桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

姫毬(ヒマリ)

 大地はついに、ユミヅチに対する怒りが抑えられなくなった。

 世界に一つしか存在しないはずの七支刀(しちしとう)が今、自分の両手に握られている。

 大地の幼馴染であり、霊獣を束ねる役割を持つ獅子カナメに授けられた、伝説の刀剣。

 カナメが霊獣王(カン・アル)として正式に認められた時に、6体の霊獣を召喚するために授けられた名刀のはず。

 だが確か、カナメが持つ七支刀は純白だった。

 何故色を黒へと変えて、この場に現れたのだろう。

 色が違うということは、カナメの七支刀とは別の刀なのだろうか。

 七支刀は大地の怒りを体現するかのように、バチバチと危険な閃光を放っている。

 剣身の脇に生えた六本の『剣の枝』からも、白銀色の光と黒ずんだ煙が絶え間なく発生している。

 まるで故障(オーバーヒート)しているようだ。

 この七支刀を呼び寄せたのは、狂気に侵され始めた自分自身なのだと、大地は本能で感じ取っていた。

 びっくりするほど軽く、刀は大地の心と体にピタリと寄り添ってくる。

 だからどうした。

 剣を持とうが持つまいが、究極のところ大地には、どうだっていい。

 目の前のユミヅチを殺したい。

 それしか今は考えられない。

 大地と共に怒り狂う七支刀を見た途端、姫榊(ヒサカキ)は「ひっ!」と声を上げ、驚愕した様子で息を飲んだ。

 彼女は黒いかんざしをシュッと抜き取り、長い赤髪を一束はらりと落として、横に数回サラサラと振った。

 すると女の子達は全員どこかへと消え去ってしまい、姫榊(ヒサカキ)自身も大地に気づかれないように、部屋の中からパッと消えた。

 しかし、狂気と怒りに侵され始め、我を忘れた大地にとっては、女の子達が消えた事など眼中になかった。
 
「お前の性別はどっちだ。ユミヅチ」

 突然質問されたユミヅチは、好意的な様子でこう答えた。

「え? 私ですか? 私は『(サン)』という名の、両性の生き物です。男でも女でもありませんのでありがたい事に、つまんない性欲に振り回されずに済んで、ホントに助かってます!」

「────なるほどな」

「性別がある方々は色々と大変みたいですね、可哀想に。でも私、大好きなんですよ! 性別がある方々のむき出しの欲望ってすごく面白くて興奮するし、日々観察するのが楽しくてたまらないんです!」

「性別がある立場の痛みが、お前にはわからないだろうからな」

 刀剣を握りしめながら大地は、怒りがどんどん増幅していくのを感じた。

「はい! 私は男性の指示通りに女の子達の心と体を触手を使って支配し、彼女達が何にどう幸せを感じるかを、最初からコントロールしてあげるのが仕事なのです。性奴隷の立場が嬉しくてたまらず、幸せ一杯でいられるようにさえしてあげれば、皆がハッピーですからねえ。今のところ、とても上手く行ってますよ!」

 もう我慢ならない。

「────ユミヅチ」

「はい。大地様、どうしましたか?」

 七支刀から生える六本の枝が、生きているかのようにグニャリ不気味にとうごめき始めた。

 抑えきれない大地の殺意が奥深くまで伝わっていき、その力が閃光を放つ。

 ────カッ!

「お前はさっき、引いたガチャさえ当たれば、女たちの血が吸い放題だと言ったな」

「はい、その通りです!」

 大地の気持ちに気づかないまま、あどけない少女の表情で、ユミヅチは返事をした。

 七支刀がグニャリと動く。

 ユミヅチの言葉にピクリと、反応したかのように。

 大体、両性の生き物がどうして、可愛い女子に化けてんだ。

 誰かを騙す気満々じゃねぇか。

「うまい血をタダで吸えるのだと」

「はい!」

 ────ブシュッ!

 刀剣の枝の一つから不気味な触手を持つ小さな怪物が、勢いよく飛び出した。

「……!?」

 それはぐねぐねと飛び出してうごめき、気味の悪い形へと変形しながら、ユミヅチの方へズルズルと、音を立てながら近づいていく。

「後悔も罪悪感も一切必要無い。何ならすぐに、忘れたっていいと」

「は、は……え。あ」

 ────プシュゥッ!

 その怪物は勢いよく、ユミヅチの体に巻き付いた。

「ギャッ!!!」

「相手に服従するしか手立てが無い性奴隷は、思うまま楽しむだけ楽しんで、飽きたらポイと捨てたっていい」

 数百本ある触手は柔らかな動きをしつつ一斉に、ユミヅチの全身をギュウギュウに締め付けていく。

「う、うわっ、や、やめ、て!!!」

「性奴隷は何をしたって文句を言わないと言ったな。それは『やめて』を言えないように、『教育』とは名ばかりの『拷問』をお前が、何億年もし続けたからなんじゃねぇのか?」

「は! は……くる、し!」

「拷問で飼いならし続けた性奴隷なんだから別に、どんなに残酷な仕打ちをしたって構わない。吸血行為の時以外は、気にかける必要も守る必要も一切無い?」

 ────ブアッ!!

 触手はユミヅチの体をぐるぐる巻きにした状態で、空中へ高く持ち上げた。

「刺激的じゃ無くなったから。もう面倒だから。興味が無いから。知った事じゃない。相手が生んだ子供が死のうが生きようが、どうでもいい」

 ドロドロとした液体をユミヅチの全身に塗りたくった触手は、ジュージューと音を立てながら、その体ごと溶かし始めた。

「最後まで一緒に人生を過ごす覚悟はいらない。そう妄信していたい奴らにお前は、汚らわしい方法で不気味な思想を植え付けやがった」

「……ヤメテ……クダサイ」

 溶かされたユミヅチは、黒くて醜いスライム状の姿に変わった。

「『やめて』を聞かないのはお前だ」

 これが本当の姿だったのだろう。

 大地は妙に納得した。

 何だかとても似合っている。

「残酷で軽すぎだろ」

 スライム状になったユミヅチの全身からは、沢山の細長い触手が伸び始めている。

「ア…………ア…………」

 声色もがらりと変わった。

 もしかすると、この触手を使って『教育』とか『調教』とかほざきながら、ユミヅチは女たちの体を何億年も、弄び続けていたのかも知れない。

 『観察したい』という薄汚い自身の欲望を、叶えるために。

 ユミヅチは、奇妙なうなり声を上げ始めた。

「スキダ…………アイシテル」

 うわごとの様に。

「アイシテル…………スキダ……スキダ……アイシテル…………スキダ」

 呪文のように。

「シヌマデズット、ソバニイタイ」

 触手で体を弄びながら、女に安心感を与えてうまい血を出させ、自分の客にいい思いをさせるために。

 これさえ言えば確実だと、言葉が体にインプットされている。

 そんな禍々しさを感じる。

「狂ってやがる」

 どれほど残忍な行いであるかに、まるで気づいていない。

「オマエダケシカ、イラナイ」

 欲望を叶えるために使う嘘。

 意のままに操れて、よりうまい血が吸える、愛の言葉。

 この言葉通りでなければ本来、してはいけない行為をするために。

「グアッ!!!」

 黒スライムに変化したユミヅチに巻き付いた触手は、その体をジュージューと焼き始めた。

 必死で自分の触手を使って抵抗するが、その触手ごと溶かされていく。

 焼かれながら優しく撫でる。

 恋人にするかのように。

 ユミヅチはいきなり、最も薄汚い響きで、愛を語り出した。

「スキダ! アイシテル! アイシテル! アイシテル! ズットソバニイタイ! アア、アア、アア…………ッ!!!」

 甘く優しく自分の全身を撫でながら、歓喜に震えたように叫び出す。

 これ以上やると、いやらしい叫び声が大きくなるだけのような気もする。

 なにより、ユミヅチが興奮して気持ち良くなってしまっているらしく、同じ攻撃をする気になれない。

 すると背後から一人の女性が、いきなり大地に声をかけた。
 
「その武器の力じゃ死なないと思うよ? 殺すんなら手伝おうか?」

 大地が振り向くと、そこには一人の女が立っていた。

「クスコか…………?」

 クスコが変化した女性(ヒマリ)と同じ容姿。

 髪の色は艶やかで真っ直ぐな黒、肌の色は透き通るような白。

 目の色は深い海のような、どこまでも澄んだ青。

 紺色の着物に白い帯を付けている、背が少し小さめな美女。

「クスコ? いや違う。名は姫毬(ヒマリ)

 別人なのか?

 確かに雰囲気が、クスコとはまるで違う。

 姫毬(ヒマリ)と名乗った女性の瞳の奥からは、形容しがたい鋭さと冷酷さが漂っている。

 クスコの大らかさや、包み込むような優しさが、姫毬(ヒマリ)の雰囲気からは全く感じられなかった。

 姫毬(ヒマリ)の背後には、大地にもらった黒い着物を着た姫榊(ヒサカキ)が、姿勢を正してこちらを見ている。


「ソイツを殺すには、君の腰に刺さったその矢が、最適だと思うよ」


 姫毬(ヒマリ)は大地の腰にある、あの破魔矢を指さした。
< 43 / 160 >

この作品をシェア

pagetop