桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

みーつっけた♡

 クナドが戻ってみると、崩壊した本殿があった元の場所は様変わりしていた。

 『気』の力が完全に、邪悪な方面へと変化している。

「力が使いやすいね、こっちの方が」

 黒龍側の神としては。

 世界が自分仕様に、カスタマイズされた感覚。

 白龍・久遠の術式『天璇(メラク)』によって守られ、秘めやかに祀られていた、岩時の神体や、黄金色に輝く神聖な本殿は、完全に姿を消している。

 誰もが入れるようになり、禍々しい力が交差する危険な場所へと変化している。

 『岩時神楽』という名の舞台に関わる人物すべてが、本殿の中で『気枯れの儀式』という名のみそぎを行ったはず。

 心や体についた『穢れ(ケガレ)』を払うための儀式だ。

 魂と体を分離させる行い。

 儀式を済ませておかないと人間は、最終的に完全な『気枯れ』状態にはならない。

 その手順を飛ばして魂に食らいついても、まるで意味が無い。

 何度食べてもまた、魂が再生する。

 魂を完全に抜き取って体を空にしないと自分が侵入出来ないし、高天原へは持ち込めない。 

 人間世界からうまく奪い去る事ができたら、クナド側の勝利。

 どんなに強い白龍の力があっても、完全に手出しが出来なくなる。

 奴らは死にもの狂いで、こちらを阻止しようとするだろう。

 クナドは吸い込まれそうな闇が広がる星空を飛びながら、目的の生贄を探している。

 見下ろすと、木々などには白龍の紋が刻まれ、所々に結界の札が貼られている。

 何故か大きくて呑み込まれそうな川が出現しており、そこにはウタカタが変化した巨大な橋が架かっていた。

 元と変わらないのはこの、虹色の橋だけである。

 青白い光をぼうっと輝かせる灯篭がいくつか点在し、それらに発光性の小さな虫が集って声を響かせ、みやびな趣を醸し出している。

「うーん、確か、この辺だったはずなんだけど…………」

 クナドは懐から小さな、薄っぺらい六角形の石を取り出した。

 ピコンピコン。

 ピコンピコン。

 アラームが知らせてくれている。

 目的の生贄は近い。

 手にした六角形の石を再び覗き込むと、真ん中が赤く輝き出した。

 ピコンピコン!

 ピコンピコン!

「お?!」

 音が大きくなり、クナドは嬉しくて声をあげた。

 草むらに、一人の女の子が横たわっている。

「みーつっけた♡」

 以前からずっと目をつけていた子をようやく発見し、小躍りしてしまう。

 一番艶やかで美しい、ゾクッとする『光る魂』。

「あの子だあの子♡ 間違いない!」

 クナドはついに、自分がずっと目をつけていた生贄を見つけ出した。

 白ポロシャツに、少年のような薄グレーのスラックスを着ている。

 少し伸びてきた黒髪をさらっと揺らしている、色白の美少女。

 一番、いい香りがする。

 神と相対するために、岩時の海水を清めた霊水を飲んで『みそぎ』をし、人間たちは身も心も清めようとする。

 彼女は霊水が入っていたはずの盆の脇に横たわり、空になった盃を手にしながら目を閉じている。

 クナドがすぐ近くに迫ると、ちょうど彼女は霊水を飲んだばかりで、『みそぎの儀式』直後の様子。

 彼女は今まさに、魂と体が分離したばかりのようだ。

 霊水を飲み、みそぎを終えている人間。

 襲ってくれといわんばかりだ。

「たまらない香りだ…………」

 きちんと『気枯れ』の体になっている。

 これなら『光る魂』を無傷で、難なく奪えるだろう。

 最終的には『気枯れ』に自分が入り込んで、『魂』と一緒に高天原に持ち出さなければならない。

 クナドは最強神の『クスコを殺せ』という勅命を、果たせなかった。

 このまま高天原に帰れば、裏から手が回されて暗殺される。

 今回の不始末により、自分の命を消されるのはごめんだ。

 生き延びるただ一つの方法は、最強神ミナに『光る魂』を捧げ、どうにか機嫌を取って命乞いをすることだ。

 この『土産』は、最大の効果が期待できる。

『光る魂』を最も食べたがるのは、一番古くから存在する神だという。

 だが現在ではどの神もお目にかかれずにいる、『幻の一品』だ。

 そのためか人気はさらに急上昇しており、神秘性が増したと囁かれている。

 その特別な味や香りには滋養効果があると言われ、禁を犯してこっそりと食べようとする者が後を絶たない。

 魂を食われても人間は死なないが、人間として生きていく気力を失う。

 そうなれば神々にとっても、不都合が多々発生する。

 自害する人間や、無気力な人間ばかりが生み出される。

 人間世界がうまく機能しなくなる。

 だから現代では神々の間で『人間愛護法』が定められた。

 その効力が強いため、表立って人間の魂を食す神がいない。

 しかし。

 最強神は何をしても許される。

 そして彼はクスコ殺害の嫌疑に問われ、しばらく部屋から出られない。

 神々は力を与え、そして結局自分のために奪うのだ。

 これはクナドにとってまさに、絶好のチャンスだった。

 狙い定めた生贄は、『魂』と分離した『気枯れ』となって徐々に、空中に浮き始めている。


 ここでクナドは、彼独自の解釈を脳内で展開した。


 先に(気枯れ)を、奪ってしまえばいい。


 それが一番手っ取り早くて、確実な方法だ。


 つまり魂の喉元に牙を立てる前に、『気枯れ』本体に牙を立てて血を吸い取ってしまうのだ。

 そうすれば『気枯れ』と『魂』の運搬作業がもっと、簡単になる。

 魂の力を完全に失った『気枯れ』にとって一番、危険なこととは何か。

 すぐに何らかの力を与えない限り、正体が危うくなる事である。

 だが古来より、魂の喉元に牙を立てよ、との言い伝えがある。

 『魂』への侵入は大変高度な(パワー)と知識とテクニックを要する。

 しかも『気枯れ』が動くのを待たなくてはならないので、そこにも時間がかかり過ぎるし、何より面倒だ。

 人間達(特に異性)に影響を与え、手っ取り早く自分の思い通りに操る方法。

 クナドにとってそれは、吸血行為にあたる。

 空になった体…………つまり『気枯れ』を先に吸血で犯し、魂をその後で操作する。

 先に体を奪えば、魂はそれに合わせて服従を示すはず。

 体に与える影響力を優先する。

 そうすれば魂など、意のままに操れる。

 『気枯れ』には手軽に操れない『魂』側を、『気枯れ』に侵入した時点で、クナドが直接操る事が可能なのだ。

 前例は無いが、この方が簡単なはず。

 これぞ一石二鳥。

 『光る魂』を傷つけず、最も手軽に高天原へ、『気枯れ』ごと運べるだろう。

 一番乗りで最強神ミナ様に、土産を届けられる。

 味見をせずに無傷のまま『光る魂』を届けられれば、とても喜ばれるだろう。

 エセナと同じく、クナド自身は『光る魂』を食べる事に、さほど興味が湧か無かった。

 女性の血の甘美さや中毒性には、すっかり魅入られているが。

 つまりクナドは猛烈に吸血をしたい。

 魂よりも体の方に強い興味がある。

「だからこっち♡」

 魂はそのままミナ様に捧げればいい。

 クナドは生贄の『気枯れ』に近づき、その喉元に牙を立てた。

 そしてその生き血をすすった。

 ずちゅるるるるるるる。

 ごくごくごくごくごく!

 ごくごくごくごくごく!

「…………?」

 クナドは愕然とし、恐る恐る生贄の顔を覗き込んだ。


 ────女の子だよね?



 ────女の子のはず。



 ────だってそうじゃん。



 こんなに綺麗な…………



 綺麗な…………




 …………男の子。




 ショックのあまりクナドは生贄の体と共に落下し、地面へと叩きつけられた。

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