桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

黒い羽冠

 音楽は徐々に、煽情的なメロディーへと変わっていった。

 リズムにも勢いがつき、美女たちの舞は徐々に妖艶さを増していく。

 いつしか三人の美女の背後には、40人くらいの選りすぐりの美女たちが現れて、踊りにダイナミックさを加えていた。

 どの女性も、華やかで魅力的だ。

 姫榊(ヒサカキ)の右後ろで踊っていた少女が、藍色の衣服をはらりと一枚脱ぎ捨てた。

 十二単を纏っている姫榊(ヒサカキ)とは違って軽装だった彼女は肌襦袢一枚になり、その肌襦袢もやがて脱ぎ捨て、上半身は裸同然のいで立ちに変わる。

「…………」

 大地は絶句した状態で固まった。

 この光景を、どう受け止めていいかわからない。

 和で統一された広々とした部屋はおかしなことに、出口がどこにも見当たらない。

 意図的に閉じ込められているとしか思えなかった。

 盆の上には海産物をはじめとする色とりどりの豪華な食事が山のように並んでおり、岩時城でしか手に入らないという、とっておきの霊水や酒もたくさん用意されている。

 大地は横に座るユミヅチに、さっきからしきりに飲食を勧められている。

「召し上がらないのですか? 美味しいんですよ!」

「ああ。いらない」

 正直なところ今までにないくらい空腹だし、ヘトヘトに疲れて喉もすごく乾いていた。

 けれど何一つ口に運ぶ気になれず、再度眠ってはいけないと大地は感じていた。

 絶対にここで警戒心を緩めるわけにはいかない気がする。

 大地はユミヅチに尋ねた。

「『出口を探すには、城の中で情報を仕入れなくてはならない』とは、どういう意味だ」

「ああ…………」

 ユミヅチは下品な薄笑いをニタニタと浮かべ、急に瞳の奥に邪気をにじませた。

 先ほどまで可愛らしくて能天気な態度を取っていたはずの彼女が、酒に酔い始めたことにより、不気味な本性をさらけ出している。

「この岩時城は深い海の底と同じで、本来はたどり着けない場所に存在します。迷い、悩み、苦しみ、気づけず、成長過程のまま作り上げてしまった幻惑だらけの世界。それらと向き合い、自分流に紐解いて打ち破る事が出来ない限り、永遠に抜け出すことは出来ないでしょう」

 迷い、悩み、苦しみ……?

 大地はふと思い出す。

 クナドも先ほど、似たような事を言っていた。


『そう、君は迷っている。迷える者を導くのが、僕の役割なんだよ』


 大地はどうしても、釈然としない何かを感じる。

『本当に俺の迷いが生み出した世界だとしてもここは、あまりにも滅茶苦茶過ぎないか?』

 本来は絶対に近づきたくないはずの、自分の心の一番奥深くに眠る『開かずの扉』を、無理やりこじ開けようとしている気がする。

 それがどうも、釈然としない。

 自分が進んで『その扉』を開けようとしているなどとは、どうしても思えないのだ。

 むしろ誰かの欲望に巻き込まれて突き動かされ、意図しない場所へと強引に連れてこられたような気がする。

 だから理解できない。

 クスコ達がいた場所へ、早く戻らなければ。

 …………でもどうやって?

 ここから抜け出すチャンスを伺うしかないが、今はまだ様子を見るしかないのか?

 ユミヅチの解説によると、宴を催されているこの場所は『珊瑚の望楼』と呼ばれる、天守閣を囲む六つの櫓のうちの一つであるらしい。

 海に囲まれた浮き城である岩時城には様々な工夫が施されており、この櫓だけは外部に音が漏れないよう、防音が施されている。

 姫榊(ヒサカキ)は、最古の水神に仕える巫女だったという。

 現在彼女は岩時城に住む女たちの頂点に君臨しているため、城の中心である天守閣の一番いい部屋をあてがわれているそうだ。

 この岩時城を事実上支配しているのは、最古の水神なのだろうか。

 姫榊(ヒサカキ)は姫神として扱われているが、支配者とは違うようである。

 頭も体もふらふらとしたまま考えを巡らせ、大地はついに立ち上がった。

「宴はまだ途中ですよ。どこへ行かれるのです?」

 ユミヅチの言葉は丁寧だったが、どこか恫喝にも似た響きを帯びている。

 彼女は先ほど、ここから出たいという大地の頼みを、軽やかな態度でスルーしてかわした。

 初対面の大地に対して「この身を捧げる」だの「愛する」だのと言い放った姫榊《ヒサカキ》も、何かを盲信しているだけのように見えて信用ならない。

「気分が悪い」

 薄緑色の髪を揺らした左後ろの少女も腰から上の衣服を全部脱ぎ捨て、透き通るような白い肌を見せながら、笑顔を絶やさず踊っている。

 扇を動かし、腰をくねらせ、魅惑的な微笑みを浮かべ、大地だけを見つめながら。

「大丈夫ですか? 大地様」

 ユミヅチは心配そうに声を上げたが、内心ではまるでこちらの心配などしていない事が、彼女の表情からありありと伝わってくる。

 少女達の豊満な胸がぷるんとあらわになり、見せつけるようになまめかしく動く。

 真打は最後といわんばかりに、姫榊(ヒサカキ)も衣服をゆっくりと脱ぎだした。

「もういい。やめさせてくれ」

 焦らすような手慣れた脱ぎ方を目の当たりにし、心臓の高鳴りとは裏腹に、大地の頭の中はフリーズする。

「…………それ以上脱ぐな」

 ユミヅチがパンと手を打ち鳴らすと女性達は衣服を脱ぐのをやめ、踊りだけに専念し始めた。

 止めなければおそらく、生まれたままの姿を全てさらけ出していただろう。

 ユミヅチや女たちに対する怒り、焦り、苛立ち、嫌悪感。

 どうあがいても襲いくる、いやらしい気持ち。

 …………騙されるものか。

 頭の中でバチバチと、何かが弾けてうごめき出す。

 篭絡されるくらいなら、生死をかけて全員と戦った方がましだ。

「こういう舞台なんです。お気に召しませんでしたか?」

 ユミヅチの問いに、大地は頷く。

 だが何も言葉にできない。

 もともと露出狂は好みじゃ無い。

 どうせならもっと、秘めやかにして欲しい。

 いや…………違う。

 そういう意味では無く。

 …………好みの問題では無く。

「でもね。この後が超お楽しみなんですよ?! ヌメヌメした触手を持った巨大磯巾着(イソギンチャク)に女たちの体をまさぐらせて、どの部分でどう感じるかを見比べてもらおうと思ってたんです」

「?!!」

 大地は仰天し、今度こそ完全に言葉を失った。

  ────ゴワッ!!!

 熱い吐息が喉の奥にこみ上げて来る。

 腹の底から湧きあがるエネルギーに耐えきれなくなった大地は、口を大きく開くしか無かった。

 すると喉の奥から勢いよく、黒鳥の羽根に似た何かが、連なりながら現れ始めた。

「おおー!! 何かの術でしょうか?」

 ユミヅチが目を輝かせて興味深そうに、大地の口から飛び出た羽根を凝視した。

 羽根は空中でグルグルと円になって形を作り、大地の額の上にぴたっとハマって燦然と輝き出した。

「黒い羽冠…………みたいですね?」

 ユミヅチの言葉に、大地は驚いた。
 
「黒い、羽冠?」

 大地は恐る恐る自分の頭にピタリと嵌った羽冠に手を伸ばし、触れてみた。

 どんなに引っ張っても持ち上げても、外れそうにない。

「同じだ…………」

 クナドと同じ形で、白とは逆の冠。

 しかも絶対に外れない。

「取って差し上げましょうか?」

 ユミヅチが大地の羽冠に手を伸ばし、同じように引っ張ってみたが、羽冠は大地の頭から外れなかった。

「うーん…………女の子達なら、取れるかな? 皆さん、ちょっとこっちに来て下さい!」

「…………!」

 曲が終わり、踊りを終えた女の子達は舞台の上から大地のもとへ集まってきた。

 ユミヅチは大地の羽冠を指さしながら、彼女たちに向かってこう言った。

「大地様の羽冠を誰か、取って差し上げて下さい。お困りのご様子なので」
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