桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
君に会えて嬉しい
時は少し戻る。
血の回廊には、血まみれになった姫毬達がぐったりと横たわっている。
大地をどうにか扉工房へ行かせたまでは良かったが、彼女達は九頭龍の力によって、体も心もズタズタに切り裂かれていた。
地獄のような苦しみが襲い、あと少しで四人は死んでしまうところだった。
だが全員、生きている。
九頭龍は鋭利な氷の刃で姫毬達を襲った直後、どこかへと姿を消してしまったからである。
それから、地面に散らばっていた白銀色の真珠が空中に浮かび上がり、その真珠からは慈愛の光が放たれた。
光はボロボロになった姫毬達をすっぽりと包み込み、傷を全回復させてくれた。
その輝きはあたり全体に降り注ぎ、血の回廊の姿を変化させていく。
真珠のいくつかが白い灯篭になって整然と並び、あたりを明るく照らしてゆく。
海の底にいながら天空が見渡せる、歩きやすい『慈愛の回廊』の誕生だ。
天守閣と扉工房を繋ぐこの回廊は、今まで存在していた『血の回廊』とは異なった性質を持ち、誰が通っても良いような寛大さを兼ね備えている。
光の雨が降り注ぐ中、姫毬はおかしな夢を見ていた。
大好きな夫が目の前で微笑みながら、優しい仕草で自分に手を差し伸べている。
時の神、爽である。
心が痛む。
『こんな温かさは欲しくない──』
姫毬は心の中で叫んだ。
思い出したく無かったのに。
このまま武器作りに夢中になって、愛など思い出さず死にたかった。
見知らぬ男に血を吸われてからというもの、自分の方から夫の目を避け、向き合わないように生きて来た。
一度心の内を話してしまえば、互いに宿る心の傷に、直に触れてしまう。
そう思えば思うほど、姫毬は耐えられなかった。
これは夢だ。
本当は二度と、夫が自分に笑顔など、見せてくれるはずは無い。
血を穢された女など、もう相手にしたく無いだろう。
慈愛の光が、また自分を包み込む。
誰の力だかわからないけど、いい加減にして欲しい。
放っておいて。
温かさなど要らない。
愛を思い出して、誰かを欲して、痛みをぶり返し、また血を吹き出すのはもうたくさん。
背負った憎しみが、苦しみが、痛みが、罪が、罰が、何もかもが心に、蘇ってしまう。
そんなものをまともに感じたら、二度と立ち直れない。
生きていられない。
前へ進めない。
だからお願い────
「友達を気にかけるのが、そんなに悪いか?」
誰かの言葉が蘇る。
涙がこみ上げる。
寛大で、温かくて、力強くて。
許可なく血を吸ってしまった自分を許し、友達だと言ってくれた少年。
大地。
道の神クナドと、奇妙な白と黒の羽冠で、繋がっていた少年。
「君はすごいね。クナドの血を飲んだのに、復活できたんだもの」
虚構の輪の呪いまで背負って、それでも巨大な敵と戦える男など、姫毬は過去に見たことが無い。
どれほど残忍で禍々しい神にも屈しない、強い心を持った少年。
あの言葉にも、感動を覚えた。
「友達の裸なんて見たく無い」
と言い切ったのだ。
空気が徐々に、暖かいものへと変わっていく。
大地の記憶から影響を受け、心が鮮やかに塗り替えられてゆくのを感じる。
拒んでいた、諦めていた、未来への希望。
もう一度、持ってみてもいいだろうか?
冷気を纏った風が吹き抜け、姫毬はその空気を思う存分吸い込んだ。
慈愛の霊水が霧となり、体中を巡っている。
夢の中の大地は、こちらを心配そうに気にかけてくれている。
『お前らは大丈夫なのか? 姫毬』
「……もう、すっかり治ってる。大丈夫だよ、大地」
ほっとした様子で笑う大地。
とても心配をかけていたようだ。
ちゃんと、扉工房から元の場所へと戻れただろうか。
黒に変化した力を使っても、大地は自分に負けなかった。
それでもしぶとく食らいつき、また立ち直り、白い力を磨こうとする。
「私の血、大地の役に立つといいな。吸ったのは本当に、申し訳無かったけどね」
大地の力は覚醒し、花開いた。
姫毬と血の交換をした男は、自身の武器を自由自在に操れるはず。
好奇心で彼の血を吸ってしまった事を姫毬はとても後悔していたが、大地と繋がれた事には感謝していた。
心の中で、大地に誓う。
「また呪われたら、何度でも取ってあげるよ。君の虚構の輪を」
狂気に侵されたらすぐに駆けつけて、今度はこっちが救ってあげる。
そうだ、この破魔矢を早く大地に返さなきゃ………。
足元の土がボコボコと、音を立てながら揺れ動く。
「…………本当は何も心配する事、無いのかもね」
突然、景色が変わった。
回廊の中に、桜の花びらが舞い踊っている。
姫毬の夢の中で、たくさんの花の蕾を枝じゅうに膨らませている、あの桜の大樹が姿を現した。
「君に会えて嬉しい」
次々と蕾が開く。
満開の桜が笑う。
友達になってくれ、と、大地は言ってくれた。
傷つけたはずなのに。
逆に自分が、守られている。
きっと助け合えるという事に、希望を持っていたい。
自分が生きている限り、友達としてなら心と心で、大地と繋がれるのだから。
醜い裏切りも、はしたない欲望も、何もかもを超えた、尊い気持ちで。
「ありがとう…………大地」
チカチカと、まぶしい光の中から、一人の女性が姿を現した。
彼女は徐々に、姫毬の方へ近づいて来る。
自分そっくりの女性である。
横たわっていた姫榊、白艶、黒艶も目を覚まし、女性を見て目をまるくした。
姫毬が二人いる。
着ている服も全く一緒である。
「あなた様はもしかして…………?」
「すまぬのう、姫毬。今、おぬしの姿を借りておる」
「…………深名様!」
姫毬そっくりのヒマリに変身していたのはクスコ。
彼女を見て、姫毬達は恐れおののいた。
「その名は使っておらぬ。今はクスコと名乗っておるのじゃ」
姫毬達四人の乙女は、小刻みに震えながらますます平伏した。
「私はまた、あなた様に助けていただいたのですね。…………本当に、ありがとうございました」
「いや、助けたのはワシでは無いのじゃ。どうか顔を上げてくれぬかの」
「え?」
姫毬は顔を上げ、クスコを凝視した。
「ワシは今来たばかりで状況がわからぬのじゃが、どうもどっかの誰かが、揺光を発動したようじゃのう」
姫毬はあっと声を上げた。
「我々は大地を扉工房に行かせたくて、九頭龍と戦っていたのです。道の神クナドを愛した女達が変化したもので…………」
「なるほどのう。もしかすると揺光は、九頭龍かクナドの力によるものなのかも知れぬな。それより姫毬よ、大地が散々世話をかけてしもうたようじゃな」
「いえ。お世話になったのはこちらです。大地はあなた様と何か、関係がおありなのですか…………?」
「ほんの成り行きでの、今は一緒に旅をしておるのじゃ。少しばかりはぐれてしもたのじゃが」
姫毬の目に涙が溢れた。
「私は全て、思い出しました。私が一番苦しくて辛くて死にたがっていた時、玉衡の力で手を差し伸べて下さったのは…………あなた様でした」
「そんな事もあったかのう」
「はい。ずっとご無沙汰しており、申し訳ございませんでした。しかし、深名様」
「クスコじゃ」
「クスコ。どうして今は、私の恰好などをしていらっしゃるのです?」
「変化しないとヤバくなっての。たまたま思い出した美女が、おぬしだった。姫毬よ、しばらくこの姿を借りていても良いかの?」
「ええ。私はこれより武器工房へ帰り、トワケ様と共にまた、武器を作って生きようと思います」
姫毬はクスコに、晴れ渡るような、最高の笑顔を見せた。
「だからどうぞ好きなだけ、ヒマリを名乗って下さいませ」
血の回廊には、血まみれになった姫毬達がぐったりと横たわっている。
大地をどうにか扉工房へ行かせたまでは良かったが、彼女達は九頭龍の力によって、体も心もズタズタに切り裂かれていた。
地獄のような苦しみが襲い、あと少しで四人は死んでしまうところだった。
だが全員、生きている。
九頭龍は鋭利な氷の刃で姫毬達を襲った直後、どこかへと姿を消してしまったからである。
それから、地面に散らばっていた白銀色の真珠が空中に浮かび上がり、その真珠からは慈愛の光が放たれた。
光はボロボロになった姫毬達をすっぽりと包み込み、傷を全回復させてくれた。
その輝きはあたり全体に降り注ぎ、血の回廊の姿を変化させていく。
真珠のいくつかが白い灯篭になって整然と並び、あたりを明るく照らしてゆく。
海の底にいながら天空が見渡せる、歩きやすい『慈愛の回廊』の誕生だ。
天守閣と扉工房を繋ぐこの回廊は、今まで存在していた『血の回廊』とは異なった性質を持ち、誰が通っても良いような寛大さを兼ね備えている。
光の雨が降り注ぐ中、姫毬はおかしな夢を見ていた。
大好きな夫が目の前で微笑みながら、優しい仕草で自分に手を差し伸べている。
時の神、爽である。
心が痛む。
『こんな温かさは欲しくない──』
姫毬は心の中で叫んだ。
思い出したく無かったのに。
このまま武器作りに夢中になって、愛など思い出さず死にたかった。
見知らぬ男に血を吸われてからというもの、自分の方から夫の目を避け、向き合わないように生きて来た。
一度心の内を話してしまえば、互いに宿る心の傷に、直に触れてしまう。
そう思えば思うほど、姫毬は耐えられなかった。
これは夢だ。
本当は二度と、夫が自分に笑顔など、見せてくれるはずは無い。
血を穢された女など、もう相手にしたく無いだろう。
慈愛の光が、また自分を包み込む。
誰の力だかわからないけど、いい加減にして欲しい。
放っておいて。
温かさなど要らない。
愛を思い出して、誰かを欲して、痛みをぶり返し、また血を吹き出すのはもうたくさん。
背負った憎しみが、苦しみが、痛みが、罪が、罰が、何もかもが心に、蘇ってしまう。
そんなものをまともに感じたら、二度と立ち直れない。
生きていられない。
前へ進めない。
だからお願い────
「友達を気にかけるのが、そんなに悪いか?」
誰かの言葉が蘇る。
涙がこみ上げる。
寛大で、温かくて、力強くて。
許可なく血を吸ってしまった自分を許し、友達だと言ってくれた少年。
大地。
道の神クナドと、奇妙な白と黒の羽冠で、繋がっていた少年。
「君はすごいね。クナドの血を飲んだのに、復活できたんだもの」
虚構の輪の呪いまで背負って、それでも巨大な敵と戦える男など、姫毬は過去に見たことが無い。
どれほど残忍で禍々しい神にも屈しない、強い心を持った少年。
あの言葉にも、感動を覚えた。
「友達の裸なんて見たく無い」
と言い切ったのだ。
空気が徐々に、暖かいものへと変わっていく。
大地の記憶から影響を受け、心が鮮やかに塗り替えられてゆくのを感じる。
拒んでいた、諦めていた、未来への希望。
もう一度、持ってみてもいいだろうか?
冷気を纏った風が吹き抜け、姫毬はその空気を思う存分吸い込んだ。
慈愛の霊水が霧となり、体中を巡っている。
夢の中の大地は、こちらを心配そうに気にかけてくれている。
『お前らは大丈夫なのか? 姫毬』
「……もう、すっかり治ってる。大丈夫だよ、大地」
ほっとした様子で笑う大地。
とても心配をかけていたようだ。
ちゃんと、扉工房から元の場所へと戻れただろうか。
黒に変化した力を使っても、大地は自分に負けなかった。
それでもしぶとく食らいつき、また立ち直り、白い力を磨こうとする。
「私の血、大地の役に立つといいな。吸ったのは本当に、申し訳無かったけどね」
大地の力は覚醒し、花開いた。
姫毬と血の交換をした男は、自身の武器を自由自在に操れるはず。
好奇心で彼の血を吸ってしまった事を姫毬はとても後悔していたが、大地と繋がれた事には感謝していた。
心の中で、大地に誓う。
「また呪われたら、何度でも取ってあげるよ。君の虚構の輪を」
狂気に侵されたらすぐに駆けつけて、今度はこっちが救ってあげる。
そうだ、この破魔矢を早く大地に返さなきゃ………。
足元の土がボコボコと、音を立てながら揺れ動く。
「…………本当は何も心配する事、無いのかもね」
突然、景色が変わった。
回廊の中に、桜の花びらが舞い踊っている。
姫毬の夢の中で、たくさんの花の蕾を枝じゅうに膨らませている、あの桜の大樹が姿を現した。
「君に会えて嬉しい」
次々と蕾が開く。
満開の桜が笑う。
友達になってくれ、と、大地は言ってくれた。
傷つけたはずなのに。
逆に自分が、守られている。
きっと助け合えるという事に、希望を持っていたい。
自分が生きている限り、友達としてなら心と心で、大地と繋がれるのだから。
醜い裏切りも、はしたない欲望も、何もかもを超えた、尊い気持ちで。
「ありがとう…………大地」
チカチカと、まぶしい光の中から、一人の女性が姿を現した。
彼女は徐々に、姫毬の方へ近づいて来る。
自分そっくりの女性である。
横たわっていた姫榊、白艶、黒艶も目を覚まし、女性を見て目をまるくした。
姫毬が二人いる。
着ている服も全く一緒である。
「あなた様はもしかして…………?」
「すまぬのう、姫毬。今、おぬしの姿を借りておる」
「…………深名様!」
姫毬そっくりのヒマリに変身していたのはクスコ。
彼女を見て、姫毬達は恐れおののいた。
「その名は使っておらぬ。今はクスコと名乗っておるのじゃ」
姫毬達四人の乙女は、小刻みに震えながらますます平伏した。
「私はまた、あなた様に助けていただいたのですね。…………本当に、ありがとうございました」
「いや、助けたのはワシでは無いのじゃ。どうか顔を上げてくれぬかの」
「え?」
姫毬は顔を上げ、クスコを凝視した。
「ワシは今来たばかりで状況がわからぬのじゃが、どうもどっかの誰かが、揺光を発動したようじゃのう」
姫毬はあっと声を上げた。
「我々は大地を扉工房に行かせたくて、九頭龍と戦っていたのです。道の神クナドを愛した女達が変化したもので…………」
「なるほどのう。もしかすると揺光は、九頭龍かクナドの力によるものなのかも知れぬな。それより姫毬よ、大地が散々世話をかけてしもうたようじゃな」
「いえ。お世話になったのはこちらです。大地はあなた様と何か、関係がおありなのですか…………?」
「ほんの成り行きでの、今は一緒に旅をしておるのじゃ。少しばかりはぐれてしもたのじゃが」
姫毬の目に涙が溢れた。
「私は全て、思い出しました。私が一番苦しくて辛くて死にたがっていた時、玉衡の力で手を差し伸べて下さったのは…………あなた様でした」
「そんな事もあったかのう」
「はい。ずっとご無沙汰しており、申し訳ございませんでした。しかし、深名様」
「クスコじゃ」
「クスコ。どうして今は、私の恰好などをしていらっしゃるのです?」
「変化しないとヤバくなっての。たまたま思い出した美女が、おぬしだった。姫毬よ、しばらくこの姿を借りていても良いかの?」
「ええ。私はこれより武器工房へ帰り、トワケ様と共にまた、武器を作って生きようと思います」
姫毬はクスコに、晴れ渡るような、最高の笑顔を見せた。
「だからどうぞ好きなだけ、ヒマリを名乗って下さいませ」