桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
愛しい。けれど、苦しい。

新たな扉

「正面から入るのは無理だね」

 道(未知)の神クナドはぼやいた。

 本殿の正面入り口には、獅子カナメをはじめとする白龍側の霊獣達が、警戒しながら見張っている。

 あれでは自分達が入る隙が無い。

「ええ。入れそうもないわね」

 衣の神エセナは頷いた。

 彼らは、黒龍側の神である自分達とは、対極の存在。

 戦闘すれば一掃できるのだが、そうすると目立ちすぎて高天原の神々に見つかり、掟を破った自分達に即、制裁が下る。

 そうなれば『光る魂』を狩ることが出来なくなってしまう。

 二体は、正面入り口から侵入する事を諦めた。

 クナドは黒樺の杖で円を描き、その先に掘られた黒龍の頭を、神社の本殿の壁面へと向けた。

 すると本殿の壁の一部に、自分達にしかわからない新たな入口が出現した。

 黒くて大きく、強固な扉だ。

 その中央には尖りのある桃の花びらが、外反りの葉状の何かに挟まれている絵が描かれている。

 笑顔を浮かべ、クナドはその扉を開いた。

「ここから入ろ、エセナちゃん」

「…………!! クナド、あなたってすごいのね」

「すごいのは、これだけじゃないよ」

「他に何かあるの?」

「ん? 女性の扱いとか」

「…………聞くんじゃ無かったわ」

 二体は無事、侵入に成功した。

「やったね。エセナちゃん」

 小声で話すクナドのグレーの右目が嬉しそうに、また黄金色へと変化している。

「…………ええ」

 悪戯が成功した子供みたいに笑うクナドに、エセナも微笑みを返した。

 だが入ったとたん、二体は目を見開いた。

 虹色に輝く天と地の架け橋だけが、目の前に広がっている。

 霊獣達の目を盗んで無事侵入できたのを喜んだのもつかの間、二体は動揺して身動きが取れなくなった。

 『気枯れの儀式』用の霊水どころか、人間世界の空間すら存在しない。

 クナドはあたりに警戒した。

 ぴりっと張り詰めた空気が一瞬起こってやがて消え、静まり返る。

天璇(メラク)の力が消えたみたいだ」

「メラクって…………白龍が持つ、守りの力のこと?」

「うん、今までと様子が違う。高天原で何かあったのかな?」

 エセナには、空気が変わったことすら気づかなかった。

 自分は、本当に役立たずだ。

 こんな時でもクナドとの力の差を痛烈に感じ、情けない思いに囚われてしまう。

「これじゃ白龍側の霊獣のうち、強い奴らだと中へ入れるようになっちゃうね」

 このクナドの言葉に恐れをなし、エセナは一層怯えながらきょろきょろあたりを見回した。

 だが白龍側の霊獣の姿はまだ、どこにも見当たらない。

「ねぇ…………ウタカタ、どうしちゃったの?」

 恐る恐る近寄ったエセナがそっと触れても、虹色の橋はぴくりとも動かない。

 この姿のまま寝てるのだろうか?

「早く橋を渡って、高天原に帰れっていう意味かしら」

 一番最初に本殿に入ったのは、他でもないこの泡の神ウタカタである。

 彼女はこの姿のまま、自分たちに何かのメッセージを発しているのだろうか。

 本殿の中で虹の橋の姿をしながらウタカタが静止しているこの状況は、どうしても意味不明に感じてしまう。

 エセナはクナドと目を見合わせた。

「そういう事なら私は、戻りたいけど」

 エセナは暗い顔をし、何度目かわからないため息をついた。

 この状況は自分たちにとって、最初から危険すぎたのだ。

「まだダメだよ、エセナちゃん。土産に『光る魂』を持ち帰らないと、僕たちはミナ様に殺されてしまう」

「そうよね……」

「──────!」

 クナドの表情に、緊張が走った。

「どうしたの? クナド」

 敵意がこもった香りがする。

 エセナを背中にかばい、クナドはあたりに警戒した。

「…………今度は何?」

 何も感知出来ないエセナは、コロコロ変わるクナドの表情に恐怖を感じた。

「…………いい香りもする」

「??」

 これは女の子の、血の香り?

 クナドの目は、少し輝いた。

 
「いい度胸だな」


 正面入り口の方角から、突然青年の低い声が聞こえた。

 驚いて振り向くと、そこには戦闘態勢の霊獣二体が立っていた。

 赤髪を刈り上げた獅子カナメと、黒装束姿の狛犬シュンである。

 クナドは目を見開いて、エセナにだけ聞こえる声で呟いた。

「…………白龍のしもべ達のお出ましだ。どうやら彼らも、中に入れたみたいだね」

 しかも、霊獣を束ねる獅子自らお出ましとは。

 天璇(メラク)が解除されたからか。

 ご苦労なことだ。

 そんな事を考えているクナドと目が合ったその瞬間、カナメは大きな雄叫びを上げた。



 ────オオオオオーーッ!!!


 これは霊獣達への合図だ。


 見つけたぞ。

 さぁ、立ち上がれ。

 全身全霊で、守れ。

 侵入者を決して許すな。

 カナメの声に反応するように、あちこちから声が上がった。



 ────オオオオオーーッ!!!



 ────オオオオオーーッ!!!



 ────オオオオオーーッ!!!


 力を得た白龍側の霊獣達が、本殿へ駆けつける音がする。


 守れ。入れ。


 入れ。守れ。


 大切な者を守れ。


 獅子カナメは黄金に輝く両眼でクナドを睨みつけ、任王立ちで立っている。

「いい度胸だな、道の神。許可なく侵入し、しかも女連れとは。ただで済むと思ったか」

 カナメは、剣身の脇に六本の剣の枝が生えている刀剣、純白の七支刀(しちしとう)を両手で構えていた。

 シュンは花びらの形に開いた白銀色の飛刀を懐から取り出し、いつでも攻撃できるように、クナドとエセナを睨みつけている。

「女性連れだと気に障るわけ? それは申し訳なかったね」

 クナドは黒樺の杖をカナメとシュンの方に向けながら、ゆるりと姿勢を正した。

 その杖の先端には、羽冠をつけた黒龍の頭が彫られている。

「何故この地に入った?」

 カナメの低い声が、あたりに響き渡る。

「…………何故って、迷い込んだだけだよ」

 黄金に輝く両眼が、真っ直ぐにクナドとエセナを捉える。

「ここから先は通さん」

「やだなぁ。悪いけど僕達、戦いは好まないんだ」

 ふざけた侵入者だ。

 叩き潰す。

 カナメの意思が、灼熱のオーラを放つ。

「エセナちゃん、レディーファーストだ。先に行って食べてて」

 クナドは振り向かず、背中でかばっていたエセナの方に向けて、黒樺の杖を一振りした。

 すると、エセナが突然消えた。

「…………!」

「…………なっ?!」

 カナメとシュンは目を丸くした。

「女の子は守らなきゃね」

 黒樺の杖を横にし、片方を逆手でつかみながら、クナドは小さく微笑んだ。










 深名の寝息が、黄金色に輝く天蓋付きの寝台の奥から聞こえてきた。

 その寝台は深名の力によって、中が見えないよう結界が張られている。

『…………何とかなりましたね』

 爽は念を使って、久遠に語り掛けた。

『ええ。ご協力ありがとうございました、爽』

 一気に緊張が解けた。

 梅を本殿の中へ入れて、正解だった。

 泡の神が手に持つ『絵筆』に黄金の炎を浴びせたことで、ウタカタの体内に取り込んだ『光る魂』の核・開陽(ミザール)の成長を無事、止めることができた。

 だが、問題はここからである。

 久遠は深名の命令によって、本殿にかけていた天璇(メラク)を解除した。

 今回、本殿全体にかけた天璇(メラク)は、七年に一度の岩時祭りの間しか使用しない、大掛かりな術式である。

 祭りの間に集まるたくさんの負のエネルギーから、本殿に祀られている強い神体を守るために施していた、特別な力だった。

 それを一旦解除してしまうと、術式を完成させた久遠本人も、もう一度同じ天璇(メラク)を本殿にかけることは大変難しくなる。

 力は有限であり、地道に貯めながら作り上げるしかなかった。

 今から同じ術を作ったとして、完成させた時にはもう、祭りはすっかり終わっているだろう。

 何しろ今、久遠は深名から目を離せない。

 おかしな行動を取ればすぐにバレて、即座に殺されてしまう。

 天璇(メラク)の守りが消えた本殿の中は、鳳凰・梅と同様の力を持つ霊獣達のみならず、『光る魂』に引き寄せられた得体の知れない負の力なども、フラフラと呼び寄せられてしまう可能性が高い。

 そうなると、黄金色に輝く本殿の中は一体、どうなってしまうのか…………?

 さらに激しい力と力のぶつかり合いが生まれてしまう。


「大地…………」


 気づくと久遠は、息子の名前を声に出していた。

 

 








 

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