桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
最強神・深名(ミナ)
「コレもう飽きた」
最強神・深名の声が、天蓋付きの大きな寝台の中から響く。
白くなめらかな肌から、黒く輝く瞳が久遠を射る。
黄金の装飾で縁取られた銀の軽装束に、肩まで伸ばした艶やかな黒髪がさらりとかかる。
「あー…………もう嫌だ!! めんどくさ!!」
深名は灰色の、手のひらくらいの大きさでできた、四角いゲーム機の様な何かをいきなり、黒光りする床へと容赦なく投げつけた。
────ガチン!!
音を立て、四角い灰色の何かから、もくもくと白い煙が立ちのぼる。
「深名様。そんなことをしては人間世界が……」
「もうコレ、捨てたい」
人間世界ではどこかで今頃、巨大な地震か噴火が起きているかも知れない。
末期だ。
人間世界を投げつけるとは。
久遠はこの欲望にまみれた少年・深名を、感情を映し出さない灰色の瞳で静かに見つめた。
深名は人間の年齢でいえば、たかだか18歳くらいの子供である。
久遠は時々、こう感じていた。
自分の息子である大地よりも、深名は精神年齢が幼いのでは無いか、と。
久遠はここ数年、この最強神・深名の側近を務めている。
自分の師匠であるクスコは今、何をしているのだろう?
死んだとは思いたくない。
だが高天原からはもう、クスコの気配を感じない。
黄金色の天蓋つきの寝台に、あぐらをかいて座っていつまでも動かないこの少年を見ながら久遠は、これからどうしたものかと思案に暮れた。
人間の世界で例えるなら深名は、完全なるニートか引きこもりである。
何と、この頼りない深名が、全世界を生み出して操る最強神なのだ。
およそ周りに気を配るということを知らない、この少年がだ。
誰もが実情を知れば、笑ってしまいそうである。
深名は自分の『感覚』だけで生きている。
世界を作った張本人のくせに、その世界をまるで知ろうとしない。
我慢を知らない。
だから生み出しても、基本は放ったらかしなのだ。
綺麗な見栄えに仕上がった、人間の世界ですらその一つである。
最初は、自分が作った人間の世界を深名は心から愛し、満足していた。
大切に想っていた。
でも。
少し育ててみると、色々な欠点が見つかってしまう。
不都合な部分が。
些細なほつれが。
取れない汚れが。
見過ごせない歪みが。
やっかいで、どうしようも無い部分が。
どうしても好きになれない部分が。
「もうコレ、やめていい? 久遠」
「…………いけません」
黒装束の上にマントを羽織った白龍・久遠は今、人の姿になって深名の寝台の横に立った状態のまま、首を横に振った。
この野郎。
何度目だ、このやり取りは。
人間の世界を、何だと思ってる。
久遠はこう、心の中で毒づいた。
自分の気持ちなどは、深名にとってはお見通しであろうが、構うものか。
久遠の妻である弥生は元々、人間である。
人間世界を滅ぼすという事は、弥生が生まれた聖地を奪うという事に他ならない。
久遠は内心、この最強神に対して煮えたぎるような怒りを感じながら、彼が投げ捨てた灰色の、ゲーム機のような何かを指さした。
「飽きたからといってやめる事は、許されません。それはあなたが生み出した世界です」
床一面には、色は違うが似たような四角い何かが散乱している。
深名が捨てた世界の数々だ。
「誰が誰を許すって?」
深名は、口角を片方だけ上げて微笑んだ。
「僕は最強神だ。誰も僕を裁けない」
久遠を馬鹿にしたような表情を見せながら。
「いえ。神々の会議で裁かれます」
傲慢ではあるが、深名は腕のいいプレイヤーであり、創作家だ。
「無理無理。ははは!」
深名の笑い声が反響する。
人間の世界以外にも、彼はたくさんの世界を創り出している。
歌を生み出すように。
料理をするように。
絵を描くように。
文字を刻むように。
数式を解読するように。
実に鮮やかに深名は、彼にしか作り出せない世界を創造していく。
その深名が今まさに、自分が作り出した人間世界に飽きて、完全に見捨てようとしていた。
投げ捨てたばかりの四角いゲーム機もどきを、深名は指さした。
「知ってる? 『人間世界』って、人間達が馬鹿な事ばかりして、他の生き物まで巻き込んで、エネルギーがどんどん無くなってるんだ。先読み機能でわかっちゃったんだけど、来年になると『コロナ』って呼ばれるウイルスが世界中に広がっちゃって、滅びに足を突っ込んでますます迷走するみたいだよ? 元気無くした世界の末路を見届けるのなんてまっぴらだよ」
「それは深名様がきちんと、ご自身が作った人間世界を気にかけていないから起こる現象です」
「こんなに面白く無い世界、どうして僕が気にかけなくちゃいけないの?」
歪んだ微笑みを浮かべながら、深名はこう言い放った。
「だってもう全然、魅力を感じない。僕は違う事がやりたいんだ。人間達はどいつもこいつも神に願ってばかりだ。自分達で考え、何とかしてみせようっていう気力も無い奴がほとんどでさ。どうして終わりにしちゃいけないの?こんな世界」
「……まだ正常な形でラストまで到達していない人間世界を、生みの親が勝手に壊したり殺したり、終わらせる事は許されません。いくら深名様が創り出したとはいえ」
「…………」
「神々の会議にかけられ、子殺しの刑で罰せられます。あと、あなたにはクスコを殺そうとした嫌疑もかけられています」
怠惰で重くなる心を隠そうともせず、深名は寝台にばさっと体を横たえた。
「僕が犯人だという証拠は出てこないじゃないか? 忌々しいクスコはもう死んだ。誰も僕を裁けないはずだろ」
「クスコはどこかで生きています」
「…………フン。どうだかな」
深名は突然、脱力した様子で寝台に身を横たえた。
久遠の言葉に興味を失ったような顔つきに変わりながら。
「途中で投げ出すのですか。あなたが作り出した世界を」
「…………会議にでも何でもかけて、もう僕を殺せばいいだろ。お前らにそれができるならな。もう僕は、死にたくなるくらいつまらないんだ」
「…………人間の世界を体感されますか?」
「え?!!」
深名は表情が急に明るくなり、寝台からがばっと跳ね起きた。
「僕、ここから出られるの?」
「いえ。今、深名様は謹慎中ですので」
久遠は首を横に振った。
「この部屋から人間世界を、ご覧に入れます」
「なぁんだ」
「『岩時の地』がいいでしょう」
何としてもこの問題を、解決しなければならない。
「イワトキ?」
事態を好転させなければ。
久遠の目はそう語っていた。
「人間の世界の中で最も『光る魂』が多く生まれる地です」
「『光る魂』?! 食べたい!!」
深名の目が突然、輝いた。
遠い昔に食べたことがある『光る魂』は深名の大好物であり、人間の最大の魅力と謳われる力である。
「…………」
『食わせてなるものか』
久遠は覚悟を決めた。
この傲慢な最強神の考えを変えてみせる、と。
高天原の中で最強神・深名の怒りを買い、殺された神々は後を絶たない。
いつ自分がそうなるかわからない。
最強神・深名を怖がらなかった側近はほとんど殺され、久遠を除いてもう数えるほどしかいないのだ。
殺されることに対する恐怖心が無いといえば嘘になる。
妻の弥生。
息子の大地。
親族のように思っている梅。
大切な人間の世界。
しかし、それらを守りたいからこそ、深名に対する態度は毅然としたもので無くてはならない。
クスコもそれを望んでいるはず。
久遠は心の中で、この最強神を睨みつけた。
最強神・深名の声が、天蓋付きの大きな寝台の中から響く。
白くなめらかな肌から、黒く輝く瞳が久遠を射る。
黄金の装飾で縁取られた銀の軽装束に、肩まで伸ばした艶やかな黒髪がさらりとかかる。
「あー…………もう嫌だ!! めんどくさ!!」
深名は灰色の、手のひらくらいの大きさでできた、四角いゲーム機の様な何かをいきなり、黒光りする床へと容赦なく投げつけた。
────ガチン!!
音を立て、四角い灰色の何かから、もくもくと白い煙が立ちのぼる。
「深名様。そんなことをしては人間世界が……」
「もうコレ、捨てたい」
人間世界ではどこかで今頃、巨大な地震か噴火が起きているかも知れない。
末期だ。
人間世界を投げつけるとは。
久遠はこの欲望にまみれた少年・深名を、感情を映し出さない灰色の瞳で静かに見つめた。
深名は人間の年齢でいえば、たかだか18歳くらいの子供である。
久遠は時々、こう感じていた。
自分の息子である大地よりも、深名は精神年齢が幼いのでは無いか、と。
久遠はここ数年、この最強神・深名の側近を務めている。
自分の師匠であるクスコは今、何をしているのだろう?
死んだとは思いたくない。
だが高天原からはもう、クスコの気配を感じない。
黄金色の天蓋つきの寝台に、あぐらをかいて座っていつまでも動かないこの少年を見ながら久遠は、これからどうしたものかと思案に暮れた。
人間の世界で例えるなら深名は、完全なるニートか引きこもりである。
何と、この頼りない深名が、全世界を生み出して操る最強神なのだ。
およそ周りに気を配るということを知らない、この少年がだ。
誰もが実情を知れば、笑ってしまいそうである。
深名は自分の『感覚』だけで生きている。
世界を作った張本人のくせに、その世界をまるで知ろうとしない。
我慢を知らない。
だから生み出しても、基本は放ったらかしなのだ。
綺麗な見栄えに仕上がった、人間の世界ですらその一つである。
最初は、自分が作った人間の世界を深名は心から愛し、満足していた。
大切に想っていた。
でも。
少し育ててみると、色々な欠点が見つかってしまう。
不都合な部分が。
些細なほつれが。
取れない汚れが。
見過ごせない歪みが。
やっかいで、どうしようも無い部分が。
どうしても好きになれない部分が。
「もうコレ、やめていい? 久遠」
「…………いけません」
黒装束の上にマントを羽織った白龍・久遠は今、人の姿になって深名の寝台の横に立った状態のまま、首を横に振った。
この野郎。
何度目だ、このやり取りは。
人間の世界を、何だと思ってる。
久遠はこう、心の中で毒づいた。
自分の気持ちなどは、深名にとってはお見通しであろうが、構うものか。
久遠の妻である弥生は元々、人間である。
人間世界を滅ぼすという事は、弥生が生まれた聖地を奪うという事に他ならない。
久遠は内心、この最強神に対して煮えたぎるような怒りを感じながら、彼が投げ捨てた灰色の、ゲーム機のような何かを指さした。
「飽きたからといってやめる事は、許されません。それはあなたが生み出した世界です」
床一面には、色は違うが似たような四角い何かが散乱している。
深名が捨てた世界の数々だ。
「誰が誰を許すって?」
深名は、口角を片方だけ上げて微笑んだ。
「僕は最強神だ。誰も僕を裁けない」
久遠を馬鹿にしたような表情を見せながら。
「いえ。神々の会議で裁かれます」
傲慢ではあるが、深名は腕のいいプレイヤーであり、創作家だ。
「無理無理。ははは!」
深名の笑い声が反響する。
人間の世界以外にも、彼はたくさんの世界を創り出している。
歌を生み出すように。
料理をするように。
絵を描くように。
文字を刻むように。
数式を解読するように。
実に鮮やかに深名は、彼にしか作り出せない世界を創造していく。
その深名が今まさに、自分が作り出した人間世界に飽きて、完全に見捨てようとしていた。
投げ捨てたばかりの四角いゲーム機もどきを、深名は指さした。
「知ってる? 『人間世界』って、人間達が馬鹿な事ばかりして、他の生き物まで巻き込んで、エネルギーがどんどん無くなってるんだ。先読み機能でわかっちゃったんだけど、来年になると『コロナ』って呼ばれるウイルスが世界中に広がっちゃって、滅びに足を突っ込んでますます迷走するみたいだよ? 元気無くした世界の末路を見届けるのなんてまっぴらだよ」
「それは深名様がきちんと、ご自身が作った人間世界を気にかけていないから起こる現象です」
「こんなに面白く無い世界、どうして僕が気にかけなくちゃいけないの?」
歪んだ微笑みを浮かべながら、深名はこう言い放った。
「だってもう全然、魅力を感じない。僕は違う事がやりたいんだ。人間達はどいつもこいつも神に願ってばかりだ。自分達で考え、何とかしてみせようっていう気力も無い奴がほとんどでさ。どうして終わりにしちゃいけないの?こんな世界」
「……まだ正常な形でラストまで到達していない人間世界を、生みの親が勝手に壊したり殺したり、終わらせる事は許されません。いくら深名様が創り出したとはいえ」
「…………」
「神々の会議にかけられ、子殺しの刑で罰せられます。あと、あなたにはクスコを殺そうとした嫌疑もかけられています」
怠惰で重くなる心を隠そうともせず、深名は寝台にばさっと体を横たえた。
「僕が犯人だという証拠は出てこないじゃないか? 忌々しいクスコはもう死んだ。誰も僕を裁けないはずだろ」
「クスコはどこかで生きています」
「…………フン。どうだかな」
深名は突然、脱力した様子で寝台に身を横たえた。
久遠の言葉に興味を失ったような顔つきに変わりながら。
「途中で投げ出すのですか。あなたが作り出した世界を」
「…………会議にでも何でもかけて、もう僕を殺せばいいだろ。お前らにそれができるならな。もう僕は、死にたくなるくらいつまらないんだ」
「…………人間の世界を体感されますか?」
「え?!!」
深名は表情が急に明るくなり、寝台からがばっと跳ね起きた。
「僕、ここから出られるの?」
「いえ。今、深名様は謹慎中ですので」
久遠は首を横に振った。
「この部屋から人間世界を、ご覧に入れます」
「なぁんだ」
「『岩時の地』がいいでしょう」
何としてもこの問題を、解決しなければならない。
「イワトキ?」
事態を好転させなければ。
久遠の目はそう語っていた。
「人間の世界の中で最も『光る魂』が多く生まれる地です」
「『光る魂』?! 食べたい!!」
深名の目が突然、輝いた。
遠い昔に食べたことがある『光る魂』は深名の大好物であり、人間の最大の魅力と謳われる力である。
「…………」
『食わせてなるものか』
久遠は覚悟を決めた。
この傲慢な最強神の考えを変えてみせる、と。
高天原の中で最強神・深名の怒りを買い、殺された神々は後を絶たない。
いつ自分がそうなるかわからない。
最強神・深名を怖がらなかった側近はほとんど殺され、久遠を除いてもう数えるほどしかいないのだ。
殺されることに対する恐怖心が無いといえば嘘になる。
妻の弥生。
息子の大地。
親族のように思っている梅。
大切な人間の世界。
しかし、それらを守りたいからこそ、深名に対する態度は毅然としたもので無くてはならない。
クスコもそれを望んでいるはず。
久遠は心の中で、この最強神を睨みつけた。