桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
クナドの思惑
舞台の白い幕が、左右に開いた。
スポットライトを浴びながら、舞台の中央に立っている少女に向かって、パイプ椅子が並ぶ客席から、友人と思われる一人が声をかけた。
「さくら!」
その時、エセナは透き通る羽衣を風に揺らしながら、空の上から急降下していた。
『さくら?』
「さくら、頑張って!」
友人の声に気づいた舞台上の少女は、はにかんで笑いながら彼女に手を振った。
『あの少女は、さくらっていう名前なのね』
いつしか狂おしいくらいに激しく、エセナはさくらに惹かれていた。
筒女神の白装束を着た彼女だけが、光り輝いて見えてしまう。
冒頭の台詞をよく通る鈴の音のような声で、さくらは静かに語り出した。
「これは神の世から伝わる、物語」
さくらは優しいほほ笑みを浮かべ、無数の星が浮かぶ夜空を仰いだ。
彼女の瞳には、この世界に対する愛おしさと憧れの気持ちが込められていた。
『…………なんて綺麗なの』
知らず知らずのうちにエセナの頬を、涙がいくつもこぼれ落ちる。
こんなにも誰かに心が引き寄せられたのは、生まれて初めての経験だった。
『触れたい。私、あの魂が欲しい』
ためらわずにスピードを上げ、右腕をぐっと伸ばす。
さくらに近づく事以外、エセナの頭にはなかった。
「私の名は、筒女神。そう呼ばれる前はただの名もなき、白い塊でした」
少し震えた声で、さくらはぎこちなく台詞を語り出した。
『あと少し……!』
エセナがさくらに触れる、まさにその瞬間。
「?!!」
いきなり後ろから、エセナは誰かにぐいっと腕を引っぱられた。
「な~にしてるの? エセナちゃん!」
気づくとエセナは、その何者かに抱きしめられながら、舞台から遠く離れた空の上へ、瞬間移動していた。
「?!!」
驚いて振り向くと、道の神クナドの美しい顔が、すぐそこにあった。
白と黒が左右で半分に割れた風変わりな袴を着た、30代前半くらいの男性の姿に変身している。
「クナド?! どうして……」
右がグレーで左が黒に輝くクナドの瞳が、エセナを覗き込んでいる。
「『どうして?』はこっちのセリフ」
悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべつつ、真剣な声色でクナドはこう言った。
「あれ見なよ、エセナちゃん」
手にしていた黒樺の杖で円を描き、その先に掘られた黒龍の頭を、彼は神社の鳥居がある方角へと向けた。
二人の人間が、空の上に大きく映し出された。鳥居の下で何やら、彼らは話をしているようである。
「岩時神社の獅子カナメと、配下の狛犬、シュンだ」
背筋がヒヤッとし、エセナは急に我に返った。
「なんで獅子や狛犬が、人間の姿を?」
クナドが杖で指し示したカナメという名の青年は、腕に白龍の文様をかたどった藍染の羽織と黒い着物を身につけ、鳥居の下で威風堂々と立っている。
そのすぐ脇にはオレンジ色の髪を頭頂部で束ねた、シュンと呼ばれた身軽そうな黒装束姿の忍びが跪いている。
「今夜から3日間は、大事な祭りだからね。この岩時神社は、白龍によって守られているんだ。彼ら白龍のしもべ達は人間に変装して、この神社を訪れる人々を、こっそり守っているんだよ」
「…………!」
岩時神社を守る霊獣たちに影響を与えているのは、白龍が守護する神だ。
おそらくあの獅子カナメや狛犬シュンは、この神社を守る白龍の指示に従って動く者たちなのであろう。
白龍が守る場所とは、どの世界にあっても、エセナやクナドのような黒龍側の神々が存在する場所とは、対極であるという事を意味する。
「頭のいい君ならわかるよね? うっかりとはいえ、侵入した事がバレたら、僕らがどうなるか」
白龍が守る場所に、黒龍側の神や霊獣が立ち入ることは、絶対に許されない。
許可なくこの神社に入ったことがばれたら、真っ先に裁きを受けるのは、自分達の方だった。
「あいつらにつまみ出されるだけじゃ、済まされない」
丈の長い黒羽織ですっぽりとクナドはエセナを包み込み、身動きができない状態にされた彼女の耳元で、そっと囁いた。
「神々の掟を破った罪に問われ、問答無用で殺されちゃうよ」
くすぐったそうに首をすくめ、エセナは真っ赤になりながら叫んだ。
「ねえ、離してよクナド!」
「離さないよ~!」
悪戯好きな子供みたいに笑うクナドの右目が、グレーからほんの少しだけ赤に変わった。
ウタカタといいクナドといい、目の色をコロコロと変えないで欲しい、とエセナは思った。
「自分を見失ってた君は、姿を完全に隠しきれてなかった。さくらちゃんに触ってたら、大騒ぎになるとこだったよ~?」
この言葉を聞くと、エセナの瞳から涙が一粒、零れ落ちた。
「私…………どうしちゃったの? クナド」
「魅せられたんだ。あの子に」
「…………魅せられた? どういうこと……?」
「今まで一度もないの? そういう経験」
「…………うん」
クナドの表情が、和らいだ表情に変わる。
彼はエセナの頬からこぼれ落ちる涙を、自分の羽織の袖でそっと拭いた。
「可愛いんだね、エセナちゃん」
黒羽織でエセナを包み込んだまま、彼女の衣服の胸元に、クナドはそろりと手を滑り込ませた。
「何してるの?!」
「いたたた………」
力いっぱい手の甲をつねられて悲鳴を上げながら、クナドはその手をサッと引っ込めた。
「暴力反対」
「自業自得でしょ?」
軽蔑の視線を向けながらも、落ち着きを取り戻せたのは彼のおかけだと気づき、エセナは内心クナドに感謝した。
『ありがとう、クナド』
同じ高天原天神であるクナドは、エセナの仲間にあたる。
つい先ほどまでクスコに刺さっていた『破魔矢』の黒い部分だった、5体の神のうちの1体だ。
面識はあったが、黒龍ミナの命を受けて行動を共にしたのは、今回が初めてである。
「ホント最低。まさか自分が、こんな風になっちゃうなんて」
クナドは黒樺の杖をエセナに向けて、笑いかけた。
「確かにあの子の輝きはすごいからね。気持ちはわかるよ」
エセナはため息をついた。
人間を甘く見過ぎていたのかも知れない。
「何だか……怖くなっちゃった。『光る魂』の事で騒いでるみんなを、ついさっきまで私、馬鹿にしてたのに」
「『光る魂』があれば僕たちは助かるかも知れないって話も、納得できた?」
「うーん……ウタカタは、ミナ様のご機嫌を取ることが出来ると言ってたけど、そんなに上手くいくかしら?」
「ミナ様は、大喜びすると思うよ。『光る魂』を持ち帰れば。僕たちが掟破りを犯しても、特例で許されるかもね」
エセナの美しい灰褐色の瞳は、この言葉に揺らいだ。
「でもどうやって? あの獅子と狛犬以外にも、この神社を守る霊獣達が大勢いるんでしょう?」
クスコやあの桃色のドラゴンも、そのうちどこかから姿を現して自分たちの前に立ちはだかり、邪魔をするかも知れない。
「人間達が本殿の中でみそぎをする瞬間に、行動を起こそう。エセナちゃん」
「みそぎ?」
「舞台に立つ人間達は、本番前に本殿の中で、お清めをするらしいんだ」
『みそぎ』とは心や体についた『穢れ』を払うため、海水や塩などで身を清める儀式の事である。
エセナは舞台の上にいるさくらを見た。そうだ、今はまだリハーサルの最中だったのだ。
「ってことは…………」
「白龍神の力が強すぎて、あの霊獣たちは本殿の中には立ち入れない。みそぎの瞬間が、『光る魂』を奪うチャンスだよ」
クナドのグレーの右目は嬉しそうに、黄金色へと変化した。
スポットライトを浴びながら、舞台の中央に立っている少女に向かって、パイプ椅子が並ぶ客席から、友人と思われる一人が声をかけた。
「さくら!」
その時、エセナは透き通る羽衣を風に揺らしながら、空の上から急降下していた。
『さくら?』
「さくら、頑張って!」
友人の声に気づいた舞台上の少女は、はにかんで笑いながら彼女に手を振った。
『あの少女は、さくらっていう名前なのね』
いつしか狂おしいくらいに激しく、エセナはさくらに惹かれていた。
筒女神の白装束を着た彼女だけが、光り輝いて見えてしまう。
冒頭の台詞をよく通る鈴の音のような声で、さくらは静かに語り出した。
「これは神の世から伝わる、物語」
さくらは優しいほほ笑みを浮かべ、無数の星が浮かぶ夜空を仰いだ。
彼女の瞳には、この世界に対する愛おしさと憧れの気持ちが込められていた。
『…………なんて綺麗なの』
知らず知らずのうちにエセナの頬を、涙がいくつもこぼれ落ちる。
こんなにも誰かに心が引き寄せられたのは、生まれて初めての経験だった。
『触れたい。私、あの魂が欲しい』
ためらわずにスピードを上げ、右腕をぐっと伸ばす。
さくらに近づく事以外、エセナの頭にはなかった。
「私の名は、筒女神。そう呼ばれる前はただの名もなき、白い塊でした」
少し震えた声で、さくらはぎこちなく台詞を語り出した。
『あと少し……!』
エセナがさくらに触れる、まさにその瞬間。
「?!!」
いきなり後ろから、エセナは誰かにぐいっと腕を引っぱられた。
「な~にしてるの? エセナちゃん!」
気づくとエセナは、その何者かに抱きしめられながら、舞台から遠く離れた空の上へ、瞬間移動していた。
「?!!」
驚いて振り向くと、道の神クナドの美しい顔が、すぐそこにあった。
白と黒が左右で半分に割れた風変わりな袴を着た、30代前半くらいの男性の姿に変身している。
「クナド?! どうして……」
右がグレーで左が黒に輝くクナドの瞳が、エセナを覗き込んでいる。
「『どうして?』はこっちのセリフ」
悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべつつ、真剣な声色でクナドはこう言った。
「あれ見なよ、エセナちゃん」
手にしていた黒樺の杖で円を描き、その先に掘られた黒龍の頭を、彼は神社の鳥居がある方角へと向けた。
二人の人間が、空の上に大きく映し出された。鳥居の下で何やら、彼らは話をしているようである。
「岩時神社の獅子カナメと、配下の狛犬、シュンだ」
背筋がヒヤッとし、エセナは急に我に返った。
「なんで獅子や狛犬が、人間の姿を?」
クナドが杖で指し示したカナメという名の青年は、腕に白龍の文様をかたどった藍染の羽織と黒い着物を身につけ、鳥居の下で威風堂々と立っている。
そのすぐ脇にはオレンジ色の髪を頭頂部で束ねた、シュンと呼ばれた身軽そうな黒装束姿の忍びが跪いている。
「今夜から3日間は、大事な祭りだからね。この岩時神社は、白龍によって守られているんだ。彼ら白龍のしもべ達は人間に変装して、この神社を訪れる人々を、こっそり守っているんだよ」
「…………!」
岩時神社を守る霊獣たちに影響を与えているのは、白龍が守護する神だ。
おそらくあの獅子カナメや狛犬シュンは、この神社を守る白龍の指示に従って動く者たちなのであろう。
白龍が守る場所とは、どの世界にあっても、エセナやクナドのような黒龍側の神々が存在する場所とは、対極であるという事を意味する。
「頭のいい君ならわかるよね? うっかりとはいえ、侵入した事がバレたら、僕らがどうなるか」
白龍が守る場所に、黒龍側の神や霊獣が立ち入ることは、絶対に許されない。
許可なくこの神社に入ったことがばれたら、真っ先に裁きを受けるのは、自分達の方だった。
「あいつらにつまみ出されるだけじゃ、済まされない」
丈の長い黒羽織ですっぽりとクナドはエセナを包み込み、身動きができない状態にされた彼女の耳元で、そっと囁いた。
「神々の掟を破った罪に問われ、問答無用で殺されちゃうよ」
くすぐったそうに首をすくめ、エセナは真っ赤になりながら叫んだ。
「ねえ、離してよクナド!」
「離さないよ~!」
悪戯好きな子供みたいに笑うクナドの右目が、グレーからほんの少しだけ赤に変わった。
ウタカタといいクナドといい、目の色をコロコロと変えないで欲しい、とエセナは思った。
「自分を見失ってた君は、姿を完全に隠しきれてなかった。さくらちゃんに触ってたら、大騒ぎになるとこだったよ~?」
この言葉を聞くと、エセナの瞳から涙が一粒、零れ落ちた。
「私…………どうしちゃったの? クナド」
「魅せられたんだ。あの子に」
「…………魅せられた? どういうこと……?」
「今まで一度もないの? そういう経験」
「…………うん」
クナドの表情が、和らいだ表情に変わる。
彼はエセナの頬からこぼれ落ちる涙を、自分の羽織の袖でそっと拭いた。
「可愛いんだね、エセナちゃん」
黒羽織でエセナを包み込んだまま、彼女の衣服の胸元に、クナドはそろりと手を滑り込ませた。
「何してるの?!」
「いたたた………」
力いっぱい手の甲をつねられて悲鳴を上げながら、クナドはその手をサッと引っ込めた。
「暴力反対」
「自業自得でしょ?」
軽蔑の視線を向けながらも、落ち着きを取り戻せたのは彼のおかけだと気づき、エセナは内心クナドに感謝した。
『ありがとう、クナド』
同じ高天原天神であるクナドは、エセナの仲間にあたる。
つい先ほどまでクスコに刺さっていた『破魔矢』の黒い部分だった、5体の神のうちの1体だ。
面識はあったが、黒龍ミナの命を受けて行動を共にしたのは、今回が初めてである。
「ホント最低。まさか自分が、こんな風になっちゃうなんて」
クナドは黒樺の杖をエセナに向けて、笑いかけた。
「確かにあの子の輝きはすごいからね。気持ちはわかるよ」
エセナはため息をついた。
人間を甘く見過ぎていたのかも知れない。
「何だか……怖くなっちゃった。『光る魂』の事で騒いでるみんなを、ついさっきまで私、馬鹿にしてたのに」
「『光る魂』があれば僕たちは助かるかも知れないって話も、納得できた?」
「うーん……ウタカタは、ミナ様のご機嫌を取ることが出来ると言ってたけど、そんなに上手くいくかしら?」
「ミナ様は、大喜びすると思うよ。『光る魂』を持ち帰れば。僕たちが掟破りを犯しても、特例で許されるかもね」
エセナの美しい灰褐色の瞳は、この言葉に揺らいだ。
「でもどうやって? あの獅子と狛犬以外にも、この神社を守る霊獣達が大勢いるんでしょう?」
クスコやあの桃色のドラゴンも、そのうちどこかから姿を現して自分たちの前に立ちはだかり、邪魔をするかも知れない。
「人間達が本殿の中でみそぎをする瞬間に、行動を起こそう。エセナちゃん」
「みそぎ?」
「舞台に立つ人間達は、本番前に本殿の中で、お清めをするらしいんだ」
『みそぎ』とは心や体についた『穢れ』を払うため、海水や塩などで身を清める儀式の事である。
エセナは舞台の上にいるさくらを見た。そうだ、今はまだリハーサルの最中だったのだ。
「ってことは…………」
「白龍神の力が強すぎて、あの霊獣たちは本殿の中には立ち入れない。みそぎの瞬間が、『光る魂』を奪うチャンスだよ」
クナドのグレーの右目は嬉しそうに、黄金色へと変化した。