桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

大地の父

 結月がウタカタに襲われるより少し前。

 大地は、親のように近しい存在である梅と、一年ぶりに再会を果たした。

 梅の正体は、黄金の鳳凰(ほうおう)である。

 久しぶりに再会できたので、大地もそれなりに、梅にきちんと挨拶くらいはしたかったのだが。

 彼女と大地の弟分にあたるハトムギという名の(からす)の霊獣が、何故か窮地に立たされていた。

 得体の知れない赤い鈴のバケモノに変身した時の神スズネと、空の上で戦っていたのである。

 大地は彼らを助けるため、一緒にスズネと戦った。

 そして、スズネは戦いの最中に時間を逆回しして、突然どこかへと消えてしまった。

「あのスズネとかいう奴、一体何者なんだ? …………信じられないくらい強かった」

 独り言のように、大地は呟いた。

 どうにかハトムギを救うことは出来たものの、岩時神社に現れた黒龍側の5体の神に関する謎は、ますます深まるばかりである。

「時の神を名乗っていました。それが本当かはわかりませんが」

 神社の社務所へハトムギを運んだ後、畳の間のちゃぶ台を挟んで大地と向き合い、梅は彼の問いに答えた。

「スズネは本殿の中に立ち入ろうとしたのだと思います」

 祭りの開始と同時くらいに、岩時神社の中に5体の、黒龍(こくりゅう)側の神たちが姿を現したのを、梅が察知したこと。

 彼らは黒龍側の、高天原天神(たかまがはらてんじん)である可能性が高いこと。

 想像を絶するほど、力が強いこと。

 大地の父親である白竜・久遠と同等か、それ以上の力の持ち主であること。

 高天原(たかまがはら)という世界は、大地や梅が住んでいた竜宮城の天に浮かぶ小さな場所であり、久遠は遠い昔からそこで働いているのだということ。

「警護していたハトムギが邪魔になり、拝殿の前で排除しようとしたのでしょう」

「…………」

 出された麦茶に、大地は少し口を付けた。

 透明なグラスに氷が入っており、冷たくて美味しい。

 人間になりすましながら梅は普段、この社務所で生活をしている。

 久しぶりに訪れた畳の間は、一年前と何も変わらない。

 梅の手によってすっきりと片付いており、必要なものだけが備えられている。

「大地。おそらくこの祭りの最中に、あなたの婚約者であるさくらを含めた人々が、あの神々に狙われるでしょう」

 梅がこう言うと、大地は頷いた。

「だろうな」

 ハトムギは畳の上に敷いた布団の中で、ぐっすりと眠っている。

 梅は時々彼の方へと、心配そうな視線を向けていた。

「魂を抜き取られ、それを人間世界から持ち去られたらおしまいです。我々でも、手出しが出来なくなります。何とか食い止めねばなりません」

 白髪を後ろにきちんと束ね、浅黄色の浴衣の上に白いスモックをかぶった梅は、老婆とは思えぬほど、背筋をぴんと伸ばしている。

「どうやって抜き取るんだ?」

 大地に向き直り、梅は話の続きをした。

「魂の喉元に、牙を立てて吸い取ります。全部吸い尽くすと、その人間の体は完全なる『気枯れ(ケガレ)』と化し、その正体を失います。逆に魂を自分の体に取り込んだ神々は一時的に、その人間の一部を自由に操ることが出来るようになります」

「…………『気枯れ』になった人間はどうなるんだ」

「魂の力を完全に失います。すぐに体の方に力を与えない限り、正体が危うくなるでしょう。神たちはその方法を使って『気枯れ』を作り、その中に別な力を入れることで、人間達を自分の思い通りに操ります」

「別な力…………」

「それが高天原天神の、影響力。本殿へ向かわなければ」

「ハトムギはどうするんだ。梅はこいつを見てろよ、俺が行く」

 大地は立ち上がりかけた。

 その時。

「久しぶりに、珍しい生き物を見るのう! おぬし、梅という名か」

「…………!」

 大地の腰に下げた布袋の中から、いきなりクスコの声が聞こえてきた。

「わ!」

 クスコはひょこっと、布袋の中からその顔をのぞかせた。

 梅は驚き、「ひっ!」と声をあげて息を飲んだ。

 クスコの気配に気づかなかった自分自身に、心底驚いたようである。

「クスコ! お前、今までこんなとこに隠れていやがったのか!」

 大地の言葉に梅は反応を示し、思わずその名を聞き返した。

「クスコ…………?!」

 クスコは飄々とした様子で答えた。

「隠れていたわけじゃのうて、眠っていたらいつの間にか、ここにいたのじゃ」

 大地は思った。

 ゼッテー嘘だ。

 布袋の中で、これまでの様子を見ていたに決まっている。

「あなたは…………」

 信じられない! とでも言いたげな、驚きを隠せない表情で、梅は首を何度も横に振っていた。

「梅?」

 梅の様子が急におかしくなったように、大地は感じた。

 張り詰めた緊張が、梅の全身から伝わってくるように感じる。

「おぬし黄金の鳳凰(ほうおう)か。ワシの名はクスコじゃ」

 梅と目が合ったクスコは、ひと呼吸置いて続けた。

「それ以外は思い出せぬ」

 その言葉を聞くと、何かを悟ったような表情で、梅は静かに頷いた。

「…………?」

 先ほどまでとは空気が違う。

 大地は疑問に思った。

 梅はクスコと顔見知りなのか?

 怒っている時以外はさほど平静さを失わない梅を、ここまで緊張させてしまう存在を、大地は一人しか知らない。

 自分の父親である白龍・久遠だ。

時刈(とがり)じゃな」

 クスコの視線は、梅の白いスモックに向けられていた。

 腕の部分に、鳳凰の家紋が小さく刺繍されている。

 神社を守る時の神、(そう)をはじめとする時刈一族(とがりいちぞく)の家紋には、鳳凰(ほうおう)の絵があしらわれている。

 けれどクスコは、それを見て梅を鳳凰と判断したわけでは無い。

 人間の姿をした梅自身を見た瞬間に、そう言っていた。

 先ほどのスズネとの戦いを、布袋の中からこっそり見ていたのだろうか。

 霊獣の正体を一発で見抜ける力が、クスコには備わっているのだろうか。

 色々なことが気になり、大地はクスコについての謎がさらに深まるのを感じた。

「クスコ。私は梅と申します」

 梅はクスコに首を垂れた。

「梅。いつからここにおるのじゃ」

「16年前からです。久遠様の命を受けて」

「あの、久遠か…………」

 梅は柔らかな光に包まれ、みるみるうちに元の姿へ変身していく。

「大地は、久遠様の息子です」

 黄金色に輝いた、美しい鳳凰の姿になりながら、梅は短くこう言った。

 まるでクスコに、自分自身を証明するかのように。

 自分がクスコにとっては、無害な霊獣だと伝えるように。

「美しい鳳凰じゃ」

 クスコは感嘆の声を上げた。

 人間世界で、梅が黄金の鳳凰の姿に戻る事は、滅多にない。

「大地、おぬし久遠の息子じゃったのかえ」

「親父を知ってるのか?」

 岩時神社は、大地の父親にあたる白龍・久遠(くおん)の力で守られている。

 最高神に仕える立場である久遠は過去に、ある出来事が引き金となって高天原の神々から直々に命を受け、岩時神社を守ることとなった。

「知ってるも何も…………アレはワシの一番弟子じゃ」

「弟子?」

 大地は、高天原での久遠の働きについては、知る由もなかった。

 久遠からは常に、大地が質問をすることを禁ずるような雰囲気が放たれていたからである。

 大地は自分の父親の、話しかけづらい雰囲気が少し苦手だった。

 この岩時神社を、どうして過去に久遠が守ることになったのかについても、今の今まで大地は知らないままである。

「まぁよい。で、梅よ。久遠の命とはなんなのじゃ」

 梅は、その黄金の翼を開いた。

「大地の婚約者である、露木さくらを守ることです」




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