桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

本殿にいた怪物

 フツヌシと石凝姥命(いしこりどめ)は真っ直ぐ、岩時神社の本殿(ほんでん)へ向かった。

 神社の最奥にある赤茶色の、(ひのき)で作られた建物である。

 屋根の優美な鬼紋(おにもん)や、欄干(らんかん)擬宝珠(ぎぼし)階段(きざはし)などは、あの霊獣王(カン・アル)の瞳と同じ黄金色に輝いている。

「御大層な装飾だな……」

 少量の皮肉なら普通に吐ける。

「この神社では七年に一度、『岩時神楽(いわときかぐら)』という舞台が執り行われるらしい」

 酔っ払いの石凝姥命が、フラフラ歩きながらフツヌシに教えてくれた。

「舞台に関わる人物は全て、本殿の中でみそぎの儀式を行うのが通例じゃ」

「みそぎ?」

「ヒック……神に心を捧げる、という意味らしい。霊水を口にした瞬間、人間どもは気枯れと魂に分かれるのんじゃ。魂を食えば、気枯れは好きに操れる」

「アホな人間どもだな」

 破魔矢の中にいた、能天気な神々と大差ない。

 利用されるのが分かっていながら魂を強い奴に捧げるのは、自殺行為に等しい。

「つまり今は本殿の中にいる方が『光る魂』を手に入れやすい、ってことか?」

「そうじゃ」
 
 なるほどな。

 クナドあたりならばすぐ、行動に移しそうだ。

 あまりにも腹が減ったから、光る魂でも何でもいいから、口にしたい。

 だがここまで特殊な力に守られた場所で、そんなに上手く事が運ぶのだろうか。

 フツヌシはこの本殿にかけられた、圧倒的な天璇(メラク)の力が気に入らない。

 天津麻羅の弟子が書いたメモの内容も気になる。

『ゴツゴツルツルさん、光る魂を絶対に食べたらダメですよ!』

 どうして『食べたら絶対にダメ』なのだろうか。

 その肝心なところがメモには書かれていない。

 とても不親切だ。

「……ドメさんはもう、光る魂を食ったのか?」

「ウィ。食い過ぎた。もう満腹で動けんん……」

 このジイさんでも食えるなら、一つくらい食っても問題は無いか?

 空腹が切実さを伴ってきたので、細かい事はどうでも良くなってくる。

 餓死してしまうよりは、光る魂を食う方がましだろう。

 本殿の小さな畳の間に潜入すると、金色がかった短髪の少年が、一人で白い盃に口を当てている。

 意志の強そうな、小柄な少年だ。

 彼はためらわず、盃を満たしていた霊水を「くいっ!」と一気に飲み干した。

 ごくん!

「うおっ?!」


「?!」
「!!!」


 突然、少年の口から金色に輝く珠が飛び出した。


 珠は目にも止まらぬ速さでジグザグ飛びながら、空中に浮かんでいる。


 石凝姥命が叫んだ。

「あれが光る魂じゃ! あんなに綺麗なのを見たのは初めてじゃ! 早う食え!」

「お、おう!」

 少年は、自分の口から飛び出た珠の存在に、まるで気づいていないようである。

 彼にはフツヌシ達の姿が見えていないし、声も聞こえていないらしい。

 フツヌシは急いで、光る魂に手を伸ばした。

 が。

 シュッ!

 光る魂は上下左右に、前後斜めに、目にも止まらぬ速さで飛んで行く。

「このっ!」

 シャッ!

「俺様の!」

 パッ!

「口に!」

 サッ!

「入れ!」

 シュッ!

 全っ然、捕まらない。

 手に入らないとなると、猛烈な執着心が芽生えて来る。

 絶対に捕まえてみせる。

 そして必ず、食ってやる。

 フツヌシの心に闘志が湧く。

 こんなにワクワクと心が躍ったのは久しぶりだ。

 少年は盃をじっと見つめ、奇妙な表情をしながら首を傾げている。

 その直後、ドンドン! と本殿の扉が叩かれた。

凌太(りょうた)、終わったか? 和太鼓のリハ始まるぞ!」

「わかった!」

 凌太と呼ばれた少年はもう、振り返らずに本殿を後にした。

「……あいつ、普通に行っちまったぞ?」

「おかしいのう。霊水を飲んだことにより、あの体は気枯れに変わったはずじゃ。普通は全く動けんはずなのじゃが」

 フツヌシと石凝姥命は顔を見合わせ、本殿の外に出た。

「人によって霊水による効果が違うからな。奴は本能のまま動けるのじゃろか?」

「知らん」

 本能のまま?

 おかしな奴だ!

 魂と体が、分かれたんだぞ!

 あいつは怪物か?!

 人間ならば普通、体だけ動かなくなり、宙に浮いてしまうだろうに。

 だが今は、気枯れになった凌太の体を見つけても仕方が無い。

 目的はあの、美しく輝く光る魂だ。

 完全に、見失ってしまった。

 手に入らないとなると余計に、どうしてもあれが食いたい。

 上空に浮かんで下界を見下ろすと、人間どもが楽しそうに祭りを楽しんでいる。

 しばらく行動を共にした石凝姥命は、酔いが回って疲れたのか、桜の巨木の根に頭を乗せて、死んだように眠ってしまった。

 老体はそっとしておこう。

 必死に捜索を続けると、凌太の体は割とすぐに見つかった。

 神社の中央にある張り出し舞台の中央で、仁王立ちしている。

 彼の周りでは、人間どもが巨大な和太鼓を打つ練習をしていた。

 ドンッ!
 ドドン!! ドン!

 ドンドン、ドンドン!
 カンカン、カンカン!

 ヒューッ!
  
 カンカン、カンカン!
 
 笛の音をはさんで、音はさらに鳴り響く。

 和太鼓チームはざっと、二十人くらいいるようだ。

 四六時中運動をしているのか、ガタイのいい若い男ばかりである。

 その中でも凌太だけがやたらと、生き生きしていて眩しく見える。

 とてもあいつが光る魂と分離した『気枯れ』とは思えない。

「全然合って無い! もう一回やるぞー!」

 どうやら太鼓を打つタイミングを、全員で合わせないとダメらしい。

 凌太の声が、あたりに響き渡る。

「もういい。お前ら全員、これをかぶれ!」

 凌太はメンバー全員に一つずつ、柔らかいものを手渡した。

「何だこれ?」

 メンバーの一人に聞かれると、凌太はニヤリと笑う。

「カツラ」

 そのカツラは頭の側面がゴツゴツしており、頭頂部がツルツルしている。

 ヒーローのお面を投げ捨て、凌太はそのカツラをかぶった。

 息を吸い込み、凌太は大声で叫ぶ。

「岩の神に、俺らはなる!!!」

 岩の神?!

 カツラをかぶった凌太を見て、和太鼓メンバーは大爆笑した。

「わー-----っはははははははは!!!!」
「バカだコイツ! オヤジの歓送迎会の余興か?」
「ネタを披露する時にウケ狙いで被るやつだろ?」
「いー-----ヒヒヒヒヒヒ!!!!!」
「岩の神だって?!」
「ただのハゲおやじじゃねぇか!」

 ゴン!
 ゴン!
 ゴン!
 ゴンッ!
 ゴンッ!!

 和太鼓と同じくらい、いや、それ以上の音が鳴り響く。

 凌太に殴られた男どもは全員、頭を押さえて涙を浮かべた。

「お前ら、岩の神様を馬鹿にするんじゃねぇ!!!!!」

 岩の神ってもしかして、俺様の事か?

 フツヌシは驚く。

「見た目じゃねぇ! 姿や形の問題じゃねぇ! 岩の神様はこの『岩時の地』を作った偉大なお方だ!! 岩の神の魂を俺らは、全力で表現するんだ!! カツラをかぶるくらい、大した問題じゃない!!」

 フツヌシは凌太を少し、見直した。

 異様な空気感で他者を圧倒するパワーに、気圧されそうである。

 一部、釈然としない内容ではあるのだが。

「これ被って目立てば、絶対に女子にモテる!」

 凌太がこう言った瞬間、和太鼓メンバー全員の表情が、一変した。

「おおー---っ! モテたい!」
「かぶるぜ凌太ッ! 俺はモテるぞ!」
「真っ剣に目立つ!」
「死ぬ気で挑むッ!」
「指示を頼むっ!」

 和太鼓メンバーはシャキーンと姿勢を正し、狂気めいた叫び声をあげながら、全員カツラをきちんと被った。

 女子がヒソヒソと陰口をたたいているのには、まるで気づいていないようである。

「まかせろ! 練習再開だ!!」

 凌太の掛け声で、もう一度同じ個所の練習が始まった。

 ドンッ!
 ドドン!! ドン!

 ドンドン、ドンドン!
 カンカン、カンカン!

 ヒューッ!
  
 カンカン、カンカン!

 カツラ男子たちの息が、ピッタリとハマったようである。

「完璧だ……お前ら最高だ! これで俺ら、モテまくりだぜッ!!」

「「「「「岩の神に、俺らはなる!」」」」」

 女子達は一層、カツラ男子たちに対して、不快な表情を浮かべている。

 賭けてもいい。

 絶対にモテない。

 奴らは周りが見えていないんだろう、可哀想なことだ。

 しかし困った。

 和太鼓メンバーが全員、フツヌシの頭そっくりなカツラをかぶってしまったため、本物の凌太と見分けがつかなくなってしまった。

 その時、ようやくフツヌシの前に、フワフワと無防備に、凌太の光る魂が現れた。

 おお!

 探していた光る魂!

 もう気枯れなど、どうでもいい!

 そーっと近づいて……

 そりゃっ!

 ――――!!!

 捕まえた。

 捕まえたぞー!!!


 ワーッハッハッハ!!!


 フツヌシは喜び勇み、凌太の光る魂を、自身の口の中に放り込んだ。


 モグモグ。

 モグモグ。


 ゴクン。


 実にうまい!


 体中から何かが、みなぎって来る。


 これでしばらくは、空腹に悩まされずに済むだろう。

 フツヌシがこんな事をしている間に、次の出来事が起こった。

 ウタカタが本殿に入り、霊水を飲む前の石上結月を襲った。

 エセナが一人の少女に惹かれて下に降りようとしたが、クナドに止められる。

 運悪く二体が、霊獣王(カン・アル)のカナメと狛犬シュンに見つかってしまう。

 彼らとの戦いからエセナを守るため、クナドは彼女を別な世界へ飛ばしてしまう。

「ん?」

 フツヌシがふと拝殿の方角に目を向けると、スズネがウキウキしながら時の神の術式を使い、(からす)の霊獣にちょっかいをかけている。

 相変わらず下品極まりない女だ。

 弱者に赤い爪を放つとは。

 そのうちにスズネは、黄金の炎を吐く鳳凰の老婆と戦い出した。

 そういえば、スズネに聞かなければならない事があったな。

 メモに書いてあった、螺旋城(ゼルシェイ)の場所だ。

『時の神スズネに聞けば、螺旋城への行き方がわかるはずです』

 二つの『魂の花』を採って来る必要が、あるらしい。

 魂の花を手に入れないと、最強神の二体が元の姿に戻れないし、世界が全滅する。

 花は人間の世界にある螺旋城(ゼルシェイ)の地下深くに、埋められている。

 そんな事を考えながら、フツヌシがスズネの戦いを見ていると、桃色のドラゴンが鳳凰を援護するため、戦いに加勢し始めた。


 大地! 


 あいつめ、自由に動きやがって! 絶対に許さん!!


 過去も現在も、きっと未来もフツヌシは、激しく憎んでいるだろう。


 桃色のドラゴン――――大地のことを。



 ――――ギィン!!



 フツヌシの頭と体に、激しい痛みとショックが走った。



 桃色のドラゴンには手を出すな―――――



『手を出すな?』



 そう。絶対に、だ。  



『何故?』



 あれは、俺の友達だ!!!



 フツヌシの体が叫んでいる。



 意識では制御が出来ない!



 気づくとフツヌシは、スズネに向かって叫んでいた。



「そこまでだ。戻って来い、スズネ!」



 そう、スズネに聞かなければならない……



 螺旋城への行き方を。












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