桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
身分の証
ジンの後に続きながら、シュンは城下町を行き交う人々を注意深く観察した。
感覚を最大限に研ぎ澄まし、この地をまずは知っておかなければ。
良く見ると、誰もが自分に注目している。
正確には自分の胸元に、だ。
「…………?」
コソコソと自分達のあとをつけたり、時折奇妙な動きを見せる生き物もいて、ますますシュンは不審な気持ちが募っていく。
ジンはまず、シュンを街道沿いに面した道具屋へ連れて行き、店主に向かってこう言った。
「探り袋をくれ」
「へえ」
探り袋?
シュンはその名を聞いたことが無かった。
店主はカウンターの奥から、中が完全に透けて見える袋を持って来てこう言った。
「お客さん、ありましたよ、一つだけ。しかしまた、なんだってこんなものが要るんです?」
怪訝そうな顔で、店主は首を傾げた。
「ご存知でしょうがこの袋は、中身を欲しがっている奴らを呼び寄せちまいます。お宝を入れりゃ、狂った連中が迷わず飛びついて来ちまう代物ですぜ」
「だから欲しいんだ。いくらする?」
蠅頭を持つ店主は、袋をジロジロと見つめながら考え、にやりと笑ってこう答えた。
「次はいつ手に入るかわからないものなので…………10クワンでどうです」
「ああ。それで頼む」
10クワンがどのくらいの値なのかシュンにはわからなかったが、即答したジンの顔を見て店主がとても驚いた様子なのを見ると、相当高値なのかも知れない。
ジンはその『探り袋』とやらを買うと早々に店を出て、あたりに警戒しながらシュンに言った。
「あなたの懐にある飛刀を、なるべく目立つ仕草でこの袋に入れるといい」
「…………おっしゃる意味が分かりません」
シュンは納得出来ず、どうしてそうしなければならないのか、ジンに尋ねた。
「大まかな敵をあぶり出すんです。いちいち背後から襲われていたら、命がいくつあっても足りないですから」
「…………?」
まだ理解出来ないといった様子のシュンに対し、ジンは苦笑いした。
「いいですか? ここにいる生き物達はとても敏感だ。あなたが懐に忍ばせている武器が、生きている限りもう二度と出会えないほどのお宝であるという事を、察知出来る嗅覚を持っている」
「…………!」
シュンは無意識のうちに、胸元に手を当てた。
飛刀を奪われるわけにはいかない。
自分の存在を証明する、唯一無二のものなのだから。
「けれど、そんな宝を所持しているあなたは大変優しそうな少年で、しかも弱っているし、未熟そうに見える。恐らくはあなたの力を、奴らは低く見積もっている」
何が今までと違うのだろう…………とシュンはずっと思っていたが、そうか。
この禍々しさは、自分に向けられた殺気だったのだ。
「だから彼らはこう思うでしょう。あなたを殺してその武器を奪ってしまおう、と」
シュンは、心底ぞっとした。
この世界に来て、今までの自分がいかに甘かったかを思い知る。
人間の世界がどれだけ居心地が良く、安心して生きていられたのかという事も。
獅子カナメに従い、彼の指示通りに動いていれば問題ない、と思っていた自分が情けない。
緊張感と警戒心を忘れてはいけないのは、螺旋城の城下町でも人間の世界でも同じである。
いきなり背後から刺される可能性もゼロでは無いし、状況を見ながら自分の身の振り方を、どこで生きようが常に考えていかねばならない。
だが、頭の中で知っているのと実際に体感するのとでは、まるで質が違う。
今ここで飛刀を奪われれば、自分にだけ与えられた大切な武器を、どこの誰ともわからぬ輩に、殺戮のため利用されてしまう。
手渡された透明な袋を、シュンは見つめた。
人間世界で見たことのある、ビニール袋そのものだ。
こんな袋が、一体どんな役割を担うというのだろう。
「この袋に入れて懐にしまうと、何を所持しているのかが敵に全て見えるようになります」
シュンは袋に飛刀を入れてから、懐にしまった。
その瞬間、ひりつくような殺気が一層濃くなり、気づくと二人は取り囲まれていた。
「構えて!」
ジンが叫ぶ。
いきなり、四方八方から敵が襲ってきた。
一番多かったのは、巨大な角を鼻の上に生やした鰐頭と、人間の体を持つ化け物である。
敵は、巨大な牙と長くて太い爪を振り回しながら襲ってきた。
シュンは袋から飛刀を取り出し、すかさず攻撃に転じてそれらを放った。
クルクルと弧を描き、踊るように飛刀が敵に襲い掛かる。
敵は、勢いよく回る飛刀を手にしようと、目の色を変えてそれに飛びつく。
駆け寄って来る敵は飛刀で襲い、至近距離にいる敵は短刀で斬りつける。
体の一部に飛刀が触れた瞬間、毒を浴びたようにどす黒く変色し、敵は血を流しながら次々と消滅していく。
断末魔の叫び声をあげながら。
ジンの手には狼牙棒という名の、先端に無数の棘がついた紡錘形の柄頭がついた棒状の武器が握られている。
こちらを襲う敵を容赦なく、見るも鮮やかな動きで彼は次々と倒していった。
大きくて長い武器を細身の体で軽々と扱うジンを見て、やはり彼は本物の狼であり、只者では無いとシュンは感じた。
何度も何度も敵に向かって飛んで行っては、グルグル回って敵を切り刻み、敵の血で赤く染まり、空中で震えながらギュンと回り、光を放って研ぎ澄まされ、飛刀は再びシュンのもとへ戻って来る。
そんな戦いを繰り返すうち、敵は散り散りになって逃げ去って行った。
この場で既に死んだ敵の体は、ジューッと音を立てながら消滅し、乾燥した敵の『魂』がいくつも、地面の上へと転がり落ちた。
ジンは小指ほどの小ささになったその『魂』をひとつ拾い上げ、少し匂いを嗅いでから顔をしかめて首を横に振り、ぽいと地面へ放り出した。
彼に投げ捨てられた小さな『魂』は徐々に実体を無くし、ジューッ……と音を立てて消滅していく。
どうやらこの螺旋城界隈は、一瞬ではあるが死後の魂が実体化し、よく見えるようになる場所であるらしい。
「全然ダメですね。奴らの魂を生け捕りにしたところで、こんなに毒素が多くては、料理にも使えない。身の程を知らず、自分を飾ろうとした魂など、どんな方法を使ったとして、何の役にも立ちません」
「…………」
今、ジンは確かに言った。
『魂』を『料理』に使う、と。
シュンにはジンが、何をしようとているのかがわからない。
だが、背筋がぞくっと震え上がるのを感じる。
「もう一度、この袋に飛刀を入れた方がいいですか?」
シュンが聞くと、ジンは声を上げて笑い出した。
「どちらでも大丈夫です。ほら、見て下さい」
城に向かって足早に歩きながら、あたりを見るようにジンに促され、シュンは街を歩く人々を見つめた。
皆、恐怖と羨望の眼差しをこちらに向けている。
「あなたの強さを目の当たりにして、やっと奴らはあなたという生き物の強さを認識しました。これでしばらくの間は、飛刀を見せていようが隠していようが、誰も襲っては来ないでしょう。どんな愚か者であっても、身の危険を顧みずに攻撃し、敗北を期してみすみす自分の命を捨てようとは、思わないでしょうからね」
それを聞くと腑に落ちて、自分の勘の悪さが情けなくなり、シュンは歩きながらため息をついた。
「こんな形で襲われたのは、生まれて初めてです」
「そうですか。なら、これからは少し気をつけた方がいい。もし私達が敗れたら、その袋の中身、つまりあなたの飛刀は奴らのものになる所でした。どうして、あなたの飛刀が狙われたのだと思いますか?」
シュンは首を傾げた。
「…………よく分かりません。この飛刀を上手く使いこなすのは、本当に至難の業なんです。何年もの修行が要る。何もわざわざ好き好んで、剣でも槍でもないこの武器を、欲しがる事は無いように思うのですが…………」
「奴らが欲しいのはあなたの武器では無くて、身分だからです」
「身分?」
「そうです。その飛刀は、由緒正しき身分証。白龍神に仕える、立派な霊獣として認められた証です。今まで何の苦労もせず、与えられたものを搾取しながらのうのうと生きて来た奴らは、自分が今以上の存在に見えるように、その飛刀を自分の物だと相手に思わせるのが得策だと思い込んでいる」
「…………!」
シュンはとても驚いた。
そんな考え方をした奴がいる事など、思いもよらなかったから。
「だから奴らは、喉から手が出るほどあなたが持つ飛刀が欲しい。それさえ持っていれば人間世界への出入りが、思いのままになるからです」
「…………この飛刀を持っていれば、いずれ僕は元の世界へ帰れますか?」
「そうですね、可能性は高いでしょう。帰りたいのならば決してその飛刀を、手放してはなりません。それさえあれば、世界を繋ぐ厳戒な『関所』を通ることが可能でしょうから」
ジンの言葉は、シュンの心にほんのわずかな希望の光を灯した。
元の世界に帰れるんだと信じるだけで、どうにか頑張れそうな気がする。
残りわずかな力を振り絞り、シュンは歩くスピードを速めていった。
感覚を最大限に研ぎ澄まし、この地をまずは知っておかなければ。
良く見ると、誰もが自分に注目している。
正確には自分の胸元に、だ。
「…………?」
コソコソと自分達のあとをつけたり、時折奇妙な動きを見せる生き物もいて、ますますシュンは不審な気持ちが募っていく。
ジンはまず、シュンを街道沿いに面した道具屋へ連れて行き、店主に向かってこう言った。
「探り袋をくれ」
「へえ」
探り袋?
シュンはその名を聞いたことが無かった。
店主はカウンターの奥から、中が完全に透けて見える袋を持って来てこう言った。
「お客さん、ありましたよ、一つだけ。しかしまた、なんだってこんなものが要るんです?」
怪訝そうな顔で、店主は首を傾げた。
「ご存知でしょうがこの袋は、中身を欲しがっている奴らを呼び寄せちまいます。お宝を入れりゃ、狂った連中が迷わず飛びついて来ちまう代物ですぜ」
「だから欲しいんだ。いくらする?」
蠅頭を持つ店主は、袋をジロジロと見つめながら考え、にやりと笑ってこう答えた。
「次はいつ手に入るかわからないものなので…………10クワンでどうです」
「ああ。それで頼む」
10クワンがどのくらいの値なのかシュンにはわからなかったが、即答したジンの顔を見て店主がとても驚いた様子なのを見ると、相当高値なのかも知れない。
ジンはその『探り袋』とやらを買うと早々に店を出て、あたりに警戒しながらシュンに言った。
「あなたの懐にある飛刀を、なるべく目立つ仕草でこの袋に入れるといい」
「…………おっしゃる意味が分かりません」
シュンは納得出来ず、どうしてそうしなければならないのか、ジンに尋ねた。
「大まかな敵をあぶり出すんです。いちいち背後から襲われていたら、命がいくつあっても足りないですから」
「…………?」
まだ理解出来ないといった様子のシュンに対し、ジンは苦笑いした。
「いいですか? ここにいる生き物達はとても敏感だ。あなたが懐に忍ばせている武器が、生きている限りもう二度と出会えないほどのお宝であるという事を、察知出来る嗅覚を持っている」
「…………!」
シュンは無意識のうちに、胸元に手を当てた。
飛刀を奪われるわけにはいかない。
自分の存在を証明する、唯一無二のものなのだから。
「けれど、そんな宝を所持しているあなたは大変優しそうな少年で、しかも弱っているし、未熟そうに見える。恐らくはあなたの力を、奴らは低く見積もっている」
何が今までと違うのだろう…………とシュンはずっと思っていたが、そうか。
この禍々しさは、自分に向けられた殺気だったのだ。
「だから彼らはこう思うでしょう。あなたを殺してその武器を奪ってしまおう、と」
シュンは、心底ぞっとした。
この世界に来て、今までの自分がいかに甘かったかを思い知る。
人間の世界がどれだけ居心地が良く、安心して生きていられたのかという事も。
獅子カナメに従い、彼の指示通りに動いていれば問題ない、と思っていた自分が情けない。
緊張感と警戒心を忘れてはいけないのは、螺旋城の城下町でも人間の世界でも同じである。
いきなり背後から刺される可能性もゼロでは無いし、状況を見ながら自分の身の振り方を、どこで生きようが常に考えていかねばならない。
だが、頭の中で知っているのと実際に体感するのとでは、まるで質が違う。
今ここで飛刀を奪われれば、自分にだけ与えられた大切な武器を、どこの誰ともわからぬ輩に、殺戮のため利用されてしまう。
手渡された透明な袋を、シュンは見つめた。
人間世界で見たことのある、ビニール袋そのものだ。
こんな袋が、一体どんな役割を担うというのだろう。
「この袋に入れて懐にしまうと、何を所持しているのかが敵に全て見えるようになります」
シュンは袋に飛刀を入れてから、懐にしまった。
その瞬間、ひりつくような殺気が一層濃くなり、気づくと二人は取り囲まれていた。
「構えて!」
ジンが叫ぶ。
いきなり、四方八方から敵が襲ってきた。
一番多かったのは、巨大な角を鼻の上に生やした鰐頭と、人間の体を持つ化け物である。
敵は、巨大な牙と長くて太い爪を振り回しながら襲ってきた。
シュンは袋から飛刀を取り出し、すかさず攻撃に転じてそれらを放った。
クルクルと弧を描き、踊るように飛刀が敵に襲い掛かる。
敵は、勢いよく回る飛刀を手にしようと、目の色を変えてそれに飛びつく。
駆け寄って来る敵は飛刀で襲い、至近距離にいる敵は短刀で斬りつける。
体の一部に飛刀が触れた瞬間、毒を浴びたようにどす黒く変色し、敵は血を流しながら次々と消滅していく。
断末魔の叫び声をあげながら。
ジンの手には狼牙棒という名の、先端に無数の棘がついた紡錘形の柄頭がついた棒状の武器が握られている。
こちらを襲う敵を容赦なく、見るも鮮やかな動きで彼は次々と倒していった。
大きくて長い武器を細身の体で軽々と扱うジンを見て、やはり彼は本物の狼であり、只者では無いとシュンは感じた。
何度も何度も敵に向かって飛んで行っては、グルグル回って敵を切り刻み、敵の血で赤く染まり、空中で震えながらギュンと回り、光を放って研ぎ澄まされ、飛刀は再びシュンのもとへ戻って来る。
そんな戦いを繰り返すうち、敵は散り散りになって逃げ去って行った。
この場で既に死んだ敵の体は、ジューッと音を立てながら消滅し、乾燥した敵の『魂』がいくつも、地面の上へと転がり落ちた。
ジンは小指ほどの小ささになったその『魂』をひとつ拾い上げ、少し匂いを嗅いでから顔をしかめて首を横に振り、ぽいと地面へ放り出した。
彼に投げ捨てられた小さな『魂』は徐々に実体を無くし、ジューッ……と音を立てて消滅していく。
どうやらこの螺旋城界隈は、一瞬ではあるが死後の魂が実体化し、よく見えるようになる場所であるらしい。
「全然ダメですね。奴らの魂を生け捕りにしたところで、こんなに毒素が多くては、料理にも使えない。身の程を知らず、自分を飾ろうとした魂など、どんな方法を使ったとして、何の役にも立ちません」
「…………」
今、ジンは確かに言った。
『魂』を『料理』に使う、と。
シュンにはジンが、何をしようとているのかがわからない。
だが、背筋がぞくっと震え上がるのを感じる。
「もう一度、この袋に飛刀を入れた方がいいですか?」
シュンが聞くと、ジンは声を上げて笑い出した。
「どちらでも大丈夫です。ほら、見て下さい」
城に向かって足早に歩きながら、あたりを見るようにジンに促され、シュンは街を歩く人々を見つめた。
皆、恐怖と羨望の眼差しをこちらに向けている。
「あなたの強さを目の当たりにして、やっと奴らはあなたという生き物の強さを認識しました。これでしばらくの間は、飛刀を見せていようが隠していようが、誰も襲っては来ないでしょう。どんな愚か者であっても、身の危険を顧みずに攻撃し、敗北を期してみすみす自分の命を捨てようとは、思わないでしょうからね」
それを聞くと腑に落ちて、自分の勘の悪さが情けなくなり、シュンは歩きながらため息をついた。
「こんな形で襲われたのは、生まれて初めてです」
「そうですか。なら、これからは少し気をつけた方がいい。もし私達が敗れたら、その袋の中身、つまりあなたの飛刀は奴らのものになる所でした。どうして、あなたの飛刀が狙われたのだと思いますか?」
シュンは首を傾げた。
「…………よく分かりません。この飛刀を上手く使いこなすのは、本当に至難の業なんです。何年もの修行が要る。何もわざわざ好き好んで、剣でも槍でもないこの武器を、欲しがる事は無いように思うのですが…………」
「奴らが欲しいのはあなたの武器では無くて、身分だからです」
「身分?」
「そうです。その飛刀は、由緒正しき身分証。白龍神に仕える、立派な霊獣として認められた証です。今まで何の苦労もせず、与えられたものを搾取しながらのうのうと生きて来た奴らは、自分が今以上の存在に見えるように、その飛刀を自分の物だと相手に思わせるのが得策だと思い込んでいる」
「…………!」
シュンはとても驚いた。
そんな考え方をした奴がいる事など、思いもよらなかったから。
「だから奴らは、喉から手が出るほどあなたが持つ飛刀が欲しい。それさえ持っていれば人間世界への出入りが、思いのままになるからです」
「…………この飛刀を持っていれば、いずれ僕は元の世界へ帰れますか?」
「そうですね、可能性は高いでしょう。帰りたいのならば決してその飛刀を、手放してはなりません。それさえあれば、世界を繋ぐ厳戒な『関所』を通ることが可能でしょうから」
ジンの言葉は、シュンの心にほんのわずかな希望の光を灯した。
元の世界に帰れるんだと信じるだけで、どうにか頑張れそうな気がする。
残りわずかな力を振り絞り、シュンは歩くスピードを速めていった。