桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
魂の花
螺旋城の骨組み以外何もかもが消滅し、破壊者である桃色のドラゴンは急に、人間の少年へと姿を変えた。
意識を失った彼を、侍従長は地下牢へと閉じ込めたのだが…………。
少年は牢の中で、どう過ごしているのだろう。
ユナは、地下牢へと続くひんやりとした回廊をひとり、松明を持って歩いていた。
警備をしていた者達には悪いが、持参した香草を使って全員、スヤスヤと眠ってもらった。
自分が螺旋城へ嫁いだ後、誰かから辱めを受けそうになった場合、寝所などで使って逃げようと、忍ばせていたものである。
これ以外にも毒草も隠し持っていたが、使わなくて済みそうな気がした。
自分は許され、地下にある一室を与えられ、とりあえず螺旋城に留まっている。
だが、あの少年は?
まだ、どんな風に裁かれるか、確定していないが…………。
ミナトのせいで、彼は一生を牢の中で過ごさなければならないのだろうか?
それとも死罪?
螺旋城を破壊した罰を、彼が一人で背負わなければならない?
────それは違う。
コツ、コツ、と自分の足音だけが鳴り響く。
どうしても、あの桃色のドラゴンに会いたい。
少年に会ってどうするつもりなのか、ユナ自身にも良くわからなかったのだが。
「…………」
回廊の突き当りに一番狭くて暗い牢があり、桃色のドラゴンは壁に一人寄りかかっている。
彼は濃くて深い緑色の瞳を、目の前の何もない空間に彷徨わせていた。
目が覚めているのだろうか。
人間の姿に変化した彼はとても美しく、肩まで無造作に伸びた桃色のくせ毛を一つに束ね、白装束を身に纏っている。
少年の方角からはひりつくような張り詰めた空気を感じ、ユナは緊張した。
もし少年が今、巨大なドラゴンの姿に変身してしまったら、この地下牢の壁を全て突き破ってしまうだろう。
先ほどの破壊現象が、心の中にまざまざと蘇る。
信じられ無い出来事だった。
確かなのは自分の手の中にある、白い布で包み込んだ、温かな飴細工だけ。
人型の男女10体の、身目麗しい小さな体。
彼らは温かく、にこにこと笑いながら布の中で蠢いている。
急にスウ王子の笑顔が、ユナの頭の中で甦った。
光り輝く鳳凰に変身し、ユナをかばうように背に乗せ、彼女を守ってくれた螺旋城の王子。
自分は彼の大切なものを、手の中の飴細工以外何もかも、壊してしまったのだ。
「桃色のドラゴンさん。…………あなたの体は大丈夫?」
「…………」
桃色の髪を持つ少年は一瞬だけユナの方を見たが、ぐったりとしていて返事をしない。
やがて少年は、ユナを見ない様に視線をそらした。
「螺旋城は粉々に破壊されたわ。でもそれは、あなたのせいじゃない。あのミナトと名乗った少年と、私の弱さが原因よ」
「…………」
少年の目の奥からは、何かの渇きが大きくなる姿が見て取れた。
『それがどうしたよ』
侮蔑を込めた眼差しで、少年がユナにそう叫んでいるように感じる。
ユナは勝手を承知で、言葉を紡ぐしか無かった。
たとえ今ここで、この少年に殺されたとしても、決めた事をやり通すしか無い。
「本来、この牢に入るべきは私なの。無理やり戦わされたあなたは何も、悪くない」
少年はユナの方を見ない。
目はうっすら開いているが、精神にぽっかりと穴が開いたように、一点だけを虚ろに見つめている。
「私はユナ。あなたの名前は? あなたの事が知りたいの」
想いが溢れたユナの瞳から、涙が一筋零れ落ちた。
「私、あなたは全然悪く無いんだという事を、きちんと誰かに伝えたいの。このままでは、あなたが全ての害悪とみなされてしまうわ」
ユナの反対の目から、もう一筋涙が零れ落ちた。
「私はここできちんと、憎しみを、破壊を、狂った時間を、断ち切りたいの。だからあなたと話がしたい」
「…………」
ふと、少年が言葉を発した。
「大地」
「え?」
「…………名前」
「────あ! あなたの名前? 『大地』っていうの?」
「…………そう」
大地は苦しそうな、億劫そうな顔つきで、これだけ答えた。
ユナは声を震わせながら、謝罪した。
「ごめんなさい。大地、私はあなたをここから出します」
ユナは牢の鉄格子を両手で掴んだ。
狭い隙間しかない鉄格子だったので、焼かれたユナの右手の甲にできた痣が、隣の鉄格子の一部に触れた。
すると不思議な事に、右手の甲に触れた硬い鉄格子はジューッと溶けて、液体に変化して地面へとしたたり落ちた。
「あら?」
ユナは驚いた。
自分にこんな力が宿っているなど、思いもよらなかったから。
段々面白くなってきて、右手の甲でユナが鉄格子に次々と触れると、あっという間に大地が牢から出られるくらいの空間が出来た。
「わあ、面白い!」
いきなりユナの手の中にいた、白い布で包まれた5組の菓子が、ジタバタと動き出した。
「あら、あなた達、どうかしたの?」
ユナは優しく、そっと白い布の上から彼らを撫でた。
彼女の温もりが菓子達に伝わり、彼らは笑顔でユナを見上げながら、こう言った。
「お母様に、あれを見せたい!」
「お母様に、早く見せたい!」
美しい菓子達は次々とユナの手から床へと飛び降り、素早い動きで走り出した。
大地が寄りかかっていた場所と反対側の、窓の下にある床だ。
その部分だけ、白く光っている。
10体の菓子達はその場所に着くと、ユナと大地に向かってこう言った。
「この場所!」
「お母様、その右手の甲で」
「焼いてください」
「見つかりますから」
「…………見つかるって何が?」
「綺麗なお花なんです」
「二つあるの!」
「いいから早く!」
彼らが指さした石造りの床には、螺旋城によく似た文様が描かれている。
「…………焼けばいいのね?」
ユナは言われた通り、文様が描かれた六角形の石をひとつ、右手の甲の痣を使って焼いてみた。
石はジューッと音を立てて無くなり、段々へこんでゆく。
そのへこみの真ん中に、小さな丸い石で出来た突起がある。
「?」
ユナがその突起に触れて少し押すと、大きな音が鳴り響いた。
ゴゴゴゴゴーーーーー!!!!!
「キャッ!」
「?!」
牢の中に、小さな階段が出現した。
「早く!」
菓子達は階段を下りながら、ユナと大地に手招きした。
大地はというと、今もなお虚ろな表情をしており、一向に動こうとしない。
ユナは、小さな幼児を導く母親のように大地の手を引き、菓子達が言うままに階段を降り始めた。
大地は逆らわず、ユナに手を引かれるまま一緒に階段を降り出す。
「入ったらもう一度、あの文様がついた壁に触れて!」
菓子の一人が言うままに、ユナは壁にある文様に右手の痣で触れた。
すると、もう一度、大きな音が鳴り響く。
ゴゴゴゴゴーーーーー!!!!!
文様が描かれた六角形の石が動いて、元通りぴたりと合わさり、ユナと大地は隠された地下に潜りこむことに成功した。
大地の手を引きながらユナは、下へ、下へ。
ただ黙って菓子達について行きながら、階段を下りて行った。
降りた先に何が待っているのかわからないが、この螺旋城に深く関わるものが存在しているような気がする。
それを確かめずにはいられない。
そんな思いに突き動かされ、ユナはどんどん降りて行った。
階段を一番下まで降りきると、広々とした空間にたどり着いた。
近くには、温かな湯気を出しながら地底を潤す、澄んだ青い湖が見える。
地底世界だというのに、白く神々しい光が地面や壁面に乱反射している。
大きな湖の淵には、見たことの無い小さな花が、ふたつ根を下ろしていた。
黒色の茎を持つ花の蕾と、白色の茎を持つ花の蕾だ。
ユナは知らなかった。
それらが最強神の尾に咲く花、開陽《ミザール》であるということを。
その花からは、白と黒の巨大な龍が回り出す様子がユナには想像出来た。
「…………これは」
ユナが止める間もなく、大地がいきなり彼女の手を離し、白い茎の方の花につかつかと近づき、摘み取ろうと手を伸ばした。
「大地!」
それに触ってはダメ!
ユナの言葉は空を切り、大地はその花に触れる…………はずだった。
だが。
花は大地の手をすり抜け、触れることは叶わなかった。
意識を失った彼を、侍従長は地下牢へと閉じ込めたのだが…………。
少年は牢の中で、どう過ごしているのだろう。
ユナは、地下牢へと続くひんやりとした回廊をひとり、松明を持って歩いていた。
警備をしていた者達には悪いが、持参した香草を使って全員、スヤスヤと眠ってもらった。
自分が螺旋城へ嫁いだ後、誰かから辱めを受けそうになった場合、寝所などで使って逃げようと、忍ばせていたものである。
これ以外にも毒草も隠し持っていたが、使わなくて済みそうな気がした。
自分は許され、地下にある一室を与えられ、とりあえず螺旋城に留まっている。
だが、あの少年は?
まだ、どんな風に裁かれるか、確定していないが…………。
ミナトのせいで、彼は一生を牢の中で過ごさなければならないのだろうか?
それとも死罪?
螺旋城を破壊した罰を、彼が一人で背負わなければならない?
────それは違う。
コツ、コツ、と自分の足音だけが鳴り響く。
どうしても、あの桃色のドラゴンに会いたい。
少年に会ってどうするつもりなのか、ユナ自身にも良くわからなかったのだが。
「…………」
回廊の突き当りに一番狭くて暗い牢があり、桃色のドラゴンは壁に一人寄りかかっている。
彼は濃くて深い緑色の瞳を、目の前の何もない空間に彷徨わせていた。
目が覚めているのだろうか。
人間の姿に変化した彼はとても美しく、肩まで無造作に伸びた桃色のくせ毛を一つに束ね、白装束を身に纏っている。
少年の方角からはひりつくような張り詰めた空気を感じ、ユナは緊張した。
もし少年が今、巨大なドラゴンの姿に変身してしまったら、この地下牢の壁を全て突き破ってしまうだろう。
先ほどの破壊現象が、心の中にまざまざと蘇る。
信じられ無い出来事だった。
確かなのは自分の手の中にある、白い布で包み込んだ、温かな飴細工だけ。
人型の男女10体の、身目麗しい小さな体。
彼らは温かく、にこにこと笑いながら布の中で蠢いている。
急にスウ王子の笑顔が、ユナの頭の中で甦った。
光り輝く鳳凰に変身し、ユナをかばうように背に乗せ、彼女を守ってくれた螺旋城の王子。
自分は彼の大切なものを、手の中の飴細工以外何もかも、壊してしまったのだ。
「桃色のドラゴンさん。…………あなたの体は大丈夫?」
「…………」
桃色の髪を持つ少年は一瞬だけユナの方を見たが、ぐったりとしていて返事をしない。
やがて少年は、ユナを見ない様に視線をそらした。
「螺旋城は粉々に破壊されたわ。でもそれは、あなたのせいじゃない。あのミナトと名乗った少年と、私の弱さが原因よ」
「…………」
少年の目の奥からは、何かの渇きが大きくなる姿が見て取れた。
『それがどうしたよ』
侮蔑を込めた眼差しで、少年がユナにそう叫んでいるように感じる。
ユナは勝手を承知で、言葉を紡ぐしか無かった。
たとえ今ここで、この少年に殺されたとしても、決めた事をやり通すしか無い。
「本来、この牢に入るべきは私なの。無理やり戦わされたあなたは何も、悪くない」
少年はユナの方を見ない。
目はうっすら開いているが、精神にぽっかりと穴が開いたように、一点だけを虚ろに見つめている。
「私はユナ。あなたの名前は? あなたの事が知りたいの」
想いが溢れたユナの瞳から、涙が一筋零れ落ちた。
「私、あなたは全然悪く無いんだという事を、きちんと誰かに伝えたいの。このままでは、あなたが全ての害悪とみなされてしまうわ」
ユナの反対の目から、もう一筋涙が零れ落ちた。
「私はここできちんと、憎しみを、破壊を、狂った時間を、断ち切りたいの。だからあなたと話がしたい」
「…………」
ふと、少年が言葉を発した。
「大地」
「え?」
「…………名前」
「────あ! あなたの名前? 『大地』っていうの?」
「…………そう」
大地は苦しそうな、億劫そうな顔つきで、これだけ答えた。
ユナは声を震わせながら、謝罪した。
「ごめんなさい。大地、私はあなたをここから出します」
ユナは牢の鉄格子を両手で掴んだ。
狭い隙間しかない鉄格子だったので、焼かれたユナの右手の甲にできた痣が、隣の鉄格子の一部に触れた。
すると不思議な事に、右手の甲に触れた硬い鉄格子はジューッと溶けて、液体に変化して地面へとしたたり落ちた。
「あら?」
ユナは驚いた。
自分にこんな力が宿っているなど、思いもよらなかったから。
段々面白くなってきて、右手の甲でユナが鉄格子に次々と触れると、あっという間に大地が牢から出られるくらいの空間が出来た。
「わあ、面白い!」
いきなりユナの手の中にいた、白い布で包まれた5組の菓子が、ジタバタと動き出した。
「あら、あなた達、どうかしたの?」
ユナは優しく、そっと白い布の上から彼らを撫でた。
彼女の温もりが菓子達に伝わり、彼らは笑顔でユナを見上げながら、こう言った。
「お母様に、あれを見せたい!」
「お母様に、早く見せたい!」
美しい菓子達は次々とユナの手から床へと飛び降り、素早い動きで走り出した。
大地が寄りかかっていた場所と反対側の、窓の下にある床だ。
その部分だけ、白く光っている。
10体の菓子達はその場所に着くと、ユナと大地に向かってこう言った。
「この場所!」
「お母様、その右手の甲で」
「焼いてください」
「見つかりますから」
「…………見つかるって何が?」
「綺麗なお花なんです」
「二つあるの!」
「いいから早く!」
彼らが指さした石造りの床には、螺旋城によく似た文様が描かれている。
「…………焼けばいいのね?」
ユナは言われた通り、文様が描かれた六角形の石をひとつ、右手の甲の痣を使って焼いてみた。
石はジューッと音を立てて無くなり、段々へこんでゆく。
そのへこみの真ん中に、小さな丸い石で出来た突起がある。
「?」
ユナがその突起に触れて少し押すと、大きな音が鳴り響いた。
ゴゴゴゴゴーーーーー!!!!!
「キャッ!」
「?!」
牢の中に、小さな階段が出現した。
「早く!」
菓子達は階段を下りながら、ユナと大地に手招きした。
大地はというと、今もなお虚ろな表情をしており、一向に動こうとしない。
ユナは、小さな幼児を導く母親のように大地の手を引き、菓子達が言うままに階段を降り始めた。
大地は逆らわず、ユナに手を引かれるまま一緒に階段を降り出す。
「入ったらもう一度、あの文様がついた壁に触れて!」
菓子の一人が言うままに、ユナは壁にある文様に右手の痣で触れた。
すると、もう一度、大きな音が鳴り響く。
ゴゴゴゴゴーーーーー!!!!!
文様が描かれた六角形の石が動いて、元通りぴたりと合わさり、ユナと大地は隠された地下に潜りこむことに成功した。
大地の手を引きながらユナは、下へ、下へ。
ただ黙って菓子達について行きながら、階段を下りて行った。
降りた先に何が待っているのかわからないが、この螺旋城に深く関わるものが存在しているような気がする。
それを確かめずにはいられない。
そんな思いに突き動かされ、ユナはどんどん降りて行った。
階段を一番下まで降りきると、広々とした空間にたどり着いた。
近くには、温かな湯気を出しながら地底を潤す、澄んだ青い湖が見える。
地底世界だというのに、白く神々しい光が地面や壁面に乱反射している。
大きな湖の淵には、見たことの無い小さな花が、ふたつ根を下ろしていた。
黒色の茎を持つ花の蕾と、白色の茎を持つ花の蕾だ。
ユナは知らなかった。
それらが最強神の尾に咲く花、開陽《ミザール》であるということを。
その花からは、白と黒の巨大な龍が回り出す様子がユナには想像出来た。
「…………これは」
ユナが止める間もなく、大地がいきなり彼女の手を離し、白い茎の方の花につかつかと近づき、摘み取ろうと手を伸ばした。
「大地!」
それに触ってはダメ!
ユナの言葉は空を切り、大地はその花に触れる…………はずだった。
だが。
花は大地の手をすり抜け、触れることは叶わなかった。