桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

忘れたくない

 漆黒の闇の中、純白の雪がちらちらと舞い落ちて来る。

 凍てつくような寒さ。

 他の色を受け入れない、白と黒だけの世界。

『行くのが怖い。今がすごく幸せだから』

 結月は、正直な気持ちを吐き出しした。

『寂しいよ。君が行ってしまうと』

 神社の境内は空気が冷た過ぎて、耳が痛くなる。

『イギリスに行ったら紺野もみんなも……さくらも多分、私の事を忘れると思う』

『忘れないよ! 君がどこへ行ったって。僕たちは今までと変わらない』

 紺野は驚き、すぐに結月の言葉を否定した。

『いつまでもずっと、大切な友達だよ』


「…………いい事言うじゃねぇか、紺野」

 大地は桜の木の後ろに隠れながら、小さな声で呟いた。

 白装束姿では寒すぎて、震えながら両手で肩を抱くと、天璇(メラク)の鉾が大きな黒羽織に変化して、大地の体を包み込んでくれた。

「おお、サンキュ」

 小さな声で、大地は鉾に礼を言った。

 結月は紺野を見て、首を横に振った。

『ううん。忘れるのが当たり前』

 結月の瞳からいくつもの、抑えきれない気持ちが溢れ出てくる。


『でも私は忘れたくない────』


「お兄ちゃん」

「大地お兄ちゃん」

 気づくとすぐ後ろに、いなくなったはずのウタとカタがおり、両脇から大地の腕をぐいぐいと後ろへ引っ張っていた。

「あ。お前らどこ行ってたんだ」

「どうしよう。……僕たち怖いよ」

 大地の後ろに隠れながら、ウタは前方を指さした。

「怖い?」

「うん。さっきの場所に戻ろう?」

 ウタが指した方角には結月がいた。

 小さな二人は先ほどの笑顔とは真逆の、不安そうな表情を見せている。

「私たちね、このままだと大きくなり過ぎちゃうの」

 カタは不安そうにまた、大地の腕をぐいぐいと引っ張った。

「ぼくたちが大きくなったらきっと、全部の色が消えちゃうんだ」

「…………お前らは一体、何を言っているんだ?」

 大地はふと前方を見た。

 結月が紺野に、ある想いを打ち明けている。


『まだ私、みんなにすごく大切な気持ちをちゃんと、伝えてない』


 静かだった世界に、泡が弾け飛んだような音が鳴り響く。


 ────パチン!!


 気づくと紺野も結月も岩時神社も、きれいさっぱり見えなくなっていた。

 ウタとカタはみるみるうちに、大きな体に成長していった。

 今までは3歳くらいだったはずの彼らはいつの間にか、8歳くらいの少年少女へと変身している。

「大地、お願い! 僕たちを止めて!」

「お願い! 大地!」

「止めてって…………お前ら一体俺に、どうしろっていうんだよ?!」

 ウタとカタは悲鳴を上げた。

 その瞬間、もう一人の結月が姿を現した。

「おわっ? ユヅ?!」

『…………』

 いきなり現れた結月は、ゆらゆらと揺れる陽炎のように見えた。

 まるで体から突然抜け出た、魂だけの状態のように見える。

 記憶の中の結月では無い。

 彼女は大地を一瞥し、無表情のままこう言った。

『あれ。大地だ、まぼろし?』

「お前には俺が見えるのか?」

 大地の腕を引っ張っていたウタとカタは、白と黒の雪の結晶のような姿にチカチカと点滅を繰り返した後、巨大な白と黒のドラゴンへと変身した。

「お…………おわぁっ?!」

 彼らはぐるぐるぐるぐると、ひたすら回り続けた。

「今度は一体、何なんだ?!」

 大地と魂状態の結月を呑み込みながら、その円はどんどん大きくなっていった。











 いつしか大地は、少年の姿になっていた。


 祭囃子の音が聞こえる。

 一番最初に岩時神社へ来た時の思い出が、鮮明に蘇る。

「今度は俺の記憶なのか?」

 事前に久遠と梅から色々と吹き込まれ、小さな大地は少々うんざりしていた。

 やれ人間の前で変身するなだの。

 やれ人間の前で空を飛ぶなだの。

 やれ人間の前でおかしな真似はするなだの。

 うるせーっつーの。

 という気分になっていたのを思い出す。

 そんな時。

 桃色の浴衣に藍色の帯で止めた一少女が、明るい声で大地に声をかけてくれた。

「あそぼうよ!」

「ん?」

 どうやら少女は、自分を遊びに誘ってくれているらしい。

 大地は驚きでいっぱいになった。

 ずっと孤独だった自分を誘ってくれる人間がいるなんて、信じられなかったからである。

 このような経験は、生まれて初めてだった。

 小さなさくらを見つめた途端、大地はさらにびっくりして叫んだ。

「あーーー! お前は!」

「??」

『父さんが言ってた俺のコンニャクシャじゃねぇか!』

 その時の大地にはまだ、婚約者の意味が良くわかっていなかった。

 だが自分にとってさくらが大切な存在だという事だけは、何となくわかっていた。

「トンデヒニイル、夏の虫だぜ!!」

「ん? ナッツの虫?」

 大きな瞳に憧れを宿す、愛らしくて美しい少女である。

『俺のコンニャクシャ、めっっっちゃカワイイじゃねぇか!!!』

 心の中で大きくガッツポーズをし、大地はテンションがMAXになった。

 そんなワクワクはおくびにも出さず、大地はさらりと聞き返した。

「何して遊ぶんだ?」

 さくらはにっこり笑った。

「あっちに、おともだちもいるの。一緒に来て!」

 心底嬉しそうに、さくらは拝殿の方角を指さした。

 大地はうきうきしながら承知した。

「うん!」

 この笑顔をもっと、見ていたい。

 大地もさくらに会えたことが、言葉で表せないくらい嬉しかった。

 拝殿の前に着くと結月が、さくらと自分を待っていた。

『…………誰』

 少し警戒心を露わにしながら、結月はさくらに問いかけた。

『えっとー。あ! あなた誰だっけ? 私はねぇ、さくら!』

『大地だ。お前は?』

『…………』

 大地に聞かれても、結月は無言のままだった。

『…………?』

 結月は大地の前髪を指さしてこう言った。

『どうして髪がピンク色?』

 小さなころから結月は、何よりも色に敏感な反応を示していた。

『知るか。これは生まれつきなんだよ』

『この子は結月っていうんだよ!』

 さくらが言うと、大地は聞き返した。

『ユヅ?』

結月(ゆづき)だよ大地!』

『めんどくせ。ユヅでいいだろ?』

 大地に聞かれ、無表情のまま結月はこくりと頷いた。

『別に、それでいい』

 どうやら結月はその呼び方が気に入った様子だ。

 もしかすると彼女も、新しい友達が増えたのが嬉しかったのだろうか。

 小さな大地はなぜか、この無表情な女の子とも仲良くなれそうな気がしていた。


 
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