桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

血の回廊

「ほら、来たよ」

 姫毬(ヒマリ)の声で、女達4人と大地の顔に緊張が走る。

 闇の回廊の先には、蛇に似た顔をした、血まみれの女達の姿があった。 

 クナドによって、心も体もボロボロにされた女達である。

 古い血がこびりついたような異臭が、そこら中から放たれている。

 姫毬(ヒマリ)はカラフルな毬、姫榊(ヒサカキ)は弓、黒艶(くろつや)白艶(しろつや)は剣、大地は海神の杖で相手をかわしながら応戦する。

 さらに無数の女たちが闇の中から現れ、次々に膨れ上がりながら合体していく。

 とても数えきれない。

「うわっ!」

 それらは見上げるほどの巨大な九頭龍へと変化し、舌をちろちろと出し、ムカデに似た無数の足を駆使し、猛スピードで襲ってきた。


天璇(メラク)!」


 ────間に合わない!


 大地が海神の杖で放った天璇(メラク)は巨大化して光り輝き、間一髪で姫毬達4人と自分の身を守る。

  ────ガンッ!

 天璇(メラク)のバリアに、蛇頭達が打ちつけられる。

 ────ガンッ!!

『憎い! クナド様は私を弄んだ。私の心を知っておきながら!』

「やめろ────来るな!」

 ────ガンッ!!

 大地の声は聞こえない。

『悔しい。クナドは私を裏切った! 一度は血を与え合ったというのに!』

「お前らと戦いたくない!」

 ────ガンッ!! 

 ────ガンッ!!

『こんなに愛しているのに……! 戻ってきて欲しいのに……! 待っているのは辛い…………! 待っているのは苦しい…………!』

「苦しいならもう待つな!」

 ────ガガガンッ!!!

 女達に、大地の声は聞こえない。

 完全に頭が狂っているため、話を聞くことが出来ないのである。

「相手を間違えてるだろ?!」

『ずっと私だけを愛して欲しい。殺してやりたい! 憎い! 悔しい! 恨めしい!』

「クナドに言え!」

 大地はギャンギャン泣き喚く女達に、だんだん腹が立ってきた。

 見た目だけじゃなく、心が醜い。

 クナドを一度は虜にしたはずなのに、何なんだこのザマは。

 狂うのは別に構わないが。

「関わりのない相手を巻き込むのは、どう考えてもおかしいだろ?」

 この回廊にいつまでも、留まっている事自体がおかしい。

 どこへだって行けるはずだ。

 自分を呪っているだけだ。

 その方が前を向くより楽だから。

 女の顔をした蛇頭は、吸盤のように五本の指をくっつけながら、大地が放った天璇(メラク)のバリアにヒビを入れ、その隙間から侵入しようと試みている。

「うわっ!」

 黒い血があちこちに飛散する。

 闇の中で青白く光る女達の顔が、一層グロテスクな光景を生み出した。

「お前らが殺したいのは……」

 大地は、息を吸い込んだ。

 デジャブが起こる。

 まただ。

 体の奥が燃えるように、カッ!! と熱くなる。

「俺らじゃないだろーーーーーが!」

 腹の奥からエネルギーが湧きあがり、轟音を鳴らす。

 ゴゴゴゴゴゴ!!!!

『────!!!!』

 あ────マズい。

 マズいマズいマズいマズい。

 天璇(メラク)のバリアが、黒ずんだ輝きを放って燃え上がる。

 ボウッ!!

 大地が吐いた黒い息が当たり、天璇(メラク)の壁面が黒炎となって燃え上がった。

 ────ギャアッッッ!!

 蛇女達の頭が、メラメラと音を立てながら焼かれてゆく。

 やがて天璇(メラク)は黒くて強固な(バリア)の形へと変化し、大地と姫毬達を包み込む。

「どうすりゃいいんだ」

 …………こんな事がしたいわけじゃないのに。


 トワケの顔が一瞬浮かんだ。


 教えられたことを思い出せ。


 出来るだけ闇を生まない。


 天璇(メラク)で武器を作らない。


 『天璣(フェクダ)』の使い方は……


「大地、天枢(ドゥーベ)を早く!」

 姫毬が叫んだ。

 大地は黒い天璇(メラク)の盾の中で頷いた。

 緊張感が、大地の天枢(ドゥーベ)天璣(フェクダ)の力を掛け合わせていく。

『────!』

 大地が放つ天璣(フェクダ)の威力は、最大値まで引き上げられている。

 閃光が放たれ、バリアにへばりついていた女たちの頭が次々と、血しぶきを上げながら遠くへ吹き飛んでいった。

 その瞬間、天枢(ドゥーベ)が一瞬だけ正確に発動した。


 闇回廊の一番奥に、あの『桃色の扉』がある。


 やっと見つけた。


 待望の出口だ!


 姫毬たち4人は驚きの声を上げ、笑顔を浮かべて頷き合った。

「やっぱり大地、只者じゃないね」

 青白くて不気味な五つの頭は、グネグネと動めく。

 尾から四つの頭が飛び出し、ギャンギャンと泣きながら喚き散らす。

 そんな九頭龍が徐々にまた、こちらへと近づいて来る。

 あの頭数で至近距離まで迫られたら、こちらの方が確実に不利だ。

「…………なあ。あの破魔矢に天璣(フェクダ)を込めたらどうなる?」

「…………!」

 姫毬は模擬戦で、大地の天璣(フェクダ)の威力を確認済みである。

「────ダメージを与えられるかも知れない」

 この状況だったら一番効果的な方法で、あの破魔矢を使えるのでは無いだろうか。

「────あの龍は天璣(フェクダ)に弱い。やってみよう」

 大地は頷き、姫榊(ヒサカキ)を見た。

「俺は弓が使えない。力をこめるから、射るのは頼む」

「わかりました」

 大地の言葉に、嬉しそうに姫榊は頷いた。

天璣(フェクダ)

 全身に溢れる天璣(フェクダ)の力を、大地は破魔矢の中いっぱいに込めた。

 体内の力を総動員し、少しの邪念も許さず、最後まで集中しながら。
 
 姫毬はその間、蛇頭の注意を引くために、透き通った毬珠をひたすら投げ続けた。
 
 ────ビュッ!

 ────ビュッ!

 ────ビュッ!

 表面がごつごつとしたその氷の塊みたいな球は、全ての蛇頭に命中した。

 毬球は絶大な効果を放ち、九頭龍の五感をあっという間に奪ってゆく。

 その間に破魔矢には、光の力が極限まで溜まり、直視できないほど輝いた。

「弱点は胴体。心臓だよ」

「わかりました」

 大地は破魔矢を姫榊に渡した。

 心臓に命中させるには、あの猛スピードで動く九つの頭を避けるしかない。

 冷静な様子で姫榊は、自身が扱う艶やかな黒色の弓に、光る破魔矢をつがえて、龍の方向めがけて引いた。

  ────ビュッ!

 その矢は九頭龍の体に見事命中し、心臓の奥深くに突き刺さった。

 かなりのダメージを受けたようで、蛇頭もしばらくの間は身動き出来ない。

「今だよ!」

 姫毬が叫ぶ。

 黒艶と白艶が九頭龍へと接近する。

 黒塗りの刀剣を取り出し、黒艶は空中で一回転した後、九頭龍の胴体を真一文字に一振りした。

 白艶は銀色の円頭大刀を両手で、縦方向に一振りした。


 九頭龍の体はバラバラに千切れ、飛散した。


 『ギャアーーーーーッ!!!』


 体は空中で合体しながらグネグネと戻っていくが、どの頭も恨めしそうに叫び、痛そうに両眼を瞑っている。

 一番ダメージを与えたのはやはり、大地の天璣(フェクダ)のようだ。

『イタイ…………イタイ』

『クルシイ…………クルシイ』

「大地、もう行って!」

 渇いた声を放つ九頭龍はなおも諦めず、シャーシャーと恐ろしい唸りを上げてこちらへと突進してくる。

「わっ!」

 蛇頭の一つに襲われて、大地は力のバランスを崩してしまった。

 その瞬間。

 天枢(ドゥーベ)黒天枢(クスドゥーベ)に転じてしまった。

 さらに奇妙な現象が起こる。

 黒天璇(クスメラク)のバリアに、黒天枢(クスドゥーベ)の力が加わってしまう。

 その黒い力はグニャリと角度を変え、意に反して桃色の扉に当たってしまい、扉が音を立てて破裂した。


 ────ゴウンッ!!!


 空間と空間をつなぐ扉が無くなり、ぽっかりと穴が浮かび上がる。


 その奥に、扉工房の中が見えた。


 だが。徐々にその穴が小さくなって塞がれていく。

 穴が完全に塞がったらアウトだ。

 扉工房に戻れない。

「早く行って大地!」

 と、姫毬。

「あの敵はもう、大地様の血の香りに引き寄せられているだけです」

 と、姫榊。

「あの穴に大地様が入ったらおそらく、この戦いは終わります」

 と、黒艶。

「あの敵にとって私たちは意味のない存在。逃げられるから大丈夫です」

 と、白艶。

「本当か?」

 大地は、すぐにそれを信じることは出来なかった。

 彼女達は自分をかばって、そう言っているだけでは無いだろうか?

「友達なら信じて。私達が心配なら後で、天枢(ドゥーベ)で見て、助けに来てよ」

「…………わかった」

 姫毬達の言う通り、一刻を争う。


 大地は彼女らを信じ、この場所を任せようと決めた。


「行って、大地!」


 大地は穴に向かって駆け出した。


 こうしている間にも穴は、どんどん小さくなっていく。


 もう入れるのは一人がやっとだ。


 壊れてしまった桃色の扉からは、白い煙がモクモクと上がっている。


「ありがとう、すぐ戻る」


 一緒に走った姫毬がギュッと、空間の中へ大地の背中を押し込んだ。



 大地はあと数秒で消えていきそうな穴の中に、どうにか体を潜り込ませた。



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