桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

守るべきもの

 螺旋城(ゼルシェイ)が凄まじい迫力で、大きな口を開け閉めしながら扉工房をかみ砕いていく。

 その素早さは尋常じゃない。

 鍾乳洞は右半分を粉々に破壊され、一瞬で中が剥き出しの状態にされてしまった。

 ────ガウッ!!!

 バラバラッ、バラバラッ!

 今度は左半分だ。

 轟音が響きわたり、原形を失った『扉工房』が急速に崩壊していく。

 トワケが見たら狂喜乱舞するかも知れない。

 クナドが勝手に作り上げたこの扉工房が相当、鬱陶しかったようだから。

 大地は咄嗟に桃色のドラゴンの姿へと変化し、梅と深名斗を背に乗せる。

  ────ガウッ!!!

 扉工房が食いつくされる直前に羽ばたいたので、螺旋城が繰り出した攻撃の全てを間一髪でどうにか躱し、命だけは無事だった。

 ゴウッ!

 バラバラッ、バラバラッ!!

 鍾乳洞が跡形もなく消滅した。

 タイミングがほんの一瞬でも遅ければ、かみ殺されるところだった。

 一網打尽にされ崩れ去っていく扉工房の姿を眺め、大地はこう思った。

 地獄絵図だ、と。

 ────ムシャムシャッ!

 ────ガツガツッ!

 恐ろしい咀嚼音。

 飲み込まれる音。

 ゴクッ、ゴクッ、ゴク──………

 汚くて醜い光景である。

 『透明な扉』がぽつんと一つ、元あった場所に佇んでいる。

 カナメ達が使用した直後だったので、扉はおぼろな状態になっており、螺旋城の攻撃をまともに受けずに済んだのだろう。

「あっぶねぇ…………!」

 ────マジで死ぬとこだった。

 紺野がここにいなくて良かった。

 普通の人間だったら死ぬ。

 それにしても透明な扉が無事で、本当に良かった。

 あれが無ければ帰れない。

 生きる事に必死過ぎて、そういった気持ちは後から沸き上がるように襲ってくる。

「大地、私が一度炎を放ってみます。援護をお願いします」

「わかった」

 鳳凰の姿へと変化して螺旋城へ向かって羽ばたいた梅の言葉を受け、大地は今まで作った中で最も固いバリアを作る。

天璇(メラク)!」

 螺旋城の攻撃が梅に当たらないよう、彼女を守るように間へと入り、大地自身もスピードを上げながら近づいて行く。

 梅は息を吸い込み、勢いよく螺旋城へと吐き出した。

 ゴォーッ!!

 その途端。

 ギュンッ! と音を立てながら突然、台風のような速さで螺旋城は回転を始めた。

「!!」
「うわっ!!」

 暴風に巻き込まれ、梅と大地はあっけなく吹き飛ばされた。

 梅が吐いた炎はその勢いに飲まれて散り散りになり、小さな炎になって消滅してしまう。

「スゲェ力だ…………!」

 ほんの数秒経過したのち、悲劇が起こる。

 螺旋城が一番鋭い暴風を溜めた表面の衝撃波が、想像を絶する強さで後から大地と梅を襲ってきた。

 ────ガンッ!!

 巨大岩が飛んで来るより強い攻撃をまともに食らい、大地と梅は後方へ吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。

 強烈な痛みにより、二体はうめき声をあげる。

「うっ…………!」
「大地…………」

 肋骨がバラバラに砕けた大地に、翼と両目に衝撃を食らった梅がすかさず回復呪文を唱え、彼の怪我を再生させた。

「おい、俺はいいから梅の目をまず先に治せ!」

「大地。何としてでも生きて、逃げるのが先です」

 梅は自身の翼を呪文で癒し、どうにか飛べるくらいまでは復活した。

 深名斗だけは大地の首にかかった銀色の鎖を両手で掴んで離さなかったため、どこも怪我などしておらず、心身ともにピンピンしている。

 彼は腹の底から笑いがこみあげた様子で、けたけたと声をあげて笑っている。

「はははははは! 無様だな、お前ら!」

 大地の背に乗せてもらい、しっかり守ってもらっていたにも関わらず、深名斗少年はそんな自分の状況など顧みず、この戦いの観察者に回って楽しそうにしている。

 まるで自分自身にとってはこの戦いなど全くの無関係、と感じているようである。

 痛みや苦しみを直に体感しなければ、同じ思いを味わわなければ、相手の気持ちを汲み取ったり想像したりする事など到底、出来はしない。

 深名斗少年は、そんな心境から最も遠く離れた生き物だった。

 どれほど残酷な目に遭おうが苦しもうが、心の痛みというものを全く感じ無い。

 自分が犯した過ちを思い返して自戒したことが、ただの一度も無かったのである。

 他者が傷つく姿を見るのが、楽しくて面白いと感じることはあっても。

「これは迫力があるな! そんな天璇(バリア)など、螺旋城のパワーを前にしては、全く歯が立たないではないか?」

「うるせぇ!」

 何もしない奴は大人しく見てろ、このクソガキが!

 と大地は深名斗を大声で怒鳴りつけたかったが、今はそれどころではない。

 叫ぶだけで、まだ傷がズキズキと痛む。

 梅を見ると、まだ痛む翼から血を流している。

 両目に至っては、どちらも陥没している。

「梅、大丈夫か? 早く目を」

 ……治せないのか?

 力が足りないのだ。

 いや、違う。

 炎を吐きたいから、そちらを優先させようとしている?

 自分にも、彼女の怪我を回復させる力があったなら!

「梅、炎はもういい!」

 こうしている間にも、螺旋城が迫って来る。

「いいえ、大地。私の目は後から必ず治します。もう一度炎を吐くので、どこに向ければいいのかだけ教えて下さい」

 あと少ししたらまた、螺旋城は回転して暴風を放つかも知れない。

 そうなったら終わりだ。

「…………わかった。天枢(ドゥーベ)!」

 大地は今出来る最大の力を放って天枢を駆使し、螺旋城の状態を正確に把握する。

 だが相変わらず焦りと苛立ちのせいで、力が上手に使えない。

 目、口、鼻、足、胴体…………

 螺旋城の体の隅々まで探る。

 どこだ?

 決定的な弱点が見当たらない。

 せめて潜入口だけでも見つけたいのだが…………

「お前は天枢もまともに展開出来ないのか、大地」

「黙れ」

 大地の背に乗りながら嘲笑う深名斗の言葉に、怒鳴りつける気にはもうなれない。

 下らない蔑みの言葉など、構っているわけにはいられないからだ。

 だが大地は内心、腸が煮えくり返るくらい深名斗に対して腹が立っている。

 ただ見ているだけのくせに、偉そうにゴチャゴチャ言いやがって!

 いっそのことコイツ(深名斗)を、背中から振り落としてやろうか。

 そうすれば螺旋城も深名斗に注目して、一瞬くらいはひるむだろう。

 しかし。それをしてしまうと、色々と自分自身が終わってしまいそうな気がする。

 大地は、深名斗の言葉によって簡単に闇の方角へと誘われそうになる自分にも猛烈に腹が立っていた。

 脳内で色々な邪念を展開しつつ、天璣(フェクダ)を使ってあたりを照らしながら、大地はもう一度天枢を放つ。

「焦るな、焦るな、焦るな…………」

 集中しなければ今度こそ終わりだ。

 大地から見た螺旋城は所々、深い灰色に濁っていて、どこに弱点があるのかが、まるで発見出来ない。

 隅々まで光を当てる。

 螺旋城は「ギャァ」と叫んで忌々しそうに、光から逃げるように後ずさった。

 その瞬間、あるものを見つけた。

 頭上から長く伸びている、二本の奇妙な触覚だ。

「頭の上にある、あの触覚が怪しい。もう少し角度を上げて炎を放ってくれ」

「わかりました」

 梅は再度息を吸い込み、黄金の炎を吐く準備を整える。

 螺旋城はズリズリと音を立て、後退と前進を繰り返している。

 もしかすると、螺旋城は天璣(フェクダ)の光が少し苦手なのだろうか。

 大地がそう思った時、螺旋城は方向転換し、透明な扉の方にぐるりと体を向けた。

 最悪なタイミングで、透明な扉が再びその実態を現し始めたのである。


 美味そうなモノ(・・・・・・・)があった────


 螺旋城は、大地や梅よりも、透明な色をした『扉』の方に興味を示した。

 小さな光と炎でただ襲ってくるだけの梅と大地が、取るに足りない虫けらのような存在のようだと、判断を下したらしい。

 今まで触れたことが無い、食べたことも無い『透明な扉』。

 黄金の装飾が施され、綺麗で美しく、食ったらとても美味そうである。

 それに、あれを壊したら、どんなにかスッキリするだろう…………いい音が鳴りそうだ。

 螺旋城は上下左右に激しく蠢きながら、透明な扉の方角へと前進を開始した。

「まずい! 扉が!」

 透明な扉を食われるわけにはいかない。

 帰り道が無くなってしまう。

 大地は先ほどよりもさらに焦り、猛スピードで扉の方へ向かっていく。

 今の梅には何も見えていないのだが、この時の大地は周囲に気を配るのを、すっかり忘れていた。

 前方がよく見えないまま、黄金の炎を口から放ってしまった梅。

 焦った大地が向かった先には、梅が放ったばかりの黄金の炎が広がっていた。

 そのことに、両者は全く気づいていなかった。

「うわっ!!」
「──大地?」

 梅の炎が螺旋城に届く瞬間と、螺旋城が透明な扉に届く瞬間と、大地が螺旋城に届く瞬間が重なった。


 カチッ!


 螺旋城の中から、深紅の時計が生み出した秒針の音が鳴り響く。

 不思議なことにその途端、梅の視力が急に元へ戻った。

 黄金の炎に包まれた螺旋城が、梅の目に飛び込んでくる。


「大地!」

 
 梅は叫び、キョロキョロとあたりを見回す。

 大地と深名斗はもう、どこにもいない。

 彼らはその場から突然、姿を消してしまっている。


 螺旋城は息を止めたように静かになって、同じ場所で止まっていた。
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