桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
再会
甘い香りがする。
りんご飴だろうか。
色々な匂いと混ざり合いながら香ってくる。
大地はこの雰囲気を味わう様に、一歩一歩を楽しんだ。
岩時神社の祭囃子に、人々の喧騒。
子供のころから年に一度、仲間と遊んだ思い出の場所。
彼らは今、何をしているのだろう。
懐かしい境内を、人間の姿で歩いている。
それだけで大地は、胸が一杯になるのを感じた。
腰につけた白い布袋の中には、小さなクスコが入っている。
ふと思い出して顔を近づけ、袋の中を覗き込んだ。
念のため、息をしているか確認する。
「ス~……ス~……」
寝てる。
生きてるなら、大丈夫だな。
そんな事を考えながら歩いていると、16歳くらいの少女が嬉しそうな笑顔を浮かべながら、大地の方へ駆け寄ってきた。
「大地!」
緑地に薄紫の紫陽花が描かれた浴衣が、よく似合う乙女。
大地が一番会いたかった婚約者、露木さくらだ。
「さくら」
真っ直ぐこちらに駆け寄ってきたさくらは、勢い余って大地の目前で、前のめりに転びそうになった。
「きゃっ!」
大地は両手で彼女を抱きとめた。
「──大丈夫か」
さくらの真っすぐな長い黒髪から、甘く爽やかな香りがふわりと広がる。
「うん……ごめん!」
鈴の音のような声。
「大地に会えたのが嬉しくて」
今の声に反応するように動悸が鳴り、大地はぞくりと鳥肌が立った。
「……!」
揺れ動いた心を、笑顔で隠した。どうしてだろう、と大地は思う。
さくらにはこの気持ちを、気づかれたくないと感じている。
「……俺も」
さくらの頬がほんのりと、照れたように赤くなった。
「元気だったか?」
触れたくてたまらなかった、なめらかで白い肌が目の前にある。
つぶらで大きな黒い瞳が輝きながら、至近距離で自分だけを見つめている。
「うん、元気。大地は?」
照れながら笑うさくらの、右耳のうしろに刺した深紅のかんざしが、シャラリと音を立てて鳴った。
「元気すぎてやばい」
さくらが笑顔になる。
「良かった」
神々しいくらいにまぶしく見え、息が苦しくなる。
彼女に接近し過ぎている事に気づき、大地は急に我に返った。
「────!」
いきなり後ずさった大地を見て、さくらは可笑しそうにまた笑った。
「どうしたの?」
『何だったんだ? 今の。どういうわけか、喉が、異様に渇く……』
「あーーーーーっ! 大地発見!」
大地の思考は、よく響くかん高い少女の声で、遮られた。
「まーーーーーた、さくらとイチャイチャしてやがる!」
もう一つは、少年の声である。
懐かしい声だ。
金魚すくいの屋台が見える方角へ大地が振り向くと、そこから浴衣を着た二人の男女が、こちらに向かって手を振っていた。
さくらにしか聞き取れない声で、大地は彼女に問いかけた。
「アイツら名前なんだっけ?」
「りっちゃんと凌太だよ」
さくらが耳打ちで教えてくれた。
「あー。『隠れんぼ』上手な二人か」
「大地。毎年同じこと聞くね」
「そうか?」
一人は濃い茶色のショートヘアに橙色のかんざし、青い浴衣を身に着けた少女、羽山律。
「大地! 一年ぶりー」
もう一人は、金色がかった薄茶色の短髪の上にヒーローのお面をつけ、綿あめを手にした少年、矢白木凌太だ。
「来てたんなら教えろよ! 大地」
嬉しそうに声をかけてくる彼らを見たとたん、大地の顔に笑みが浮かんだ。
「今来たとこだからな。あー、……リツに、……リョータな。元気か」
「……また名前忘れてたろ」
「覚えてよね、いい加減」
「むにゃ……ふわぁぁぁぁぁお」
大地の腰につけた布袋から、いきなり声が聞こえた。
「……?」
「……今の誰?」
律が、不思議そうにあたりを見回した。
「……さくら、お前か?」
「ううん」
凌太に聞かれ、さくらは慌てて首を横に振った。
「ユヅとコンノはどこにいるんだ?」
大地はあわてて話題を変えた。
どうやらクスコが布袋の中で、あくびをしたようである。
人間達に彼女を見られるわけにはいかず、隠し通す他はない。
「結月は奥で、神楽の準備してる」
律が答えた。
「神楽?」
「岩時神楽。舞台劇の復活だよ!大地も見ていってね」
さくらが今発した言葉に反応したように、また声が聞こえてきた。
「はぁおうぅぅぅぅ……」
「ん?」
クスコの寝息である。
大地はぎくっとして息を飲んだ。
「まただ。この声どっから」
「コンノは?」
大地に言葉を遮られ、凌太は怪訝そうな顔をした。
「紺野君はギリギリまで、台本と格闘してるよ」と、さくら。
もうクスコを隠し通すのは、無理かも知れない。
どうしたものかと、大地は会話をしながら頭の中で、しきりに考えを巡らせた。
「台本?」
「そう。古い岩時神楽を、紺野君が高校生でも演じられるように、新しく変えたんだよ」
「懐かしいのう。神楽といったかえ」
「……!」
全員が驚き、大地の腰につけた布袋に目を向けた。
「ワシャ好きじゃぞ。神楽がな」
クスコがひょこっと、袋の中から顔を出した。
「……!!」
「きゃっ!」
「わぁ!」
「可愛い!」
「ドラゴン?」
「喋った?」
「……いや気のせいだろ」
出てきちまった。
やめてくれよ、どうすりゃいいんだ、この状況。
と悶々としながら、大地はがくっと下を向いた。
「神楽はどこじゃ?」
「喋るなクスコ」
「すっごい高性能ロボだね! クスコちゃんっていうの?」
律に聞かれた大地は、オウム返しに聞き返した。
「コーセーノーロボ?」
「ロボットの事」
凌太が補足した。
どうやら律は、クスコを『ロボット』とかいうモノと、勘違いしたらしい。
大地はあわてて話を合わせた。
「あ。そうそうロボだ。時々喋る」
「ふーん。スゲェな」
凌太が手を伸ばすと、クスコはその掌の上にちょこんと乗った。
「おお! なんかリアルな動き!」
大地は小さくため息をついた。
もう、どうにでもなれだ。
「凌太! 私も触ってみたい!」
律のリクエストに応え、クスコはパタパタと飛んで、彼女の肩の上に乗った。
「わ。来てくれた! 嬉しーい!」
「飛ぶんかい!!」
凌太は感嘆の叫びを発した。
「おお。祭りが行われているようじゃのう。懐かしいわい!」
クスコは嬉しそうに、首をきょろきょろと動かした。
『……なんで出てくんだよ』
大地は小声でクスコをとがめた。
もし彼女が人間世界で何か問題でも起こしたら、成り行きで知り合ったとはいえ、自分も同罪になってしまう。
「いいじゃろ。ワシも祭りを見たい」
最高神である黒龍ミナから、どんな仕打ちを受けるかわからない。
「……見たいってお前……」
そうなれば父親から人間世界への出入り禁止を命じられ、さくらとの婚約は、反故にされるかも知れない。
そんな大地の葛藤とは裏腹に。
さくらは目を輝かせ、律の左肩にとまったクスコに、声をかけた。
「クスコ。よろしくね! 私、さくらっていう名前だよ」
さくらの言葉にクスコは答えた。
「よろしくのう、さくら」
「クスコ!」
いい加減にしろ!
さくらもコイツと話すんじゃねぇ!
あーもう、面倒くせぇ!!
ロボな。
……ロボで通せばいいんだな。
大地の思考は、そこで止まった。
「大地。クスコにも俺たちの岩時神楽を見せてやるよ。なんかやたら、見たがってるみたいだしな」
凌太が綿あめを食べながら、大地ににぱっと笑いかけた。
大地はもう、全てがどうでも良くなった。
「おー頼むわ。俺も見たーい」
……なるようになれだ。
腰に手を当て、大地は深いため息をついた。
りんご飴だろうか。
色々な匂いと混ざり合いながら香ってくる。
大地はこの雰囲気を味わう様に、一歩一歩を楽しんだ。
岩時神社の祭囃子に、人々の喧騒。
子供のころから年に一度、仲間と遊んだ思い出の場所。
彼らは今、何をしているのだろう。
懐かしい境内を、人間の姿で歩いている。
それだけで大地は、胸が一杯になるのを感じた。
腰につけた白い布袋の中には、小さなクスコが入っている。
ふと思い出して顔を近づけ、袋の中を覗き込んだ。
念のため、息をしているか確認する。
「ス~……ス~……」
寝てる。
生きてるなら、大丈夫だな。
そんな事を考えながら歩いていると、16歳くらいの少女が嬉しそうな笑顔を浮かべながら、大地の方へ駆け寄ってきた。
「大地!」
緑地に薄紫の紫陽花が描かれた浴衣が、よく似合う乙女。
大地が一番会いたかった婚約者、露木さくらだ。
「さくら」
真っ直ぐこちらに駆け寄ってきたさくらは、勢い余って大地の目前で、前のめりに転びそうになった。
「きゃっ!」
大地は両手で彼女を抱きとめた。
「──大丈夫か」
さくらの真っすぐな長い黒髪から、甘く爽やかな香りがふわりと広がる。
「うん……ごめん!」
鈴の音のような声。
「大地に会えたのが嬉しくて」
今の声に反応するように動悸が鳴り、大地はぞくりと鳥肌が立った。
「……!」
揺れ動いた心を、笑顔で隠した。どうしてだろう、と大地は思う。
さくらにはこの気持ちを、気づかれたくないと感じている。
「……俺も」
さくらの頬がほんのりと、照れたように赤くなった。
「元気だったか?」
触れたくてたまらなかった、なめらかで白い肌が目の前にある。
つぶらで大きな黒い瞳が輝きながら、至近距離で自分だけを見つめている。
「うん、元気。大地は?」
照れながら笑うさくらの、右耳のうしろに刺した深紅のかんざしが、シャラリと音を立てて鳴った。
「元気すぎてやばい」
さくらが笑顔になる。
「良かった」
神々しいくらいにまぶしく見え、息が苦しくなる。
彼女に接近し過ぎている事に気づき、大地は急に我に返った。
「────!」
いきなり後ずさった大地を見て、さくらは可笑しそうにまた笑った。
「どうしたの?」
『何だったんだ? 今の。どういうわけか、喉が、異様に渇く……』
「あーーーーーっ! 大地発見!」
大地の思考は、よく響くかん高い少女の声で、遮られた。
「まーーーーーた、さくらとイチャイチャしてやがる!」
もう一つは、少年の声である。
懐かしい声だ。
金魚すくいの屋台が見える方角へ大地が振り向くと、そこから浴衣を着た二人の男女が、こちらに向かって手を振っていた。
さくらにしか聞き取れない声で、大地は彼女に問いかけた。
「アイツら名前なんだっけ?」
「りっちゃんと凌太だよ」
さくらが耳打ちで教えてくれた。
「あー。『隠れんぼ』上手な二人か」
「大地。毎年同じこと聞くね」
「そうか?」
一人は濃い茶色のショートヘアに橙色のかんざし、青い浴衣を身に着けた少女、羽山律。
「大地! 一年ぶりー」
もう一人は、金色がかった薄茶色の短髪の上にヒーローのお面をつけ、綿あめを手にした少年、矢白木凌太だ。
「来てたんなら教えろよ! 大地」
嬉しそうに声をかけてくる彼らを見たとたん、大地の顔に笑みが浮かんだ。
「今来たとこだからな。あー、……リツに、……リョータな。元気か」
「……また名前忘れてたろ」
「覚えてよね、いい加減」
「むにゃ……ふわぁぁぁぁぁお」
大地の腰につけた布袋から、いきなり声が聞こえた。
「……?」
「……今の誰?」
律が、不思議そうにあたりを見回した。
「……さくら、お前か?」
「ううん」
凌太に聞かれ、さくらは慌てて首を横に振った。
「ユヅとコンノはどこにいるんだ?」
大地はあわてて話題を変えた。
どうやらクスコが布袋の中で、あくびをしたようである。
人間達に彼女を見られるわけにはいかず、隠し通す他はない。
「結月は奥で、神楽の準備してる」
律が答えた。
「神楽?」
「岩時神楽。舞台劇の復活だよ!大地も見ていってね」
さくらが今発した言葉に反応したように、また声が聞こえてきた。
「はぁおうぅぅぅぅ……」
「ん?」
クスコの寝息である。
大地はぎくっとして息を飲んだ。
「まただ。この声どっから」
「コンノは?」
大地に言葉を遮られ、凌太は怪訝そうな顔をした。
「紺野君はギリギリまで、台本と格闘してるよ」と、さくら。
もうクスコを隠し通すのは、無理かも知れない。
どうしたものかと、大地は会話をしながら頭の中で、しきりに考えを巡らせた。
「台本?」
「そう。古い岩時神楽を、紺野君が高校生でも演じられるように、新しく変えたんだよ」
「懐かしいのう。神楽といったかえ」
「……!」
全員が驚き、大地の腰につけた布袋に目を向けた。
「ワシャ好きじゃぞ。神楽がな」
クスコがひょこっと、袋の中から顔を出した。
「……!!」
「きゃっ!」
「わぁ!」
「可愛い!」
「ドラゴン?」
「喋った?」
「……いや気のせいだろ」
出てきちまった。
やめてくれよ、どうすりゃいいんだ、この状況。
と悶々としながら、大地はがくっと下を向いた。
「神楽はどこじゃ?」
「喋るなクスコ」
「すっごい高性能ロボだね! クスコちゃんっていうの?」
律に聞かれた大地は、オウム返しに聞き返した。
「コーセーノーロボ?」
「ロボットの事」
凌太が補足した。
どうやら律は、クスコを『ロボット』とかいうモノと、勘違いしたらしい。
大地はあわてて話を合わせた。
「あ。そうそうロボだ。時々喋る」
「ふーん。スゲェな」
凌太が手を伸ばすと、クスコはその掌の上にちょこんと乗った。
「おお! なんかリアルな動き!」
大地は小さくため息をついた。
もう、どうにでもなれだ。
「凌太! 私も触ってみたい!」
律のリクエストに応え、クスコはパタパタと飛んで、彼女の肩の上に乗った。
「わ。来てくれた! 嬉しーい!」
「飛ぶんかい!!」
凌太は感嘆の叫びを発した。
「おお。祭りが行われているようじゃのう。懐かしいわい!」
クスコは嬉しそうに、首をきょろきょろと動かした。
『……なんで出てくんだよ』
大地は小声でクスコをとがめた。
もし彼女が人間世界で何か問題でも起こしたら、成り行きで知り合ったとはいえ、自分も同罪になってしまう。
「いいじゃろ。ワシも祭りを見たい」
最高神である黒龍ミナから、どんな仕打ちを受けるかわからない。
「……見たいってお前……」
そうなれば父親から人間世界への出入り禁止を命じられ、さくらとの婚約は、反故にされるかも知れない。
そんな大地の葛藤とは裏腹に。
さくらは目を輝かせ、律の左肩にとまったクスコに、声をかけた。
「クスコ。よろしくね! 私、さくらっていう名前だよ」
さくらの言葉にクスコは答えた。
「よろしくのう、さくら」
「クスコ!」
いい加減にしろ!
さくらもコイツと話すんじゃねぇ!
あーもう、面倒くせぇ!!
ロボな。
……ロボで通せばいいんだな。
大地の思考は、そこで止まった。
「大地。クスコにも俺たちの岩時神楽を見せてやるよ。なんかやたら、見たがってるみたいだしな」
凌太が綿あめを食べながら、大地ににぱっと笑いかけた。
大地はもう、全てがどうでも良くなった。
「おー頼むわ。俺も見たーい」
……なるようになれだ。
腰に手を当て、大地は深いため息をついた。