!!!!!」
「芸術を理解出来ない無骨者は、これだから困りますわね……おーほほほ!」
「何だと?!!」
耳障りなスズネの笑い声と、固い金属をノコギリで斬ったかのような不快音はひっきりなしに鳴り響いている。
フツヌシの激怒は、止まることを知らない。
彼の頭頂部から吹き出た湯気は次第に大きくなっていく。
いつしか湯気は、天空を覆う大きな雲へと姿を変える。
そして膨張しきった雲からは、大粒の雨がしとしとと、矢の中全体に降り注いだ。
怒れば怒るほどフツヌシの力は湯気となり、雲となり、雨となり、降り注ぐ。
感情に任せた振る舞いは、力の放出を止められず、無駄遣いを繰り返してしまう。
フツヌシは焦りを感じた。
黒天権を使用したのが、そもそもの間違いだったのか?
誰が提案した?
…………俺だ。
ウィアンに合図するタイミングを計らなければならないのに。
この矢の中では、俺様の力だけが、すり減ってしまう一方では無いか!
力が自分だけ、復活しない。
リーダーとして、どうなんだ?
それに、俺様の指示に従うつもりなど、今のあいつらには全く無い。
このままでは失敗する。
石凝姥命の笑い声が、天の原から聞こえるかのようだ。
仮にクスコを殺せたとして、だ。
あいつらだけが活躍出来て、俺様の出番が無いまま終わるなど…………
そんな事態は断じて許さん!
「うわっ、汚え!」
「体液をまき散らすんじゃねぇ! このクズ野郎が!」
フツヌシに対する罵声が再度、あちこちから響き渡る。
雨に頭を濡らされたらしく、矢の中の神々が苦情を言っているらしい。
もう、彼らに構っている場合では無い。
攻撃できないまま、クスコに察知されて、どこかへ逃げられてしまうのはまずい。
早く力を復活させない事には、次の手が打てない。
眼鏡をかけた司会者が、興奮した様子で叫ぶ声が聞こえて来る。
「勝者、泡の神・ウタカター!」
「やほー!」
…………勝者?!
ステージの上では、泡の姿に変化したウタカタがピョンピョンと飛び跳ねている。
ブヨン、ブヨン、と数えきれない泡をまき散らしながら。
どうやら彼女は巨神に化けたノミくらいの神に、変化の隠し芸で勝利したらしい。
対戦相手がウタカタのすぐ近くで、審査員を睨みながら悔しそうに泣いている。
「あーとひとーつ勝ーったーら優ー勝! 優勝商品『アワ泡モリ盛』が、なんとアタシのものーっ!」
「ウタカター!!!!!」
フツヌシは怒鳴り、客席の最前列を蹴り飛ばした。
ガシャーン!!
ウタカタは、フツヌシにやっと気づき、ステージの上からヒラヒラと手を振った。
「あ。フッツー! ちょーっとだけ待っててね?」
「待てるかァァ! このアホンダラ!! 何を楽しんでいるのだ!!!」
「『アワ泡モリ盛』まで、あとちょーっとなの! 天界じゃこーんなお酒、絶対の絶対に手に入らないんだよー?」
「俺たちの使命を忘れたのか?!」
「あっ! 決勝戦始まっちゃうー!」
『最終ラウンドー! 決勝戦。棘の神キリウ対、泡の神ウタカター!』
「らじぁーー!」
フツヌシに構わず、ステージ上の司会はどんどん隠し芸大会を進行してゆく。
「ありゃ! フッツー、危なーいっ!」
ウタカタの叫び声が終わるか終わらないかのうちに、いきなりフツヌシの頭部全体に、黒々とした無数の棘が突き刺さった。
「いてててててててててっ!!!」
頭の中心部まで突き刺さるかのような、地獄のような鋭い痛みが永遠に続く。
目を白黒させたフツヌシがステージを見上げると、マッチ棒を思わせるほど背が高くて細い、見るからに陰気そうな顔をした男が、変化の術でウタカタと戦っていた。
「おい! こっちは客席だろ?! お前が放つ棘が俺にまで当たったじゃねぇか!」
怒鳴り声が止むと、マッチ棒男はゴミを見るかのように、フツヌシを一瞥した。
「お前ではござらん。棘の神キリウでござる。これは失礼した!」
キリウが放った小さな棘は、フツヌシの精神にこれまで味わった事の無い苦痛を与え、体全体を包み込んでがんじがらめにした。
「いでででででででででっ!!!」
「フッツー大丈夫ー? サボテンみたいだねっ! もーすぐ終わるからね!」
『優勝者は…………泡の神・ウタカタ!!!』
「わーい、きゃっほう!!! アーワアーワ、モーリモーリ!!!」
「ウタカタ様ー--!!!」
棘の神キリウがいきなり叫んだ。
「なにー?」
「『アワ泡モリ盛』を、この私にくださらんか!!!」
「えー。優勝はアタシだもーん! ふーんだ。やだよーだ!」
「母が危篤なのです!!!」
「「「「えっ!」」」」」
「母は、『アワ泡モリ盛』が大好きでござった。今は手に入らないこの酒を、探し求めて早二年。やっとこの大会に辿り着いたというわけでござる。最期に飲ませてやりたいのでござる!」
相変わらず陰気そうな様子ではあるが、棘の神キリウが嘘を言っているようには見えない。
フツヌシも、ウタカタも、エセナも、クナドも、一瞬言葉を失った。
スズネだけは我関せずといった様子で、音楽に聞き入っている。
「もし『アワ泡モリ盛』を譲ってくださるなら、お礼に我が力を、ウタカタ様とお仲間全員に献上いたそう!」
マジか!
「お前に何が出来る?」
フツヌシは思わずキリウに尋ねた。
「『棘』に変化する方法を伝授して差し上げ候。力はほとんど使わずに済みまする」
「なら棘になれば、黒天権を使わず、矢の外まで移動出来るか?」
「もちろん。棘は小さいから、矢の表面など難なくすり抜けられまする」
なるほど!
棘に変化すれば、今の自分みたいに力が皆無であっても、矢から出られるのか!
打算の上、フツヌシはウタカタにこう言った。
「ウタカタ。この棘野郎に『アワ泡モリ盛』をやれ」