桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
咲蔵(サクラ)にて
────ブシャッ!!
あたり一面、鮮血が飛び散る。
血を啜る音が、鳴り響く。
────ゴク、ゴク、ゴク……
気が狂いそうだった渇きはあっという間に解消され、喉が奥から潤ってくる。
行為の間中、大地は全身が総毛立っていた。
この状況は何なんだ?
何か掛け違えてないか?
こんなにも距離が近い。
手が届かないはずのさくらが今、腕の中にいる。
失うのが一番怖い存在を、力強く自分が、抱きしめている。
その首筋に、牙を立てながら。
きちんとした了承さえ得ぬままに。
恥ずかしそうに頬を赤く染め、自分だけを見つめている、美しい婚約者。
幸せそうな表情にも見える。
だが────
『さくらはこの行為を本当に、望んでいるのか?』
彼女に聞きたかった。
けれど声をかける余裕はもう、どこにも無い。
────ゴク、ゴク、ゴク……
くすぐったさと言葉に出来ない幸福感が、連続で襲って来る。
この血は、極上の飲み物だ。
体感した事の無い万能感が、体の隅々までをも満たしてくれる。
それは自分の奥深くを貫いて、新しい血液となって何度も、全身を駆け巡っていく。
さくらは顔を真っ赤にし、うっとりとした表情を浮かべ、ふとした拍子に脱力しそうになりながら、大地だけを見つめている。
────可愛い。
自分と似たような感覚を、彼女も味わっているのだろうか。
与える合うのは幸福感だけ?
それだけでは無いはずだ。
痛みと苦痛、未知への嫌悪。
本当は激しい拒絶を示すはずでは?
この行為そのものに対して。
そう思った途端、大地の体に異変が起きた。
消えない『恐怖』が生まれ始める。
死が訪れる瞬間まで、この『恐怖』は大地の、心の奥深くに刻印される。
一歩間違えればこれは、残虐な行為に他ならない。
正と邪が、光と闇が、回転して紡ぎ出される、グロテスクな光景。
けれど麻薬のようにきっと、何度も何度も頭の中で、蘇り続けるだろう。
甘やかで清々しい彼女の香りに、いつしか全身が満たされて…………
やがて頭が、真っ白になる。
自分は、さくらの血の虜。
『いつまでも、こうしていたい』
究極の『万能感』。
その、果ての果て。
それが過ぎると、少し落ち着く。
彼女の髪や頬や全身を優しく愛撫しながら、心臓を落ち着かせる。
自分の全てで愛情を伝えた途端、再び彼女を求めたくなる。
目の前のさくらの首筋に、もう一度禍々しい自分の牙を、立てる事を望み始める。
終わりはない。
彼女の血を求め、自分の血を彼女に与え、まぐわい続ける。
一生、この行為を繰り返す。
そして、疑問が浮かぶ。
『こんな事ばかりしていたら、いつかさくらが死んでしまうのでは?』
か弱くて、細くて、脆いさくらが。
守るはずなのに。
一体、何やってんだ。
犯す事に夢中になるあまり、彼女が死んでしまったらどうなるんだ。
取り返しがつかない。
自分を早く止めなくては。
力を、制御しなければ────
「────っ」
だから知るのが嫌だったんだ!
「────起きた?」
姫毬の声ではっと目が覚め、大地はがばっと跳ね起きた。
広々とした、見たことの無い場所に今まで、寝かされていたようだ。
あたり一面が、小さな小さな桜の花びらに覆われている。
まるで、薄い桃色の絨毯だ。
清々しくて甘い、花の香りがする。
さくらといた桜の木のうろの中とは、別な場所のようである。
「ここは────?」
「『咲蔵』の中。岩時城の、天守閣の地下だよ。気を失っている間に君を、運ばせてもらったんだ」
姫毬は大地の顔を覗き込み、少しほっとした様子で微笑んだ。
「…………どうして」
「この場所と君は、深い関係があるようだったから」
意識が追い付かない。
姫毬は大地に頭を下げた。
「さっきはごめん。了承も得ずに」
何故謝るのだろう。
目覚めたばかりの大地には、何が何だかよくわからなかった。
「君を、知りたかっただけなんだ」
「…………?」
「だから血を奪ってしまった。まさか初めてとは知らずに」
何の話か、ようやく大地は思い当たった。
姫毬は自分の血を吸った事を、謝罪しているのだ。
「どうして────」
ショックのあまり、うまく言葉が出てこない。
「情報が欲しかった。君から、奇妙な香りがしたから。正直に言うと、好奇心に負けたのもある。君の血には『道の神クナド』の血が混じっていたよ」
「─────!」
「君の装束に、陶器の欠片がついていた。その欠片を調べたら『最後の盃』という、呪いの術式が施されていた」
姫毬は大地に、小さな陶器の欠片を見せた。
欠片の隅には、黒い血の跡がついている。
どうやらそれが、クナドの血だったようである。
「『最後の盃』が何かの拍子に割れて、血の封印が解けてしまい、君の体内にクナドの血が入ったみたい」
大地にも、少し理解できた。
きっと、あの地震のせいだ。
クナドと自分は何となく、奇妙な白と黒の羽冠で、繋がっていたような気がする。
「俺はあの時、クナドの血を飲んじまったのか」
それにしても。
知りたいからといって、吸血行為にまで及ぶこの、姫毬という女…………
「お前も変態なのか? 姫毬」
姫毬は反省した様子で、ため息をつきながら頷いた。
「武器や生き物の生態に関する事にしか興味が湧かないという意味では、そうかも知れないね」
…………信じられない。
好奇心で、他者の血を吸うなんて。
自分だったから、まだいい。
こんな事されたら一生、心に傷が残る奴もいるはずだ。
空いた口が塞がらない。
「…………姫毬。お前マジで、ひでぇヤツだな」
どうやら本当に、邪な理由などでは無く、大地の血の謎を知りたかっただけらしい。
血を吸われた事に関しては到底、姫毬を許す気にはなれない。
彼女を今後、女性として意識したり、この事によって情が湧いたりは、決してないだろう。
だが。立ち直れないくらいにショックかと言えば、そうではない。
自分がさほど傷ついていないという事実に、大地はかなり驚いていた。
それどころか現状を知ったとたん、どういうわけか少しだけ、ホッとしている。
「申し訳なかった」
目の前で深々と頭を下げている姫毬には、絶対に言わないでおくが。
さくらの血を吸ったあの生々しい体験は、自分の夢だったのだ。
姫毬に吸血された感覚が、さくらと血の交換をした想像に、結びついただけ。
さくらの血を無理やり奪ったわけでは無くて、本当に良かった。
その事に今は安堵している。
「本当に…………反省している」
姫毬はなおも大地に、頭を下げた。
許す許さないを超えて、もう無かった事にして、全て忘れてしまいたい。
「ちょっと、いい?」
大地の頭に乗っている 虚構の輪に手を伸ばし、姫毬はその羽冠を、スッと大地の頭から取った。
「取れた…………!」
思わず叫んだ大地に、姫毬はこくりと頷いた。
彼女の両手の中で、黒い羽冠は一瞬だけまばゆく、光り輝く。
シュッという音と共に。
羽冠は、黒い一つの羽根を残して、全て消滅した。
「正体を紐解けば、呪いは割と簡単に、取り除けるんだよ」
一つだけ残った羽根を、姫毬は神秘的な笑みを浮かべて、つかみ取った。
フッと、彼女が息を吹きかける。
すると最後の羽根も、跡形も無く消え去った。
あたり一面、鮮血が飛び散る。
血を啜る音が、鳴り響く。
────ゴク、ゴク、ゴク……
気が狂いそうだった渇きはあっという間に解消され、喉が奥から潤ってくる。
行為の間中、大地は全身が総毛立っていた。
この状況は何なんだ?
何か掛け違えてないか?
こんなにも距離が近い。
手が届かないはずのさくらが今、腕の中にいる。
失うのが一番怖い存在を、力強く自分が、抱きしめている。
その首筋に、牙を立てながら。
きちんとした了承さえ得ぬままに。
恥ずかしそうに頬を赤く染め、自分だけを見つめている、美しい婚約者。
幸せそうな表情にも見える。
だが────
『さくらはこの行為を本当に、望んでいるのか?』
彼女に聞きたかった。
けれど声をかける余裕はもう、どこにも無い。
────ゴク、ゴク、ゴク……
くすぐったさと言葉に出来ない幸福感が、連続で襲って来る。
この血は、極上の飲み物だ。
体感した事の無い万能感が、体の隅々までをも満たしてくれる。
それは自分の奥深くを貫いて、新しい血液となって何度も、全身を駆け巡っていく。
さくらは顔を真っ赤にし、うっとりとした表情を浮かべ、ふとした拍子に脱力しそうになりながら、大地だけを見つめている。
────可愛い。
自分と似たような感覚を、彼女も味わっているのだろうか。
与える合うのは幸福感だけ?
それだけでは無いはずだ。
痛みと苦痛、未知への嫌悪。
本当は激しい拒絶を示すはずでは?
この行為そのものに対して。
そう思った途端、大地の体に異変が起きた。
消えない『恐怖』が生まれ始める。
死が訪れる瞬間まで、この『恐怖』は大地の、心の奥深くに刻印される。
一歩間違えればこれは、残虐な行為に他ならない。
正と邪が、光と闇が、回転して紡ぎ出される、グロテスクな光景。
けれど麻薬のようにきっと、何度も何度も頭の中で、蘇り続けるだろう。
甘やかで清々しい彼女の香りに、いつしか全身が満たされて…………
やがて頭が、真っ白になる。
自分は、さくらの血の虜。
『いつまでも、こうしていたい』
究極の『万能感』。
その、果ての果て。
それが過ぎると、少し落ち着く。
彼女の髪や頬や全身を優しく愛撫しながら、心臓を落ち着かせる。
自分の全てで愛情を伝えた途端、再び彼女を求めたくなる。
目の前のさくらの首筋に、もう一度禍々しい自分の牙を、立てる事を望み始める。
終わりはない。
彼女の血を求め、自分の血を彼女に与え、まぐわい続ける。
一生、この行為を繰り返す。
そして、疑問が浮かぶ。
『こんな事ばかりしていたら、いつかさくらが死んでしまうのでは?』
か弱くて、細くて、脆いさくらが。
守るはずなのに。
一体、何やってんだ。
犯す事に夢中になるあまり、彼女が死んでしまったらどうなるんだ。
取り返しがつかない。
自分を早く止めなくては。
力を、制御しなければ────
「────っ」
だから知るのが嫌だったんだ!
「────起きた?」
姫毬の声ではっと目が覚め、大地はがばっと跳ね起きた。
広々とした、見たことの無い場所に今まで、寝かされていたようだ。
あたり一面が、小さな小さな桜の花びらに覆われている。
まるで、薄い桃色の絨毯だ。
清々しくて甘い、花の香りがする。
さくらといた桜の木のうろの中とは、別な場所のようである。
「ここは────?」
「『咲蔵』の中。岩時城の、天守閣の地下だよ。気を失っている間に君を、運ばせてもらったんだ」
姫毬は大地の顔を覗き込み、少しほっとした様子で微笑んだ。
「…………どうして」
「この場所と君は、深い関係があるようだったから」
意識が追い付かない。
姫毬は大地に頭を下げた。
「さっきはごめん。了承も得ずに」
何故謝るのだろう。
目覚めたばかりの大地には、何が何だかよくわからなかった。
「君を、知りたかっただけなんだ」
「…………?」
「だから血を奪ってしまった。まさか初めてとは知らずに」
何の話か、ようやく大地は思い当たった。
姫毬は自分の血を吸った事を、謝罪しているのだ。
「どうして────」
ショックのあまり、うまく言葉が出てこない。
「情報が欲しかった。君から、奇妙な香りがしたから。正直に言うと、好奇心に負けたのもある。君の血には『道の神クナド』の血が混じっていたよ」
「─────!」
「君の装束に、陶器の欠片がついていた。その欠片を調べたら『最後の盃』という、呪いの術式が施されていた」
姫毬は大地に、小さな陶器の欠片を見せた。
欠片の隅には、黒い血の跡がついている。
どうやらそれが、クナドの血だったようである。
「『最後の盃』が何かの拍子に割れて、血の封印が解けてしまい、君の体内にクナドの血が入ったみたい」
大地にも、少し理解できた。
きっと、あの地震のせいだ。
クナドと自分は何となく、奇妙な白と黒の羽冠で、繋がっていたような気がする。
「俺はあの時、クナドの血を飲んじまったのか」
それにしても。
知りたいからといって、吸血行為にまで及ぶこの、姫毬という女…………
「お前も変態なのか? 姫毬」
姫毬は反省した様子で、ため息をつきながら頷いた。
「武器や生き物の生態に関する事にしか興味が湧かないという意味では、そうかも知れないね」
…………信じられない。
好奇心で、他者の血を吸うなんて。
自分だったから、まだいい。
こんな事されたら一生、心に傷が残る奴もいるはずだ。
空いた口が塞がらない。
「…………姫毬。お前マジで、ひでぇヤツだな」
どうやら本当に、邪な理由などでは無く、大地の血の謎を知りたかっただけらしい。
血を吸われた事に関しては到底、姫毬を許す気にはなれない。
彼女を今後、女性として意識したり、この事によって情が湧いたりは、決してないだろう。
だが。立ち直れないくらいにショックかと言えば、そうではない。
自分がさほど傷ついていないという事実に、大地はかなり驚いていた。
それどころか現状を知ったとたん、どういうわけか少しだけ、ホッとしている。
「申し訳なかった」
目の前で深々と頭を下げている姫毬には、絶対に言わないでおくが。
さくらの血を吸ったあの生々しい体験は、自分の夢だったのだ。
姫毬に吸血された感覚が、さくらと血の交換をした想像に、結びついただけ。
さくらの血を無理やり奪ったわけでは無くて、本当に良かった。
その事に今は安堵している。
「本当に…………反省している」
姫毬はなおも大地に、頭を下げた。
許す許さないを超えて、もう無かった事にして、全て忘れてしまいたい。
「ちょっと、いい?」
大地の頭に乗っている 虚構の輪に手を伸ばし、姫毬はその羽冠を、スッと大地の頭から取った。
「取れた…………!」
思わず叫んだ大地に、姫毬はこくりと頷いた。
彼女の両手の中で、黒い羽冠は一瞬だけまばゆく、光り輝く。
シュッという音と共に。
羽冠は、黒い一つの羽根を残して、全て消滅した。
「正体を紐解けば、呪いは割と簡単に、取り除けるんだよ」
一つだけ残った羽根を、姫毬は神秘的な笑みを浮かべて、つかみ取った。
フッと、彼女が息を吹きかける。
すると最後の羽根も、跡形も無く消え去った。