桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

ドロドロと棘

 岩時の破魔矢は大きくなり、クスコの首を後方から刺し貫いた。

 ここまでは計画通り。

 だが。クスコは今のところ、悠々と空を飛んでいる。

 大きな矢が刺さったまま、楽しそうに。

 ────チッ!

 フツヌシは、忌々しそうに舌打ちをした。

 まだ生きてやがる!

「────完全に刺さって、いるな…………」

 つまり刺さったくらいでは、死なないという事だ。

 ……まあ、これは想定内だ。

 棘になる裏技をキリウから習っておいて良かった、とフツヌシはつくづく思う。

 『棘→ドロドロに変化』は実に使い勝手の良い、大変便利な裏技なのである。

 ドロドロ状態から棘の状態に変わるのも、慣れて来ると段々、成功率が上がる。

 力を使わずにサッと変われるため、繰り返し何度も変化できるのがとてもいい。

 中と外を簡単に行き来出来るだけでは無く、破魔矢の矢竹部分にスルスルとのぼり、その表面からクスコの傷口を見ることも出来た。

 他の奴らは俺様のようにドロドロにはなれないのだから、全体を俯瞰できまい。

 フツヌシはとても気分が良くなり、久しぶりに優越感を感じた。

 クスコの傷口からは鮮血が今もなお、ドク、ドク、という音と共に噴き出している。

 ────ここからが肝心だ。

 石凝姥命(いしこりどめ)の助言を、フツヌシは思い出す。

『破魔矢で刺し貫いて、まずは傷口を作る。傷が大きければ大きいほど呪いの術式が効きやすくなり、精神を追いつめることが可能じゃ。相手は巨大な白龍。リーダーの指示のもと、全員一丸とならなければ、とても呪い殺せないじゃろうがな』

 どうやら、ジジィの言葉通りのようだ。

 クスコは物理的な攻撃を与えるだけでは、死なないらしい。

 精神にもダメージを与えなければ、今のままでは回復してしまい、失敗する。

 リーダーの指示のもと、全員一丸となる。

 そんな事が、このメンバーで、果たして可能なのだろうか?

 呪いの術式、か……

 やはり、俺様の岩破邪(ガハジャ)を使うしかないだろうな。

 時と共に少しずつ、力が回復してきたようだし、もう使っても大丈夫だろう。

 …………徐々に体が、熱くなってきた。

 ここぞという時のため、力を温存しておいたからだろうな!


 がはははは!


 俺様最高!


 俺様最強!


 力を全く使わずに済む棘に変化したのは、大正解だったな!


 フツヌシは息を吸い、勢いよく吐き出す。


 そのタイミングで、こう唱えた。


岩破邪(ガハジャ)!」



 ドドドドーン!!


 ?!

 何の音だ?!



「素晴らしいですわ!」



 パラパラ!



「見てごらんよ、綺麗だ!」



 パラパラ!



「キラキラしてるねぇー」



 パラパラ!



「ホントね……」



 いつの間にか矢の表面に、ウタカタ、クナド、エセナ、スズネが来ていた。


 フツヌシのすぐ近くに。


 どういうわけか、眼下に輝く岩時町が、震えている。


「これは花火、というのだそうですのよ。色とりどりで、美しいですわねぇ」


 空に大きな花が咲いている。


 まるで、生き物のように。


 お囃子(はやし)の音が鳴り響き、昼と夜の境目に、提灯の灯りが灯る。


 晴れ渡った大空を鮮やかに彩る花火に、フツヌシ以外は目を奪われている。


 と、いうことは、だ。


 ……完全に無視された?


「おい! さっきの術が聞こえたか?」


「さっきの?」
「うるっさいなーもう!」
「聞こえたって何が?」
「花火に集中しましょうね」


 つまり…………


 俺様の岩破邪(ガハジャ)が、全然、こいつらには効いていない?!!


 ええい! もう一度だ!


岩破邪(ガハジャ)!」


「あーもう! フッツー、ガハジャガハジャうるっさいー!」
「今、良いところなのですから、黙っていて下さいまし!」
「花火って最高に、綺麗なのね…………」
「エセナちゃんの瞳みたいだね……イテテテテッ! つねらないで!」


 もういいっ!


 コイツらに岩破邪(ガハジャ)は勿体ない!


「おい、攻撃開始だ! 早くしろ!」


「攻撃?」
「何を?」
「どこに?」
「どうしてです?」


「俺たちは! 深名(ミナ)様の! 勅命を受けたから! クスコを殺すんだろー!」


 怒鳴り散らし過ぎたせいで、声が枯れてしまう。


 矢の中で遊び過ぎて、もう勅命の内容を忘れたのか?!!


「あ。そだったねー」
「ゴメンゴメーン」
「そうでしたわね」
「ああ、夢から醒めちゃった」


「全員、棘の姿で攻撃開始!」

 フツヌシの合図で、他の4体はしぶしぶ、矢の表面でスタンバイした。

「クスコの傷口に集中して襲いかかれ!」

「了解」
「承知しましたわ」
「わかったわ」
「いいよー」

 フツヌシ以外の4体は、クスコの傷口へ向かって勢いよく飛んでゆく。

 彼らの攻撃は素早かった。

 精度が高く、正確であり、4体の力を掛け合わせているため、威力も抜群だ。

 スズネの芸術的センスが輝き、螺旋状の大きな棘になって攻撃を展開している。

 彼らは間髪を入れず、猛烈な勢いでクスコの傷口へと突き刺さっていった。

 フツヌシ以外の4体がこれほど強くなっているのには、ちゃんとした訳がある。

 矢が大きくなったのも同じ理由だ。

 矢の中にいた奇妙な神々が、ウタカタ、エセナ、クナド、スズネと仲良くなったため、彼らの脱出に惜しみない協力を申し出たからだろう。

 エセナには、男どもが。

「大変だな、嬢ちゃん! ほら、俺らの力も貸してやるよ!」

 クナドには、少女たちが。

「クナド様ー! 私たちの力、使ってくださいね! ん? 岩ハゲはあっち行け!」

 スズネには、楽団員が。

「芸術を理解する者同士、力を合わせましょう! 我々は音楽で援護します!」

 ウタカタには、キリウや司会者をはじめとする、隠し芸大会関係者が。

「ウタカタ様。もうお別れとは、本当に寂しいですね。優勝者のあなたがここから出られるよう、我らも精一杯協力しますよ!」

 フツヌシ以外の4体は、矢の中の神々と仲良くなって絆が生まれ、ますますパワーアップしたのである。

 そうとしか考えられない。

 認めたくはないが。

 あの4体は、ただ存在するだけで、一大勢力を築き上げてしまうらしいからな。

 アホだけに。
 
 思いっきり悔しいから、認めたくはないが。

 ……しかし現金なものだな。

 あれだけ最初は、「出て行け!」と叫んでいたのに。

 ただ生きている、それだけで、死ぬまで、永遠にポジションの奪い合いが続く。

 おおかた、奴らも心の底では、ホッとしているのだろう。

 突然現れたおかしな奴らが、比較的すぐに、矢の中からいなくなってくれて。

 ちょっと安心することにより、思いっきり足元をすくわれるのは、こういう輩だ。

 思考を停止して、思い出作りのため協力しようなどと、安直な結論に達するから、真実を見誤る。

 矢の中にいた奇妙な神々は、フツヌシ達がクスコを殺害しようとしている事など、知る由も無かっただろう。

 矢から脱出しようとするという事は、力を解き放ち、攻撃を開始するという事。

 知らず知らずのうちに白龍殺しに加担しているなど、奴らは夢にも思っていない。

 だが、これで勝ったな!

 まだ自分自身が攻撃していないうちから、フツヌシは声を上げて笑い出した。

「ガーッハッハッハ!」

 奴らが戦ってくれるのならこの際、チームワークなんてどうだっていい。

 クスコを殺した後は潔く散ってくれれば、面倒も少なくて済んで一層助かる。

「なにしてるのー? 早くフッツーも攻撃してよー!」

「なーに、焦るなウタカタ。大将は最後の砦なのだからな!」

 さて。

 そろそろ真打の登場だ!

 攻撃開始っ!!!

 フツヌシは、棘に変化した。

 …………はずだった。

 が。

「ああん?」

 粘着性の強いドロドロ状態のまま…………何故かフツヌシは棘に変化出来ない。

 棘になろうとするとドロドロが絡みつき、矢の表面から離れられない!

 ここぞという時に飛べないい?!

 どういう事だ?!

 ドロドロと棘が均等に混ざって、体に張り付いてくるぞ?!

 フツヌシが動くたびに、気味の悪い音が鳴る。

 ドロドーーッ!

 ドロドローッ!

 ドロドローッ!

 ────まずい。

 これまでもゴツゴツしていた体が、一層、醜くてゴツゴツの体になってゆく。

 しかもこのままでは、俺様だけ、クスコに攻撃する事が出来ないでは無いか!

 こういう時…………どうするんだっけ?

 思い出せ。

 思い出せ。

 思い出せ…………

『執着したい何かを集中して、思い浮かべたら如何かと』

 ああ、そうだった、そうだった!

 また集中力が欠落していたようだな?

 フツヌシは再び脳内で、望みの薄い想像を繰り広げた。

 クスコ殺害を成し遂げた自分が、世界の頂に立った姿────

「絶対に成功させてやる! 絶対に成功だ! 絶対に成功ッ!」

 グツグツがドロドロに、ドロドロがカチカチに、フツヌシの心が落ち着いてゆく。

 はずが。

「ねえフッツー、いくら攻撃してもクスコの体、すり抜けちゃうよー」

 何?

「全然刺さりませんわ」

 どういう事だ!

「何度攻撃しても、通り抜けるんだよね。棘の体じゃ無理なのかな…………」

 通り抜ける?

「この攻撃、意味あるの? クスコが意思を持って躱してるとも思えないわ」


 首の後ろは見れないわけだから、もしかしてクスコは奴らに気づいていない?


 ……クスコには、棘攻撃により甚大なダメージを与えたいのだ。それなのに。


 殺害は見事、成功したかのように思えたのに!


 という事はつまり…………


 奴には、影響を、与えられない?


 破魔矢攻撃は、大失敗?!


 相変わらずクスコは、悠々と、優雅に、楽しそうに、空を飛んでいる。


 くそっ、忌々しい白龍だ!


 フツヌシは舌打ちした。




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