桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
天権(メグレズ)
最強神・深名の部屋はさほど広くはない。
100体くらいの神々なら何とか入れないこともないが、息苦しくなってしまう。
灰色の艶やかな壁や床や天井はひんやりとしており、話し声に合わせて、白い蒸気のような空気が揺れるのが見える。
「爽を呼びましょうか」
寝台から立ち上がり、漆黒に輝くゆったりとした大きさの玉座に腰かけた深名は、すぐ側に立つ久遠を見上げた。
「あの男をこの部屋へ?」
「はい」
「お前が呼ぶの?」
「はい」
「でも奴は僕の側近じゃないだろ?」
深名の問いに、久遠は頷いた。
「ええ。しかし深名様が人間世界を創られた際、岩時の地と『時の神』の一部を任されていた彼には、責任があります。あの地に生まれる『光る魂』についての面白い話なども、教えてくれるかも知れません」
久遠の言葉に、深名は目を輝かせた。
「楽しそう! なら来て欲しい!」
『……まんまと乗ったな』
久遠は内心、ホッとした。
時を操れる爽の力を借りて現状を把握し、深名にバレないように対処するしかない大問題が、発生したのである。
長年大切に守っていた岩時の地に、侵入者が現れた。
黒龍側の神々が5体である。
そのうちの一体である泡の神などは既に、一人の少女の魂を食い始めている。
だが深名の側近をしている今の久遠には、対処したくても身動きが取れない。
深名は現在の最強神だが、元は黒龍側の神のうちの1体だった。
侵入した5体の神はもしかすると、深名がクスコを殺害するためにこっそり放った刺客なのかも知れない。
よりによって人間世界の、久遠が守る岩時の地に現れてしまったのだ。
生きているとしたらクスコも同じように、こっそりあの地に入り込んでいる可能性が高い。
彼女の能力ならばそれが可能だ。
久遠の目的は、プレイヤーである深名に人間世界にもう一度、好奇心を持たせることにある。
そして光る魂を餌にしてでも深名の思考に変化を起こさせ、岩時に住む人々を上手に救わなければならない。
久遠はそう思いながら、目の前に右手の人差し指をかざし、ある言葉を発した。
『天権』
白い蒸気のような靄が広がった。
しばらくすると深名の部屋の真ん中に突然、一人の男が姿を現した。
白銀色のマントで包まれた装束を身にまとっている。
「爽か」
爽と呼ばれた男は、声をかけた深名の方を向いて跪き、首を垂れた。
「はい、深名様。お久しぶりでございます。ずいぶんお若くなられましたね」
『…………』
久遠は爽の言葉に呆れ返った。
『…………ずいぶんお若くなられましたね』??
何を他人事のように言っているのだ、と久遠は心の中で毒を吐いた。
「お前の術のおかげだ」
「喜んでいただけて、何よりでございます」
深名の言葉に、爽はますます深く頭を下げた。
『最強神たるもの、精神年齢を若く保ちたい』などと言い出した深名に、爽が面白がって遠い過去に、天涯の術を施したのだ。
深名を若くしたのは、爽である。
久遠の冷たい視線に気づかないふりをしながら爽は、曖昧な微笑みを浮かべた。
深名は若々しくあどけない笑顔を、爽へと向けている。
天涯とは、簡単に言うと若返りの術である。
深名の場合、人間年齢で言えば50歳くらいになったら1年ごとに若返っていき、最終的には14歳くらいまで若くなってしまうという仕組みだ。
そんなわけで深名は今現在、18歳くらいの若さになっている。
久遠にとっては羨ましいかぎりだ。
だが。
天涯の術を使うと記憶はそのままだが、考え方に大きな変化が生まれるらしい。
忍耐強さにも。
経験を通して、全てを俯瞰しながら物事を多面的に捉える視点にも。
自分を自在に押し殺し、コントロールする能力にも。
若返るとそれら全てに影響を及ぼし、未成熟に戻ってしまう。
つまり。
14歳まで若くなったら、人間達によくみられる『中二病』を患い、ますます手に負えない性格になる可能性も否定できない。
久遠は内心身震いした。
厄介過ぎて、迷惑この上ない。
最強神が聞いて呆れる。
全世界の生き物達に対し、どんな奴を最強神として崇めているのかを今一度、よく考えろと説教したい気分に駆られてしまう。
何もかも全て丸投げにして、涼しい顔をして、楽ばかりをして、自分の利益ばかりに気を取られているから、誰も彼もが最悪の窮地にまで追い込まれてしまうのだ。
神々も、人間も。
久遠は現在、自分の息子と同じくらいの少年相手に、我慢の限界に達するまで辛抱強く接せざるを得ない状況に陥っている。
自分自身も今現在生きているこの世界について考え、姿勢を改め直す必要がある、と久遠は痛烈に感じていた。
爽は紫色の瞳を、久遠へと向けた。
彼は人間年齢でいうと、三十代半ばに見える。
「あなたに呼ばれるのは初めてですね。久遠」
「お目にかかれて嬉しいです」
久遠は爽に、深々と一礼した。
物憂げな爽の瞳が久遠を捉えた。
深名の側近になるまで、久遠は爽のことを最高神に最も近い存在に感じていた。
だが今は違う。
この男も自分と同じ。
ゲームの駒に過ぎない。
久遠は深名が床の上に投げ出した、四角い薄っぺらな『小さなカード状のゲーム機』のような何かを指さし、爽に向かってこう言った。
「『岩時の地』へ深名様をご案内したいのですが、協力願えますか? 爽」
「……わかりました。では急がねば」
「どうしてだ?」
深名の問いに、爽は答えた。
「神々が人間世界の『岩時の地』に入れるのは、『岩時祭り』が行われている今だけですから」
久遠は首を横に振った。
「いえ。実際に向かわれるわけではありません。深名様は現在、謹慎中の身です。岩時の地と『光る魂』をご覧に入れたいだけです」
「…………それなら何も、私を呼ばなくとも…………」
爽は疑問を口にした。
それはそうだろう。
深名が人間世界を覗くのは簡単だ。
動かしている張本人なのだから。
久遠の思惑はそれとは別である。
人間世界に飽きた深名をどうにかしたい。
「人間世界に侵入者が現れました」
久遠があえて深名の前で、爽にこの話をしたのには、訳がある。
「それをあなたに改善していただきたいのです」
「バグを?」
「はい。許可無く『光る魂』を食べ始めています。それらを排除し、深名様にもっと気軽に楽しんでいただけるように、人間世界のセキュリティと質を向上させる必要があります」
「…………なるほど」
「『光る魂』は本来、人間世界の創始者であり最強神である深名様が、鑑賞して楽しむためのものですから」
爽が人間世界の時を戻して侵入者を一掃することは、比較的簡単であるはずだ。
だが久遠は『光る魂』である人々を、誰にも侵されないまま守りたい。
その気持ちを深名に知られることなく、爽に伝えたいと思っていた。
クスコを探し、救い出すためにも。
状況を正確に把握するためにも。
そんな久遠の目を見つめ、爽は静かに頷いた。
100体くらいの神々なら何とか入れないこともないが、息苦しくなってしまう。
灰色の艶やかな壁や床や天井はひんやりとしており、話し声に合わせて、白い蒸気のような空気が揺れるのが見える。
「爽を呼びましょうか」
寝台から立ち上がり、漆黒に輝くゆったりとした大きさの玉座に腰かけた深名は、すぐ側に立つ久遠を見上げた。
「あの男をこの部屋へ?」
「はい」
「お前が呼ぶの?」
「はい」
「でも奴は僕の側近じゃないだろ?」
深名の問いに、久遠は頷いた。
「ええ。しかし深名様が人間世界を創られた際、岩時の地と『時の神』の一部を任されていた彼には、責任があります。あの地に生まれる『光る魂』についての面白い話なども、教えてくれるかも知れません」
久遠の言葉に、深名は目を輝かせた。
「楽しそう! なら来て欲しい!」
『……まんまと乗ったな』
久遠は内心、ホッとした。
時を操れる爽の力を借りて現状を把握し、深名にバレないように対処するしかない大問題が、発生したのである。
長年大切に守っていた岩時の地に、侵入者が現れた。
黒龍側の神々が5体である。
そのうちの一体である泡の神などは既に、一人の少女の魂を食い始めている。
だが深名の側近をしている今の久遠には、対処したくても身動きが取れない。
深名は現在の最強神だが、元は黒龍側の神のうちの1体だった。
侵入した5体の神はもしかすると、深名がクスコを殺害するためにこっそり放った刺客なのかも知れない。
よりによって人間世界の、久遠が守る岩時の地に現れてしまったのだ。
生きているとしたらクスコも同じように、こっそりあの地に入り込んでいる可能性が高い。
彼女の能力ならばそれが可能だ。
久遠の目的は、プレイヤーである深名に人間世界にもう一度、好奇心を持たせることにある。
そして光る魂を餌にしてでも深名の思考に変化を起こさせ、岩時に住む人々を上手に救わなければならない。
久遠はそう思いながら、目の前に右手の人差し指をかざし、ある言葉を発した。
『天権』
白い蒸気のような靄が広がった。
しばらくすると深名の部屋の真ん中に突然、一人の男が姿を現した。
白銀色のマントで包まれた装束を身にまとっている。
「爽か」
爽と呼ばれた男は、声をかけた深名の方を向いて跪き、首を垂れた。
「はい、深名様。お久しぶりでございます。ずいぶんお若くなられましたね」
『…………』
久遠は爽の言葉に呆れ返った。
『…………ずいぶんお若くなられましたね』??
何を他人事のように言っているのだ、と久遠は心の中で毒を吐いた。
「お前の術のおかげだ」
「喜んでいただけて、何よりでございます」
深名の言葉に、爽はますます深く頭を下げた。
『最強神たるもの、精神年齢を若く保ちたい』などと言い出した深名に、爽が面白がって遠い過去に、天涯の術を施したのだ。
深名を若くしたのは、爽である。
久遠の冷たい視線に気づかないふりをしながら爽は、曖昧な微笑みを浮かべた。
深名は若々しくあどけない笑顔を、爽へと向けている。
天涯とは、簡単に言うと若返りの術である。
深名の場合、人間年齢で言えば50歳くらいになったら1年ごとに若返っていき、最終的には14歳くらいまで若くなってしまうという仕組みだ。
そんなわけで深名は今現在、18歳くらいの若さになっている。
久遠にとっては羨ましいかぎりだ。
だが。
天涯の術を使うと記憶はそのままだが、考え方に大きな変化が生まれるらしい。
忍耐強さにも。
経験を通して、全てを俯瞰しながら物事を多面的に捉える視点にも。
自分を自在に押し殺し、コントロールする能力にも。
若返るとそれら全てに影響を及ぼし、未成熟に戻ってしまう。
つまり。
14歳まで若くなったら、人間達によくみられる『中二病』を患い、ますます手に負えない性格になる可能性も否定できない。
久遠は内心身震いした。
厄介過ぎて、迷惑この上ない。
最強神が聞いて呆れる。
全世界の生き物達に対し、どんな奴を最強神として崇めているのかを今一度、よく考えろと説教したい気分に駆られてしまう。
何もかも全て丸投げにして、涼しい顔をして、楽ばかりをして、自分の利益ばかりに気を取られているから、誰も彼もが最悪の窮地にまで追い込まれてしまうのだ。
神々も、人間も。
久遠は現在、自分の息子と同じくらいの少年相手に、我慢の限界に達するまで辛抱強く接せざるを得ない状況に陥っている。
自分自身も今現在生きているこの世界について考え、姿勢を改め直す必要がある、と久遠は痛烈に感じていた。
爽は紫色の瞳を、久遠へと向けた。
彼は人間年齢でいうと、三十代半ばに見える。
「あなたに呼ばれるのは初めてですね。久遠」
「お目にかかれて嬉しいです」
久遠は爽に、深々と一礼した。
物憂げな爽の瞳が久遠を捉えた。
深名の側近になるまで、久遠は爽のことを最高神に最も近い存在に感じていた。
だが今は違う。
この男も自分と同じ。
ゲームの駒に過ぎない。
久遠は深名が床の上に投げ出した、四角い薄っぺらな『小さなカード状のゲーム機』のような何かを指さし、爽に向かってこう言った。
「『岩時の地』へ深名様をご案内したいのですが、協力願えますか? 爽」
「……わかりました。では急がねば」
「どうしてだ?」
深名の問いに、爽は答えた。
「神々が人間世界の『岩時の地』に入れるのは、『岩時祭り』が行われている今だけですから」
久遠は首を横に振った。
「いえ。実際に向かわれるわけではありません。深名様は現在、謹慎中の身です。岩時の地と『光る魂』をご覧に入れたいだけです」
「…………それなら何も、私を呼ばなくとも…………」
爽は疑問を口にした。
それはそうだろう。
深名が人間世界を覗くのは簡単だ。
動かしている張本人なのだから。
久遠の思惑はそれとは別である。
人間世界に飽きた深名をどうにかしたい。
「人間世界に侵入者が現れました」
久遠があえて深名の前で、爽にこの話をしたのには、訳がある。
「それをあなたに改善していただきたいのです」
「バグを?」
「はい。許可無く『光る魂』を食べ始めています。それらを排除し、深名様にもっと気軽に楽しんでいただけるように、人間世界のセキュリティと質を向上させる必要があります」
「…………なるほど」
「『光る魂』は本来、人間世界の創始者であり最強神である深名様が、鑑賞して楽しむためのものですから」
爽が人間世界の時を戻して侵入者を一掃することは、比較的簡単であるはずだ。
だが久遠は『光る魂』である人々を、誰にも侵されないまま守りたい。
その気持ちを深名に知られることなく、爽に伝えたいと思っていた。
クスコを探し、救い出すためにも。
状況を正確に把握するためにも。
そんな久遠の目を見つめ、爽は静かに頷いた。