桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
深名斗の涙
豪華絢爛な式典の終了間際、きらびやかな菓子が次々と会場へ運ばれる。
螺旋城の大広間では、黒色の玉座に座る時の神スウと、その隣にある瑠璃色の玉座に座るユナ姫の結婚式が、厳かに執り行われていた。
彼女の神輿で堂々と来賓客のふりをして会場に紛れ込んだ最強神・深名斗は、空いた席に座りながら大地の居場所を探っている。
ユナ姫の頬に流れる涙を見たことで、深名斗は大いなる気まぐれを起こした。
結婚式が行われている螺旋城の大広間を、粉々に壊してしまえ。
良く見ると隙だらけ、穴だらけの王国ではないか。
遠い昔は、こんな雰囲気とは無縁だった気がする。
発展途上で初々しく、勇気と希望と活気に満ち溢れた、若々しさと情熱が感じられる国だった。
あの時は、時を支配する者としての気概なども感じられたのに、この衰退に向かう雰囲気ときたらどうだ。
誰も彼もが、外面や体裁を取り繕うことにばかり気を取られている。
嫁として迎え入れたユナ姫の顔色やご機嫌を、早速気にしている者までいる。
玉座に座る王子以外は誰一人として、誇りを持ってこの国を守ろうと思っていないのが、ありありと感じられる。
大広間で開かれている結婚式を滅茶苦茶に壊すなど、深名斗には造作もない事だ。
式典を壊した後の事など、はっきり言って心底どうでもいい。
壊すという行為は、魂の花を探すためにも都合がいい。
遠い昔にあれは目立たぬよう、螺旋城の大広間の中央付近の奥深くに埋めたはずだから、会場が粉々に壊れた方が探しやすいだろう。
だが今は、自分には力が無い。
大地にやらせよう。
運良く会場に忍び込んでウロウロしている大地を見つけると、気づかれぬよう近づいて、深名斗は背後からいきなり声をかけた。
「そんな姿で何をしている」
『わっ!』
大地はびっくりして素っ頓狂な叫び声をあげそうになり、慌てて自分の口を手で覆った。
「菓子の泡を背中につけたままでは無いか。甘い香りがして、周りに気づかれるぞ」
すっかり度肝を抜かれた大地は、ヒソヒソ声で怒鳴り出す。
「深名斗、今までどこにいた!」
「この結婚式を滅茶苦茶に壊す」
「────はぁ?」
大地の口が空いた瞬間、深名斗は彼の口の中に、小さくて黒い玉を忍び込ませた。
「ングッ!!」
口に入れられたものが何かわからないまま、大地はそれを飲み込んでしまった。
ゴクッ!
『────てんめぇ!』
大地は声が出なくなり、思念を使って叫びながら深名斗の胸ぐらを掴む。
『俺の口に、何を入れた!』
苦みと渋みが口の中に広がり、ふらふらして大地はしばらく立っていられなくなり、がくんと床に膝をついた。
『………?』
深名斗は小さな黒い巾着袋を、懐の中にしまった。
「僕の涙だ。この間あくびをした時に、取っておいて良かった」
『何だと?』
深名斗の涙は、クスコの……いや、深名孤の涙と同等の力を持つものなのか?
もし、その力が真逆なら…………
大地は意に反して、会場の片隅で桃色のドラゴンへと変身した。
瑠璃色の玉座には美しく着飾ったユナが座り、その隣の黒色の王座には、時の神スウの横顔がある。
全世界の時を支配する青年は美しく、どこか悲しそうで、愁いを帯びた表情をしながらユナに優しく声をかけた。
「岩時の大切な宝、ユナ姫。この国へ、私のもとへよくぞ、いらして下さいました。心から感謝申し上げます」
「恐れ多いお言葉です。スウ様」
ユナへの感謝というよりは、スウの表情からは覇気の消え失せた儚さだけが伝わってくる。
力を利用してやろうという螺旋城側の意図など、微塵も含まれていないように感じられた。
「私はあなたを生涯ずっと、大切にすることを誓います」
「…………ありがとうございます、スウ様」
「そんなに緊張しなくていい」
不安と絶望で表情が固まっているユナを見て、スウは微笑みながら言葉をかける。
王子の率直な態度はほんの少しだけ、ユナの気持ちをやわらげた。
初対面の彼が感情を持たない化け物のように感じられて、最初はとても恐ろしかったが、先入観だけで判断するのはいけないともユナは思う。
これは政略結婚だ。
先ほどまで自分のことばかり考えていたから、意識したことが無かったがけれど。
考えてみればスウ王子にだって愛する女の一人くらいいたのかも知れないし、彼も自分と同じく、国同士の思惑で動かされた被害者の一人なのである。
時の神スウはユナとの結婚に関して、どのように感じているのだろう。
そうユナが思った刹那、スウが参列者の方を見ながら静かに言った。
「あなたが来てくれて、とても嬉しいのですよ。これは本当です」
「…………」
考えを読まれたのかと思い、ユナは少し頬が赤くなる。
スウは小声でユナに、言葉の続きを打ち明けた。
「ここは恐ろしく退屈でね、私は今日という日を心待ちにしていた。子供も欲しいな、10人くらいがいい」
「…………」
ユナは言葉を返せない。
苦しさや悲しさ、性的な嫌悪、驚きや刺激、わずかな希望や期待まで生まれ、ユナの心はますますゴチャゴチャになってしまう。
また涙が溢れ出そうになる。
しっかりしなければ。
「お口に合うかわからないが、最後に出されるデザートが傑作だという。楽しんでいただけたら嬉しいのだが」
時の神スウの言葉が本心なら、嫁いできた自分は覚悟を決めるべきなのだろうか。
覚悟とは?
どうやって持つ?
ユナは、大きく揺れる自分の感情を持て余し、どうしたらいいか、すっかりわからなくなってしまった。
螺旋城には、神々が誕生した瞬間からの輝かしい歴史がある。
それに引き換え、新たに誕生した岩時の国には、古き良き歴史というものが無い。
初めて入った由緒正しき古城に少なからずユナは魅了され、想像を超える美しさに舌を巻いている。
愛するものと引き裂かれた悲しみは消えないし、この結婚を壊してしまいたいという思いは変わらないが、ふと不安がよぎってしまう。
時を守るこの一族は、時間を大切にしながら、与えられた仕事というものを丁寧にこなしてきたに違いない。
ここを破壊してしまって、本当に良いのだろうか。
自分勝手な嘆きによって。
いつか後悔するのでは?
先ほど神輿に乗り込んだ、ミナトという少年と交わした会話を、ふと思い出す。
『ユナよ、元気を出せ。ここには変わったやつと一緒に来ているから、そいつに命令してお前の結婚式を、ぶち壊してみせてやろう』
ミナトの言葉には、絶対にやり遂げるといった、有無を言わさぬ響きがあった。
変わったやつ、とは一体、何者なのだろう。
天井のステンドグラスからは明るい木漏れ日が差し込み、塵一つ落ちていない城は美しく飾り立てられ、目を楽しませてくれる料理が次々と運び込まれる。
食事はどれも恐ろしく不味かったし、吐き出してしまいたいくらいだった。
見た目は大変美しいのだが、美味そうに見せかけているだけなのが許せない。
ユナは、自分の感情を上手に言葉にして伝えることが、到底出来そうも無かった。
感じたことを口にしたが最後、乾いた笑い声をあげてしまいそうになるだろう。
ははははははは!
この料理、バカみたいに不味いから、吐き出したいんだけど。
どこに吐けばいい?
…………とか言いながら。
そんな自分を想像し、ユナはますます憂鬱になる。
────もう、なるようになれ。
何もかも。
式は万事順調に進み、滞りなく終わるかと思われた。
デザートが運ばれてきた。
人型の男女が8組ほど対になった小さな飴細工は身目麗しく、皿の上で滑らかな動きをしながら踊っている。
完璧なダンスを披露する菓子達はまるで、本物の魂を持った人間の様に見えた。
この菓子を口にすれば披露宴は終わりとなり、各国の来賓は城から去ってゆく。
ユナ姫の犠牲によって螺旋城関係者の体面は保たれ、再び平穏が訪れるというわけだ。
だが。
桃色のドラゴンが巨大化して、会場の中に突如現れた。
式典を楽しんでいた来賓は、恐ろしいドラゴンの登場に恐れおののき、会場は阿鼻叫喚に包まれ始める。
ユナにだけはわかる。
ミナトが行動を開始したのだ。
自分があの時、神輿の中で泣きながら嘆いたりしたから。
ドラゴンの喉の奥から、恐ろしい威力を持つ禁断の炎が吐き出される。
それは空間を破壊する最大の力、黒天枢だった。
螺旋城の大広間では、黒色の玉座に座る時の神スウと、その隣にある瑠璃色の玉座に座るユナ姫の結婚式が、厳かに執り行われていた。
彼女の神輿で堂々と来賓客のふりをして会場に紛れ込んだ最強神・深名斗は、空いた席に座りながら大地の居場所を探っている。
ユナ姫の頬に流れる涙を見たことで、深名斗は大いなる気まぐれを起こした。
結婚式が行われている螺旋城の大広間を、粉々に壊してしまえ。
良く見ると隙だらけ、穴だらけの王国ではないか。
遠い昔は、こんな雰囲気とは無縁だった気がする。
発展途上で初々しく、勇気と希望と活気に満ち溢れた、若々しさと情熱が感じられる国だった。
あの時は、時を支配する者としての気概なども感じられたのに、この衰退に向かう雰囲気ときたらどうだ。
誰も彼もが、外面や体裁を取り繕うことにばかり気を取られている。
嫁として迎え入れたユナ姫の顔色やご機嫌を、早速気にしている者までいる。
玉座に座る王子以外は誰一人として、誇りを持ってこの国を守ろうと思っていないのが、ありありと感じられる。
大広間で開かれている結婚式を滅茶苦茶に壊すなど、深名斗には造作もない事だ。
式典を壊した後の事など、はっきり言って心底どうでもいい。
壊すという行為は、魂の花を探すためにも都合がいい。
遠い昔にあれは目立たぬよう、螺旋城の大広間の中央付近の奥深くに埋めたはずだから、会場が粉々に壊れた方が探しやすいだろう。
だが今は、自分には力が無い。
大地にやらせよう。
運良く会場に忍び込んでウロウロしている大地を見つけると、気づかれぬよう近づいて、深名斗は背後からいきなり声をかけた。
「そんな姿で何をしている」
『わっ!』
大地はびっくりして素っ頓狂な叫び声をあげそうになり、慌てて自分の口を手で覆った。
「菓子の泡を背中につけたままでは無いか。甘い香りがして、周りに気づかれるぞ」
すっかり度肝を抜かれた大地は、ヒソヒソ声で怒鳴り出す。
「深名斗、今までどこにいた!」
「この結婚式を滅茶苦茶に壊す」
「────はぁ?」
大地の口が空いた瞬間、深名斗は彼の口の中に、小さくて黒い玉を忍び込ませた。
「ングッ!!」
口に入れられたものが何かわからないまま、大地はそれを飲み込んでしまった。
ゴクッ!
『────てんめぇ!』
大地は声が出なくなり、思念を使って叫びながら深名斗の胸ぐらを掴む。
『俺の口に、何を入れた!』
苦みと渋みが口の中に広がり、ふらふらして大地はしばらく立っていられなくなり、がくんと床に膝をついた。
『………?』
深名斗は小さな黒い巾着袋を、懐の中にしまった。
「僕の涙だ。この間あくびをした時に、取っておいて良かった」
『何だと?』
深名斗の涙は、クスコの……いや、深名孤の涙と同等の力を持つものなのか?
もし、その力が真逆なら…………
大地は意に反して、会場の片隅で桃色のドラゴンへと変身した。
瑠璃色の玉座には美しく着飾ったユナが座り、その隣の黒色の王座には、時の神スウの横顔がある。
全世界の時を支配する青年は美しく、どこか悲しそうで、愁いを帯びた表情をしながらユナに優しく声をかけた。
「岩時の大切な宝、ユナ姫。この国へ、私のもとへよくぞ、いらして下さいました。心から感謝申し上げます」
「恐れ多いお言葉です。スウ様」
ユナへの感謝というよりは、スウの表情からは覇気の消え失せた儚さだけが伝わってくる。
力を利用してやろうという螺旋城側の意図など、微塵も含まれていないように感じられた。
「私はあなたを生涯ずっと、大切にすることを誓います」
「…………ありがとうございます、スウ様」
「そんなに緊張しなくていい」
不安と絶望で表情が固まっているユナを見て、スウは微笑みながら言葉をかける。
王子の率直な態度はほんの少しだけ、ユナの気持ちをやわらげた。
初対面の彼が感情を持たない化け物のように感じられて、最初はとても恐ろしかったが、先入観だけで判断するのはいけないともユナは思う。
これは政略結婚だ。
先ほどまで自分のことばかり考えていたから、意識したことが無かったがけれど。
考えてみればスウ王子にだって愛する女の一人くらいいたのかも知れないし、彼も自分と同じく、国同士の思惑で動かされた被害者の一人なのである。
時の神スウはユナとの結婚に関して、どのように感じているのだろう。
そうユナが思った刹那、スウが参列者の方を見ながら静かに言った。
「あなたが来てくれて、とても嬉しいのですよ。これは本当です」
「…………」
考えを読まれたのかと思い、ユナは少し頬が赤くなる。
スウは小声でユナに、言葉の続きを打ち明けた。
「ここは恐ろしく退屈でね、私は今日という日を心待ちにしていた。子供も欲しいな、10人くらいがいい」
「…………」
ユナは言葉を返せない。
苦しさや悲しさ、性的な嫌悪、驚きや刺激、わずかな希望や期待まで生まれ、ユナの心はますますゴチャゴチャになってしまう。
また涙が溢れ出そうになる。
しっかりしなければ。
「お口に合うかわからないが、最後に出されるデザートが傑作だという。楽しんでいただけたら嬉しいのだが」
時の神スウの言葉が本心なら、嫁いできた自分は覚悟を決めるべきなのだろうか。
覚悟とは?
どうやって持つ?
ユナは、大きく揺れる自分の感情を持て余し、どうしたらいいか、すっかりわからなくなってしまった。
螺旋城には、神々が誕生した瞬間からの輝かしい歴史がある。
それに引き換え、新たに誕生した岩時の国には、古き良き歴史というものが無い。
初めて入った由緒正しき古城に少なからずユナは魅了され、想像を超える美しさに舌を巻いている。
愛するものと引き裂かれた悲しみは消えないし、この結婚を壊してしまいたいという思いは変わらないが、ふと不安がよぎってしまう。
時を守るこの一族は、時間を大切にしながら、与えられた仕事というものを丁寧にこなしてきたに違いない。
ここを破壊してしまって、本当に良いのだろうか。
自分勝手な嘆きによって。
いつか後悔するのでは?
先ほど神輿に乗り込んだ、ミナトという少年と交わした会話を、ふと思い出す。
『ユナよ、元気を出せ。ここには変わったやつと一緒に来ているから、そいつに命令してお前の結婚式を、ぶち壊してみせてやろう』
ミナトの言葉には、絶対にやり遂げるといった、有無を言わさぬ響きがあった。
変わったやつ、とは一体、何者なのだろう。
天井のステンドグラスからは明るい木漏れ日が差し込み、塵一つ落ちていない城は美しく飾り立てられ、目を楽しませてくれる料理が次々と運び込まれる。
食事はどれも恐ろしく不味かったし、吐き出してしまいたいくらいだった。
見た目は大変美しいのだが、美味そうに見せかけているだけなのが許せない。
ユナは、自分の感情を上手に言葉にして伝えることが、到底出来そうも無かった。
感じたことを口にしたが最後、乾いた笑い声をあげてしまいそうになるだろう。
ははははははは!
この料理、バカみたいに不味いから、吐き出したいんだけど。
どこに吐けばいい?
…………とか言いながら。
そんな自分を想像し、ユナはますます憂鬱になる。
────もう、なるようになれ。
何もかも。
式は万事順調に進み、滞りなく終わるかと思われた。
デザートが運ばれてきた。
人型の男女が8組ほど対になった小さな飴細工は身目麗しく、皿の上で滑らかな動きをしながら踊っている。
完璧なダンスを披露する菓子達はまるで、本物の魂を持った人間の様に見えた。
この菓子を口にすれば披露宴は終わりとなり、各国の来賓は城から去ってゆく。
ユナ姫の犠牲によって螺旋城関係者の体面は保たれ、再び平穏が訪れるというわけだ。
だが。
桃色のドラゴンが巨大化して、会場の中に突如現れた。
式典を楽しんでいた来賓は、恐ろしいドラゴンの登場に恐れおののき、会場は阿鼻叫喚に包まれ始める。
ユナにだけはわかる。
ミナトが行動を開始したのだ。
自分があの時、神輿の中で泣きながら嘆いたりしたから。
ドラゴンの喉の奥から、恐ろしい威力を持つ禁断の炎が吐き出される。
それは空間を破壊する最大の力、黒天枢だった。