桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

最古の水神

「おいっ!」

 大地は慌てて、老紳士のもとへ駆け寄った。

「大丈夫か? トワケ」

 心配になり、彼の肩に手を当てる。

 すると足先から指先まで、激しい『熱さ』が急速に駆け抜けた。

 ジュワッ!!

「あっっっちぃっ!!」
 
 熱が跳ね返り、大地はパッと手を引っ込めた。

 その瞬間、老紳士がクワッ! と目を見開いた。

「…………!」
「…………?」

 トワケ老人はムクッと起き上がり、キョトンとした様子で大地を見つめ出した。

「今の熱は、そなたの力か? 大地とやら」

「さぁ。よくわかんねぇ」

 老紳士トワケは、驚愕したような表情へと変わった。

「このような力は、初めて感じたぞ」

 こんなに長く生きてきたのに。

 トワケの眼差しは熱を帯び、大地の姿に釘付けになった。

 姫榊、白艶、黒艶の三人が彼の近くへと駆け寄って来て、心配そうに彼へ声をかけた。

「大丈夫ですか? 岩門別(イワトワケ)様」

 姫毬も姿を現し、案ずるようにトワケに声をかけた。

「お師匠、いつもの発作ですか?」

「ああ。大丈夫じゃ。すっかり体が軽くなったわい。久しく感じた事が無いほどに…………」

 老紳士の無事を確認し、大地はほっと一安心した。

 自分の一言で死んでしまわれたら、後悔してもしきれない。

「でもこりゃアレじゃの、役得じゃ。美女に囲まれウハウハじゃ♡」

 最後の一言が余計だ。

 海の生き物はスケベばかりなのか?

 トワケが無事だと解ると急に安心し、大地は失礼な考えを巡らせてしまう。

 我に返り、大地は彼に頭を下げた。

「怒らせて悪かったな、トワケ」

 呼び方を改める気は無いらしい。

 それを聞いてもトワケはもう、大地をきつく咎めなかった。

「いや、もう良い」

 大地に対する好奇心の方が、完全に勝ってしまったのである。

「驚いたぞ、大地とやら。そなた、もしや『揺光(アルカイド)』の力が使えるのか」

「『揺光(アルカイド)』?」

「最強の、癒しの力だ。さっき我を治した力は、伝説の『揺光(アルカイド)』なのかも知れぬ」

 トワケと目が合った姫毬は、小さく首を横に振った。

 自分にもわからないと姫毬は伝えたが、トワケの興奮は止まらない。

「世にも珍しい、凄まじい力だ。そなたはドラゴンか? それとも人間か?」

 最も苦手な質問に、大地の言葉が一瞬詰まる。

 一言で説明したくても、矢継ぎ早に次の質問が襲って来るからである。

「…………。どっちでもねぇよ、俺は白龍と人間のハーフなんだ」

「ほう。職業は」

「天の原の竜宮城で教師をしている」

「そなた、とても教師には見えぬがのう。天の原の者が何故、岩時城におるのじゃ」

「岩時祭りを見に来たんだ」

「ほう……。じゃが、そりゃ人間世界の祭りではないか? どうしてここへ」

 大地はトワケに、今までの経緯を簡単に説明した。

「……そんなわけで、道の神クナドが出した扉に入って、ここに迷い込んじまったんだ」

 静かに話を聞いていたが、トワケは途中からこめかみがピクピクと揺れた。

 何かを思い出し、怒り始めた様子である。

「……クナドめが!」

「知っているのか? クナドを」

「知っているも何も、この城に厄介ごとばかり持ち込む奴じゃわい」

 トワケが言うには、クナドはこの岩時城の天守閣を囲む六つの櫓のうち、一つを『扉工房』という名の部屋に、勝手に変えてしまったらしい。

 大地はポンと手を打った。

「『扉工房』! それだ! 俺はそこで桃色の扉に入って、ここに来ちまったんだ」

 口髭に手を当てながら、トワケはふむ、と唸りながら頷く。

「ならば簡単じゃ。『扉工房』へ行き、そこから元の場所へ帰ればよい」

「本当か?」

 大地は胸の内でガッツポーズをした。

 手がかりが、ようやく見つかったのだ。

 ここまでが大変、長かった。

 闇の中に光明を見た気持ちになり、気が緩みそうになるのを引き締めながら、大地はあたりを見回した。

 別な空間に入り込んだわけでは無く、再び、先ほどと同じ場所へ戻ってきたようである。

 姫榊、白艶、黒艶、姫毬がここにいるが、明らかに変化が生まれている。

 まず、彼女らに加えて、トワケや他の生き物たちの姿を確認できた。

 今までは、トワケ達を大地が認識していなかっただけ、という事なのであろう。

 よく考えると大変、彼らに失礼な話である。

 空間に対する捉え方が、ほんの少しだけ変わった気がする。

 奇妙な感覚なのだが、大地は『天枢(ドゥーベ)』を、先ほどより理解できた。

 再び目を瞑り、途中で中断された『天枢(ドゥーベ)』を頭の中で強く念じる。

 すると。

 チョウチンアンコウやクラゲやサメや珊瑚などの動物達は、武器や防具や道具を作る人の姿へと変化して見えた。

 岩時城の地下にある『咲蔵(サクラ)』は、人間世界でいうと職人達が集まる工房のような、科学者が集まる研究所のような、巨大施設に見えてくる。

 誰も彼もが忙しそうに集中しながら、手元にある『何か』を作ることに勤しんでいる。

「何なんだ。この場所は」

「ここは、我の工房じゃ。生きるために必要なものを作る。ここで出来たモノ達はどれも大変優れておるから、かなりの需要があるのじゃぞ」

「武器以外にも、ここでは優れた発明品を、たくさん作り出しているんだ。私を含め、ここにいるのはみんな、お師匠である岩門別(イワトワケ)様の弟子なんだよ」

 トワケに続き、姫毬が大地に説明した。

 今や様々な人たちが、武器や防具や道具、生きるために必要な発明品のような『何か』を夢中になりながら作っている。

 時折、彼らはチラチラと、大地の方を盗み見た。

『信じられない』
『師匠の発作を治すとは』
『アイツ何者だ』
『どういう事だ』

 ヒソヒソ話は聞こえてくるが、こちらへは誰も近寄ってこない。

 作品作りを、優先したいらしい。

「『咲蔵(サクラ)』って本当は、こんな場所だったのか」

 驚いた大地に、姫毬は頷く。

「そう。でも集中すればもっと、色々なものが見えるかもね。たった今『力』を覚醒させたばかりだから」

「まだ、完全ではないのか」

「うん。今私が見ている景色と、君が見ている景色は違うはず。あるレベルに到達しなければ、同じものを見る事が出来ないんだ」

「…………レベル」

「お師匠。大地は、『天枢(ドゥーベ)』を覚えたばかりなの。どうすればいいと思う?」

 今までのいきさつをかいつまんで、姫毬がトワケに説明した。

「そうじゃったのか」

「…………」

 トワケは姫毬の言葉を聞き、腕組みをしながら考えこんでいる。

「『天枢(ドゥーベ)』のレベルを上げないと、扉工房には行けないのか?」

 トワケと姫毬は同時に頷いた。

「闇の中に飛び込むようなものだからね。濁った場所だけに」

「『天枢(ドゥーベ)』は難しい術じゃが…………どれ、我が特訓してやろうかの」

「いいのか?」

 トワケは頷いた。

「…………いつもの発作と体の痛みが根治した。大地よ、そなたの力のおかげじゃ。悪いようにはせん、これはその礼じゃ」
 
 トワケを取り囲んでいた巨大な海の怪物たちは一斉にどよめき、大地の方を盗み見ながら、まだコソコソと囁き合っている。

 大地は頷き、決断した。

 ここから出るには『天枢(ドゥーベ)』をはじめとする、『力』のレベル上げをしなければならないようだ。

 黒龍側の神々の魔手から、生贄になった仲間を救い出したい。

 そのためにも、力が必要だ。


「ああ。教えてくれ、トワケ」


 これが吉と出るか凶と出るか。


 まだ本当の答えは出なかった。
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