桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

『咲蔵《サクラ》』の源

 白艶と黒艶は、大地を睨みながらじりじりと、近寄ってくる。

 さくらを守るため、黒天璇(クスメラク)に触れようとしたが、大地の体ははじかれて、後方へと飛ばされてしまう。

 まだ、彼女には近づけない。

 大地は再び天璇(メラク)の鉾を構え、女達の方を見た。

 いざとなったら鉾を盾替わりに構えてまた、さくらを守る。

 しかし何故、女性にずっと睨みつけられなければ、ならないのだろう。

 大地がモヤモヤしていると、やがてもう一人の女性が、ふわりと姿を現した。

「────おやめなさい、あなた達」

 目に涙を浮かべた姫榊(ヒサカキ)が、すぐ近くに立っている。

「姫榊様」

「ですが、私たち…………」

「大地様が困っています。剣を下ろしなさい」

「…………」

「…………はい」

 白艶と黒艶はしぶしぶ、剣を下ろして鞘に戻した。

 姫榊は再び、口を開いた。

「大地様は私の、運命のお方です。それは嘘ではございません」

「…………」

 大地は返事が出来なかった。

「私はあなた様こそ、この『咲蔵(サクラ)』の源だと感じました」

「『咲蔵(サクラ)』の源?」

 姫榊は、黒天璇(クスメラク)の中にいるさくらを仰ぎ見ている。

 彼女の視線をたどり、大地はさくらと目が合った。

 その途端、全身に力を浴びた。

 苦しそうなのに、大地の方を見ながら微笑みを浮かべている、さくら。

 ねぎらうような、優しい笑顔。

 不思議な一瞬。

 大地は今、さくらから大きな何かを受け取った。

 その途端、がくがくと体が震え始め、おずおずと前へ進み出て、自然に体が彼女の前で、跪く。

「これは、一体……」

 彼女こそ、自分の中心。
 そんな存在だという気がした。
 
 さくらを崇拝し、尊敬の念を抱く。

 その笑顔に。

 その優しさに。

 その慈愛に。


 どういうわけか大地は、この感覚を理解できた。


 祝福の言葉に似た響きが、鈴の音の様に、聞こえてくる。

 さくらとの出会いの全てへ。

 感謝が光となり。

 音となり。

 風となり。

 闇となり。

 雷となり。

 炎となり。

 水となり。

 生き物となり。

 心の奥深くから、溢れ出す。


 湧きあがる、力。


「俺が一生愛し、大切にするのは、ここにいる露木さくらだけだ。小さな頃からそう決めている」

 傷つけて、呪うのも、さくらだけ。

 血を分け、運命を共にしたい相手。

「──わかりました」

 姫榊は困ったように苦笑いした。

「それでも生涯かけてあなたに、心を捧げる事を私はお約束いたします」

「お前らとは、友達になりたいんだ」

 言葉を発した瞬間、黒い七支刀が目の前に現れた。

 それは天璇(メラク)の鉾に替わって大地の手にずしりと、握られた。

「血なんか交換しなくたってその方がずっと、気軽に仲良くできるだろ」

 七支刀は、その色を変え始めた。

 右半分だけ、白色に変わってゆく。

 刀剣の色は綺麗に、中央から真っ二つに分かれた。

 白と黒の、両刃の刀剣へ。

 大地はこの変化を見て取った瞬間、今なら何でも言葉にできそうな勇気が湧いた。

「友達を気にかけるのが、そんなに悪いか?」

 みなぎる力が大地を、後ろから強く押してくれている。

「服を脱いで欲しく無いからさっき、俺はお前らに着物を贈った」

 だって見たくねぇんだ。
 友達の裸なんて。

「それって悪い事だったのか? 露出狂は嫌いなんだ。それが気に障ったんなら、謝る」

「…………」

「…………」

 やれやれ、と大地に向かって呆れたように、女達は破顔した。

 場の空気が徐々に、暖かいものへと変わっていく。

 どこまでも続く、地平線。

 時折、冷気を纏った風が吹き抜け、桜の花びらを舞い上がらせている。

 足元の土がボコボコと、音を立てながら揺れ動いた。

 地震の兆候とは違うようだが、まともに立っていられなくなる。

 地面が巨大な生き物になった。

 突如、無数の植物が土の中から姿を現し、あたりの景色を一変させる。

 小さな植物はニョキニョキと不気味な音を立てて大きくなり、グルグルと互いの枝をからませながら、天空を目指して上に伸びていく。

 やがてそれらは一瞬で、立派な大樹へと成長を遂げた。

 大地は「あっ」と声を上げた。

 岩時神社の、桜の木だ。

 だが少し、様子が違う。

 あの巨木は、枯れ木だったはず。

 花を咲かせた姿を誰も、見たことが無い。

 けれど目の前にある同じ木は、たくさんの花の蕾を枝じゅうに、膨らませている。


『────何だ? この力は』


 無意識に大地は両手を握りしめ、力を込めた後で、その手を開いた。


 すると。


 ゴオォォォォォォォッ!!!!!


 桜の花びらが一斉に開いた。


 湧き起こる力が一斉に、大地の周囲を取り囲む。


 景色が鮮やかに変わる。


 桜の花が満開になった。


「寛大で底知れぬ香り……」

 桜の開花を目の当たりにし、姫榊は、目に涙を浮かべながら語った。

「あなたに出会えて希望が溢れ、私は激しい恋をしました。友達になってもその事は、忘れなくてもいいですか?」

「…………ああ」

 ──────チカッ!

 さくらを包み込んだ黒天璇(クスメラク)からまばゆい光が放たれて、少しずつそれは、透明な色へと変化していった。

 苦しそうだったさくらが、スッと楽な表情へと変わり、徐々に本物の笑顔を見せ始める。

「さくら!」

 完全に、黒い色が消えた。

 黒天璇(クスメラク)は、天璇(メラク)へ。

 そのバリアは、過去に何度も大地を守ってくれた、父である久遠が放った天璇(メラク)と同じ姿へと、色を変えた。

 その中でさくらはゆっくりと呼吸をし、柔らかな微笑みを見せている。

 慌てて近くへと駆け寄り、彼女の無事を確認すると、大地はホッとして心が緩むのを感じた。

 ようやく、危機が過ぎ去った。

「『友達』ね。……私に向けた言葉と同じ」

 桜の大樹の一番太い枝の上から大地を見下ろし、姫毬は言った。

「俺は一生、さくらとしか血の交換はしない。彼女にしか心を砕かない。それでいいか?」

 そう決めているのだから。

「理由を教えて下さい」

 白艶が大地に尋ねた。

「理由?」

「綺麗で可愛い女は他にもいます。どうしてその女性だけが、そんなに特別なのです?」

 黒艶も同じく尋ねた。

「彼女より大地様を理解し、深く愛せる女はたくさんいます」

 姫榊(ヒサカキ)は何も言わず、魅惑的に微笑んだ。
 
「どうせ口先だけですよね?」

「どうやって証明しますか? あなたの心を」

 女たちは口々に、大地に疑問を投げかける。

「理由なんてあるか。心を見せる事はできないだろ」

 大地は自分が住んでいた龍宮城から、さくらの様子をずっと見てきた。

 『龍の目』を使って。

 だから彼女の良い所がわかる。

「さくらは誰も傷つけようとしない」

 欲望で誰かを、操ろうとしない。

「自分の弱さに負けたりはしない」

 慈悲深く、気高くあろうとする。

「ちょっと抜けてるとこあるけどな。俺はあいつの、そういう所が好きだ。さくらを傷つける事以上に、怖いものなんて、俺には無い」

 嫉妬にかられ、白艶と黒艶はさくらをキッと睨みつけた。

 自分達のものになるはずだった獲物(大地)は永遠に、手に入らない。

 本能的にそれを悟ったからだ。

「あなたたち。もうおやめなさい」

 みっともないです、と姫榊がたしなめると、白艶と黒艶は大人しく引き下がった。

「わかりました。もう、さくらさんを傷つけたりしません。大地様に嫌われてしまいますものね」

 姫榊がこう言うと、大地はほっとした。

 口先だけじゃ無い事を、一生かけて証明してみせる。

 言葉にはしないけど、心の中でそう呟いた。

 姫榊は少し残念そうに、でも幸せそうに微笑んだ。

「友達になって欲しいと仰って下さり、本当はとても嬉しいです」

 白艶は笑った。

「希望が湧きますものね」

 黒艶も笑った。

「確かに。愛されるのとはまた違う嬉しさが、こみ上げますね」

 姫毬も意地悪そうに笑った。

「友達としてなら一生、死ぬまで君と繋がれるしね」

「今までの事、申し訳ありませんでした。数々の非礼をどうか、お許しください。大地様」

 姫榊に続いて姫毬が頭を下げた。

「私も謝る」

 大地は腰に手を当てて、白と黒の半分に分かれた七支刀を地面に突き刺し、首をゆっくり横に振った。

「自分に謝ってくれ。俺もそうする」


 認めて欲しい。


 自身の血の、穢れた部分を。


 じゃなければ結局、出会えない。


 『本当の自分』とは。
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