桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

黒玉衡(クスアリオト)

 巨大な九頭龍が、『黒い扉』を強引に突き破った。

 うねうねとのたうち回りながら、龍は扉工房の中へと侵入してくる。

「うわーっ!!!」

 素っ頓狂な叫び声をあげ、紺野は顔面蒼白になった。

「あいつ…………さっき戦った龍だ」

 あちこち千切れた体に、あの独特の叫び声。

『ああ、ああ、クナド様──』

 黒い扉は、強固な鎖の形をした黒天璇(クスメラク)が施され、クナドによって『開かずの扉』に変えられていた。

 だが、そのバリアは『桃色の扉』の爆発音とともに消滅し、黒い扉を守るようにして存在していたカラフルな扉たちも、何枚か吹き飛んでしまっている。

「…………ああああああれは?」

 ガクガクと体を震わせ、紺野は九頭竜から目を離せずに、棒立ちになっている。

「クナドに傷つけられた女達が、合体しちまった龍だ」

「…………クナドに?」

 つまり、あの龍の狙いは────

 今は、クナドの体である、自分なの、では、ない、だろう、か?


『やっと見つけました────』


 九頭龍は猛スピードで、クナド姿の紺野めがけて突進してくる。

「やややややややヤバいよ大地!」

 紺野は大地の肩を、力任せにブンブンと揺すり出した。

「落ち着けコンノ」

 大地は内心、頭を抱えた。

 執念深い九頭龍だ。

 姫毬達が見当たらない…………彼女達は一体、どこにいるのだろう。

 色々考えている間にも、ギャァギャァと叫びながら、九頭龍はこちらへと突進してくる。

 仕方なしに大地は海神の杖を構え、突進してくる九頭竜に向かって天璣(フェクダ)を放った。


 ────アアアッ!!


 うねうねと頭が動くせいで、少しかすっただけで、ダメージを与えることも出来ず、これでは脅しにもならない。

 また、戦うしか無い…………


『やっと見つけた────』


 九頭龍はどんどん、紺野の方へと近づいて来る。


 あれだけのダメージを受けたくせに、さらに迫力が増しているように見える。

「僕はクナドじゃありません! 僕はこの体を使っているだけで」

 紺野は急いで、体が入れ替わったことを説明し始めたが、九頭龍のスピードは止まらない。

『それでもいい……』

「え?」

『あなたの血を下さい…………クナド様の血を、その、血を、下さい』

 顔面蒼白になっている紺野をかばうように、大地は九頭龍と彼の間に立った。

「狂っている…………」

『やっと…………やっと……会えました……さあ、クナド様。私を愛して。私にあなたの血を下さい……』

「コンノ、無理だ。あいつら……こっちの話をもう、聞けなくなってる」

 大地に言われ、紺野は背筋がぞっとした。

 狙いはクナドの姿をして、クナドの血を持った紺野だ。

「中身が別な誰かであろうが、奴らにとってはもう、関係ないんだよ」

「…………」

 魂の味など、どうだっていい。

 クナドの血が吸えれば、九頭龍はそれだけでもう充分。

 そばにいてくれて、愛をささやいてくれて、気持ち良くしてもらえれば、それで満足。

 その時、ドゥーベが輝きながら、黒い扉があった場所の近くから念を送ってきた。

 これ、見て!

 紺野の手の中にあった円鏡が輝き、姫毬たち4人の様子を映し出した。

 彼女らは血まみれになって傷つき、全員がボロボロの状態のまま、回廊の出口のあたりで倒れている。

 もしかして全員、死んでいる?

 大地は円鏡を見て怒り心頭に達し、九頭龍を激しい目つきで睨みつけた。

 もう────我慢の限界だ。

「はしたないな、お前ら」

『殺したって、いい、殺した方が、血が飲める。どうせ、この想い、叶わぬのなら、せめて、飲みたい、味わい、たい』

「ふざけんな!」

 大地は怒りに任せ、九頭龍の心臓に向けて天璣(フェクダ)を放った。

 ────ブアッ!!

 大地の天璣(フェクダ)が、九頭龍の体へと届く。

『ギャアッ!』

 心臓部を外した。

 九つの頭も体も無傷だ。

「血を吸ったら気が済むのか? それじゃ強姦魔と変わらない!」

 闇の中に住んでいる女達にとって、天璣(フェクダ)の光は猛毒だ。

 体に当たった場合、かなりのダメージを与えられる。

 頭に当たると、再生してしまうが。

「なあ。そういう自分をいつまでも許すつもりなのか、お前らは」

 いつしか大地は、詠唱せずに次々と、巨大な天璣(フェクダ)を放っていく。

『ギャアッ!』

 天璣(フェクダ)は近くにある何枚かの扉にも当たり、扉工房を粉々に破壊し始めた。

「俺ならいつまでも、好き好んで暗闇の中にいたりしねえよ!」

 天璣(フェクダ)が頭の一つを吹き飛ばした。

『殺してやる、死んでやる、苦しめてやる、恨んでやる、クナドも、お前も、全部、全部、全部…………!』

「死んだ方が楽だとか、殺した方が楽だとか、お前ら簡単すぎなんだよ!」

 心臓部を守るように蠢きながら、二つめの頭が粉々になった。

「邪魔だ!」

『ギャアッ!』

 三つめの頭が、さらなる血しぶきを上げながら粉々に散った。

 警戒を強められたせいで、心臓部に天璣(フェクダ)が届かなくなった。

天璣(フェクダ)!」

『ギャアーーーッ!』

 大地の天璣(フェクダ)は威力を増し、九頭龍の頭は次々に粉砕されていく。

 そのたびに、真っ黒な血しぶきが舞う。

 キリが無い。

 何故なら、頭はみるみるうちに元の姿へと、戻っていくからだ。

 大地が天璣(フェクダ)で何度頭を粉砕しても、回復するスピードの方が速い。

 女の顔をした蛇達が次々と現れ、九頭竜を応援するように、合体を遂げていく。

 このままでは、紺野が殺されてしまう。

「コンノ。もうコイツ殺す」

 紺野は首を横に振った。

「大地…………それは違う」

「何言ってんだ! このままだとお前があいつに殺されちまうんだぞ!」

「うん」

 紺野は思い出していた。

 さくらをいじめて、プールに落ちた女子達の事を。

 自分を『好きだ』と言っていた、軽薄な女子達。

 湧きあがる欲望や、抑えきれない好奇心は、誰にだって存在する。

 自分にも。

 拒絶していたい感情の中で特に、それらは底知れぬ『力』を生む。

 良いものばかりではないが、かけがえの無い力。

 痛みも、苦しみも、辛さも、悲しみも、妬みも。

 誰だって持っている。

 それを自身できちんと、気づかなければならない。

 向き合わなければならない。

「殺しては駄目だ」

 そんなどうしようも無い感情にいつまでも、囚われていてはいけない。

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」

 さっきまでブルブル怯えてた癖に!

 大地はいきなり蛇頭の一つに巻かれ、ブゥン! と体を飛ばされた。

「うわっ!」

 その隙を狙われた紺野は三つの九頭龍の頭に捉えられ、グルグル巻きにされてしまった。

「コンノ!」

 クナド姿の彼の喉元に、口を大きく開けた一つの頭が襲い掛かる。

 ついに紺野は喉を噛まれ、血を飲まれてしまった。

 ゴク、ゴク、ゴク、ゴク────

 足先から指先まで、激しい『熱さ』が急速に駆け抜けていく。

「あ…………あ……っっ!」

 血を吸われた紺野はやがて、がくりと意識を失った。

『ああ、狂おしい、ああ、満たされていく────』

「やめろっ!」

 大地は叫び、慌てて天璣(フェクダ)を放とうとした。

 だが────このままでは紺野に当たってしまうかもしれない。


「どうすりゃいいんだ!」


『ああ、美味しい、ああ、嬉しい』


 九頭龍の体が赤く染まってゆく。


『渇いていたわ、いつも、いつも、いつも、愛し合うほどに』


 狂うから、貪ってしまう。


 必要以上に。


『いつも強く渇いて、いつも求めてしまう、いつも、いつも、いつも』


 クナドの血を、九頭龍の体はなおも、むさぼり続けている。


 完全に紺野は、九頭龍に体を捧げてしまっている。


「コンノ!」


 涙が流れる。

 救えなかったのか?

 大地はまた、怒りで我を忘れ始めた。


『大地────やめて』


 このままでは────


 紺野の心の声はもう、大地には届かない。


 お前は馬鹿か、紺野!!


「もう、許さん────」


 女達の血の匂いに、徐々に頭の中が朦朧とし始め、侵されていく。

 大地はその毒を浴び、狂い始めたことに自分で気づいていない。

 大地の頭上に再び、黒い羽冠『虚構の輪(フィクトワール)』が現れた。


 ドゥーベが心配そうに、大地の周りを旋回している。


 一瞬、大地の頭にトワケの言葉が蘇った。


『奪う事に気を取られてはならぬ』


 …………もう遅い。


 真実は隠れ、闇に包まれる。


 構うものか。


 本能の赴くままに放ってやる。


 それが生き物だ。


 その瞬間。
 黒い羽冠が光り輝いた。


 海神の杖から出たのは天璣(フェクダ)では無く、別の力。


 
 ────黒玉衡(クスアリオト)



 黒に転じたのは、新たな未知の力。


 内なる力を破壊し、心を奪い、殺すことに特化した、侮蔑の力。


 玉衡(アリオト)の、『反転の力』だった。

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