桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

みすまるの力

 カナメとシュンは徐々に戦闘態勢を解いたが、なおも警戒を解かずにクスコを見つめていた。

「何者だ」

 カナメが尋ねると、クスコはゆるりと返事を返した。

「おぬしらに、謝らねばならぬのう。奴らをこの地に招いたのはワシじゃ」

「何?!」

 忍びの黒衣で跪きながら、シュンはクスコを睨みつけた。

 頭頂部でまとめられた彼の、オレンジの長髪がさらりと揺れる。

「ワシの名はクスコじゃ。自分の事はそれしかわからぬ」

 クスコは彼らに、いつの間にか自分は空を飛んでいたこと、首のうしろに漆黒の破魔矢が刺さっていたこと、大地がそれを抜いてくれたこと、その瞬間5体の神々が現れ、彼らがこの神社に侵入したことを、かいつまんで話して聞かせた。

 シュンはカナメを見た。

『どうします? カナメ様』

 と、その目は問うように訴えている。

 カナメは物思いにふけった様子で、クスコを睨みながら首を傾げた。

「クスコ…………?」

「責任は取る。じゃが今、ワシには力が無い。うまいことあの、黒龍側の神々に抜き取られてしもたようじゃからの」

 カナメとシュンは同時に、大地の方を見た。

『どうすればいいんだ?』

 と尋ねるように。

 クスコの言葉が間違いでは無いと伝えるため、大地は彼らに頷いて見せた。

「大地と共に本殿へ入り、力を貸そう。今ワシに出来ることはそれくらいじゃ」

 クスコはこう締めくくった。
 
 カナメとシュンは徐々に納得した表情に変わり、後ろへと一歩下がった。

 クスコがどうやら敵では無い事、只者では無さそうだという事が、彼らに伝わったようである。

「承知した。我々はここを警護し、さらなる侵入者が入らぬようここを見張っていよう。今後、黒龍側の神がどういった動きを見せるか、わからぬからな」

 カナメがいつもの仏頂面に戻るのを見て、大地はクスコにこう尋ねた。

「どうやって使うんだ? これ」

 自分の首にかかったみすまる(首飾り)を外し、大地はそれをじっと見つめている。

 大きな勾玉(まがたま)は、数えると7つだ。

「大きいのをひとつ、外すのじゃ」

「ん」

 言われた通り大地は、首に巻きつけていた銀色の鎖から勾玉をひとつ外した。

 するとクスコは、衝撃的な一言を放った。

「それを食うのじゃ」

「…………は?」

 クスコの言葉に、大地は一瞬耳を疑った。

「今、なんつった?」

「おぬしが食うのじゃ」

「何を?」

「勾玉じゃ」

「…………バカ言うな!」

 大地は、手の中にある勾玉を見た。

「これは、お前が流した涙だろ?!」

 オエッという気持ちが湧き、大地は思わず顔を歪めた。

「そうじゃ」

 何を言い出すんだ!

 と大地はツッコミたくなった。

 クスコは平然としている。

「ワシの玉衡(アリオト)の力が、その勾玉の中に込められておる。それをおぬしの中に取り込むとよい」

「アリオト??」

 なんだそれは。

 大地の頭の中は、疑問で溢れる。

 天璇(メラク)といい、玉衡(アリオト)といい、知らない力が多すぎる。

 いくら高天原の神々にしかわからない術とはいえ、書物に名前くらい記載があってもいいはずである。

 だが、一度も聞いた事がない名だ。

 禁断の術か何かなのだろうか。

 クスコの補足説明によると、この勾玉を食べれば大地の中にある『本当の力』が、体の隅々まで行き渡るようになるらしい。

「外したぞ」

 これを食うのか…………。

 ゲテモノを食べる前の気分である。

 大地は顔をしかめた。

 クスコは大地の手のひらで輝く勾玉を見つめ、最もらしく頷いている。

 正直嫌だが、言われた通り食べるより仕方がない。

 今は一刻を争う時だ。

 本殿に入れぬままでは、仲間たちを救う事が出来ない。

 藁にもすがる思いで大地は勾玉をひとつ、口の中にほうり込んだ。

「…………」

 水あめのような甘さが、口の中に広がっていく。

 体の中から、ふと力が沸き上がった。

「…………?!」

 なんだ?

 体がとても熱い。

 大地は自分の手のひらを見つめた。

 心なしか、明々として見える。

「今じゃ。入れ、大地よ」

 ギィー…………。

 閂をあけ、大地は本殿の扉を開いた。

 その中へと、一歩踏み込む。

 底知れぬ強大な力が扉の奥から、湧き出ているのを感じる。

 先ほど入ろうとした時は、まばゆい光が一斉に放たれ、大地を勢いよく外へと押し戻そうとしたが。

 今回は違う。

 圧倒されていない。

 白く光り輝く、全身を押し返すようなパワーは感じるが、大地の肌がぞくりと泡立つことは無かった。

 先ほどの、不気味な感覚も襲って来ない。

 入口ではじかれない。

 押し戻されない。

 力が全く気にならない。

 



 大地は後ろを振り返った。


 遠くに聞こえる、祭りの喧騒。


 しばらくは、ここに戻って来れそうも無い。


 仲間達とまた、祭りを楽しめるようにしなきゃな、と大地は思った。



 ────────グァッ!!!



 巨大な力は、大地の体を全て通り抜けた。

 まるで、あの漆黒の破魔矢から放たれた棘の矢が、体内をすり抜けた時と同じ感覚である。

 だがダメージを受けず、どんどん進める。

「入れた…………」

 中に入ったはずが、気づくとそこは外だった。

「…………?」

 真っ白な視界。

 遠くに虹が見える。

 大地はそこへと向かった。

 誰かがあの場所で、助けを呼んでいるような気がする。

「────あれ何だ?」

 その虹は、一つ一つの色に分かれ、気味悪くグニャグニャとうごめいている。

 まるで七つの蛇が身をよじらせながら、どんどん形を変えているかのようだ。

 蛇達はいつしか、一匹の巨大な七つの頭を持つ、虹色のドラゴンの姿へと変身していた。

「うわっ!」

 ドラゴンは大地を発見すると、こちらへと猛突進してきた。

 布袋の中から、クスコの声が聞こえてくる。

「大地よ、『天璇(メラク)』を念じよ!」

「?」

 天璇(メラク)とは白竜・久遠がこの本殿にかけた術の名だ。

 大きな戦いなどに先駆け、この建物の中に多くの人間や霊獣たちが立ち入れないようにしている力。

「みすまるの力を得たおぬしが『天璇(メラク)』を念ずる事で、互いの術の力はさらに増すじゃろ」

 クスコが言うには、天璇(メラク)とは白龍側の神々に力を与え、黒龍側の神々の力を抑制する働きを持つそうだ。

 大地は叫んだ。

天璇(メラク)!」

 すると突然、大地の手には銀製の、両刃でできた(ほこ)が握られた。

「これは?」

「『天璇(メラク)の鉾』じゃ。久遠の力が、おぬしを守ってくれるじゃろう」

 天璇(メラク)の鉾は、見た目より軽い。

 大きくてずっしりとした姿のわりに。

 大地は両手でその鉾を握りしめ、蛇が同化してうごめく七色のドラゴンへと、駆け足で立ち向かっていった。
< 17 / 160 >

この作品をシェア

pagetop