桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
明蓮夢国の証明
大きくて澄んだ青い湖のほとりでは、二つの花の蕾が神々しく輝いている。
飴細工達は花の周りをクルクルと回り、楽しそうに踊りながら歌い出した。
「この花、見たことないでしょ?!」
「この花、すっごく素敵でしょ?!」
「この花、すっごく奇妙でしょ?!」
「この花、見ていたいでしょ?!」
「この花を、知りたいでしょ?!」
「この花に、触れたいでしょ?!」
「この花、とても香るでしょ?!」
「この花、離れがたいでしょ?!」
「この花、食べてみたいでしょ?!」
「この花と、関わりたいでしょ?!」
飴細工達の歌声が大きくなればなるほど、奇妙な感覚が広がってゆく。
ユナは急に誰かの視線を感じて、パッと後ろを振り返った。
見知らぬ二人の男が、背後からこちらをじっと見つめている。
「キャッ!」
いきなり現れた彼らにユナは驚き、大きな叫び声をあげた。
「その少年は、重い病気に違いありませんね」
最初に声をかけて来たのは、白い神官帽を被った背の高い男だった。
「誰? あなた達!」
先ほどまで温かな湯気のようだった空気が、凍りつくように冷えていく。
「その花は、決まった時間にしか咲かないのですね。食べたくても、そうはいきませんね。でも食べなければ、この少年はもう長くはありませんね。そうですよね、証明様」
白い神官帽の男の言葉に、証明様と呼ばれた赤いローブを羽織った背の低い強面の男が頷き、大地を指さしながらこう言った。
「枯渇しきっている。その少年は」
「…………枯渇?」
ユナは少々呆れながら聞き返した。
枯渇とは?
どういう症状なのだろう。
この二人は一体何の目的で、いきなりこの場に現れたのだろうか。
大地が重い病気だとか。
枯渇しているとか。
人の不安を煽るようなことばかり…………
大地は相変わらず、虚ろな視線でただ一点を見つめている。
「このままでは死を迎える。何もしなければ少年の枯渇は、永久に治らない。二つの花のエキスを混ぜたこの薬を早く、早く、飲ませないと」
神々しい輝きを放つ二つの花を指さし、赤いローブの男がカタコトで「早く、早く、」とブツブツ言っている。
「その花のエキスを与えてやってもいい。ここに持っている」
赤いローブの男は、青くて綺麗な小瓶をポケットから取り出して、ユナに見せた。
「このお方は、枯渇証明様であらせられます。あなたはこの少年の保護者ですかな? 全てのお悩みは、このお方にご相談なさると良いですね」
白い神官帽の男は、赤いローブの男を恭しい仕草で指し示しながら彼を紹介した。
小瓶を持った背の低い男が、枯渇証明という名のようだ。
「証明様は、医師の血統を代々引き継ぐ、明蓮夢国王家の血を引く高貴なるお方。必ずやその少年の病気を、治して下さることでしょうね」
「…………そうなのですか。では、あなたの名は?」
ユナの問いに、神官帽の男は嬉しそうに返事をした。
「私の名はクーズル・ゲース。明蓮夢国王に仕える神官ですね」
「……明蓮夢国、聞いたことがあるわ。湖の奥に存在する国ね」
明蓮夢国は神々の間でも、実在しているかしていないかが、謎とされている。
その昔、暇を持て余して発狂しそうになった一体の神が、自身の暇つぶしのために作った神話的物語があるそうで、そのお話に出て来るだけの国なのでは無いかとも、広く噂されている。
そんな国から来たという男達の話など、すぐに信用するわけにはいかない、とユナは思った。
しかし表向きは、二人の言葉に耳を傾ける素振りを見せた。
「そうですか。ではこの二つの花の正体とは、一体何なのでしょう」
「…………」
「…………」
二人の男は目で合図を送り合い、一瞬首を傾げたのち、ユナに向き直ってこう答えた。
「万能薬を生み出してくれる、いい金ヅ…………いえ、尊い力の源です」
「…………へえ」
ユナは、この二人の様子に不信感を抱いた。
10体の飴細工は二人をきつく睨みつけ、警戒感をあらわにしている。
大地はぐったりとしながら、少しだけ目を開けた状態で地面に横たわっている。
「その二つの花は『決められた時間』にエキスを採取しなけらばなりません。ですがこちらの枯渇証明様は、既にこの花のエキスを採取しており、どんな病気でも治す万能薬を見事作られました。これは信じるに値する情報です」
ユナは証明と呼ばれた男が持つ、青く美しい小瓶に入った薬をじっと見つめた。
「この瓶に、この二つの花のエキスが入っていると仰りたいの?」
「はい。これは万能薬です。その少年に飲ませれば、重度な枯渇病でも全快いたしますね。今回、素敵なご縁でお知り合いになれたのです。特別にタダでお譲りいたしますね。そのかわり……そちらの飴細工を全て、いただけないでしょうかね」
「何ですって?」
「はい。ですから我々、そちらの飴細工がすごく欲しいのですね。いえ、なにも、今すぐに、というわけではありませんし、全員が無理でしたら、今回だけ特別に、半分の5体だけで手を打ちますよ、ね? 証明様。彼ら、ちょっと見ただけでも美しいし、元気で、素直で、賢そうではありませんか。5体手に入るだけでも有難いです」
ユナは徐々に気分が悪くなってきた。
「この飴細工達はお譲り出来ません」
彼らの話を聞くふりなど、するべきでは無かったのかも知れない。
「じゃ3体だけ! 3体だけでも別に構いません!」
「申し訳ありませんがお引き取り下さい」
このクーズルという男、どうしてこちらがこの妙な交渉に乗ると、決めてかかったような言い方をしてくるのだろう?
「…………じゃ、こうしましょう。1体で手を打ちます。もうこれってほとんど、タダで薬をお譲りすると言っているようなものですよ? ね? 証明様」
証明はクーズルの言葉に、深く頷いている。
何なんだろう、この男達は。
これがまともな交渉であり、上手く成立するとでも思っているのだろうか。
「では彼が枯渇病という病だということを、証明するものはありますか?」
「え?」
ユナは枯渇証明の方に視線を向けて、こう続けた。
「では質問を変えます。あなたが明蓮夢国王家の血を引く医師だということを、証明できるものは何かございますか?」
「…………ぶ、無礼な!」
クーズルと証明は顔色を変えた。
「私と交渉するにはまず、明蓮夢という国が実在することを証明できるものを、お見せいただかなければなりません。それを確認出来ない限りは、あなた達を信用するわけにはまいりませんし。第一、この可愛らしい飴細工達を手放すなど、私には思いもよらないことなのです」
飴細工達はこのユナの言葉を聞くと頬を赤く染め、嬉しそうに微笑み合った。
「その少年がどうなってもいいと言うのですか? あなたはこのままで良いとお思いなのですか?」
「それとこれとは、話が全く違います」
クーズルは徐々に本性を現し始め、見下した顔つきに変貌しながら、吐き出すようにユナに言った。
「愚かですね…………。ほうら御覧なさい。大きくて澄んだ青い湖の中に、青いドーム型の屋根を持つ巨大な城と、その城下街が広がっているではありませんかね!」
ユナはその時、クーズルが小さな動作で杖を一振りするのを見逃さなかった。
飴細工達はガヤガヤと声を上げつつ、ユナと共に青い湖の底を覗き込んだ。
「この湖の底に広がって見える国こそが、明蓮夢国です」
ユナの目にはおぼろではあるが、城や国のような何かが見てとれる。
でも、ユラユラと揺蕩っているその国の情景は、恐ろしく不確かで曖昧だ。
「あの国がまやかしなどでは無い、と証明できるものは?」
ユナの言葉に、クーズルと証明はふたたび彼女を睨みつけた。
「明蓮夢国と証明様をそれほどまでに侮辱し、お疑いになるのは何故です?」
「侮辱などしておりません。ですが、疑うな、というのは無理です。事実を証明出来ないのは、嘘つきだという事の証明になるのではありませんか?」
ユナがそう言い終わるか終わらないかのうちに、飴細工の少年や少女たちがクーズルが持っていた青い小瓶を奪い取った。
「あ! コラッ!」
飴細工達は小瓶の蓋をポンと開けて匂いを嗅ぎ、口々に騒ぎ立てた。
「お母様、騙されちゃダメ! この薬、ニセモノだよ!」
「お母様、この薬、花の香りなどまるでしません」
「お母様! 湖に潜って全部探してみたけど、街なんか無かったわ!」
「お母様! 彼は病気なんかじゃない。とても疲れてるだけなんだよ」
「お母様! この花たちに『決められた時間』なんて、存在しないよ」
「お母様。この方々は嘘つきです!」
「お母様、この花たちに嘘つきが、触れられるわけがありません」
「お母様、この小瓶に花のエキスなんて一滴も、入っていないよ」
「おかあさま~、これ……飲むと眠くなるだけの水だよ、フワ~お………」
「おかーさま……こんなの飲んでも、どうにもならないよー…………」
ユナはこんな飴細工達が、愛おしくてたまらなくなった。
彼らはユナや大地のために、頭と体を使って証明して見せてくれたのである。
クーズルと枯渇証明が、ただのインチキだということを。
飴細工達は花の周りをクルクルと回り、楽しそうに踊りながら歌い出した。
「この花、見たことないでしょ?!」
「この花、すっごく素敵でしょ?!」
「この花、すっごく奇妙でしょ?!」
「この花、見ていたいでしょ?!」
「この花を、知りたいでしょ?!」
「この花に、触れたいでしょ?!」
「この花、とても香るでしょ?!」
「この花、離れがたいでしょ?!」
「この花、食べてみたいでしょ?!」
「この花と、関わりたいでしょ?!」
飴細工達の歌声が大きくなればなるほど、奇妙な感覚が広がってゆく。
ユナは急に誰かの視線を感じて、パッと後ろを振り返った。
見知らぬ二人の男が、背後からこちらをじっと見つめている。
「キャッ!」
いきなり現れた彼らにユナは驚き、大きな叫び声をあげた。
「その少年は、重い病気に違いありませんね」
最初に声をかけて来たのは、白い神官帽を被った背の高い男だった。
「誰? あなた達!」
先ほどまで温かな湯気のようだった空気が、凍りつくように冷えていく。
「その花は、決まった時間にしか咲かないのですね。食べたくても、そうはいきませんね。でも食べなければ、この少年はもう長くはありませんね。そうですよね、証明様」
白い神官帽の男の言葉に、証明様と呼ばれた赤いローブを羽織った背の低い強面の男が頷き、大地を指さしながらこう言った。
「枯渇しきっている。その少年は」
「…………枯渇?」
ユナは少々呆れながら聞き返した。
枯渇とは?
どういう症状なのだろう。
この二人は一体何の目的で、いきなりこの場に現れたのだろうか。
大地が重い病気だとか。
枯渇しているとか。
人の不安を煽るようなことばかり…………
大地は相変わらず、虚ろな視線でただ一点を見つめている。
「このままでは死を迎える。何もしなければ少年の枯渇は、永久に治らない。二つの花のエキスを混ぜたこの薬を早く、早く、飲ませないと」
神々しい輝きを放つ二つの花を指さし、赤いローブの男がカタコトで「早く、早く、」とブツブツ言っている。
「その花のエキスを与えてやってもいい。ここに持っている」
赤いローブの男は、青くて綺麗な小瓶をポケットから取り出して、ユナに見せた。
「このお方は、枯渇証明様であらせられます。あなたはこの少年の保護者ですかな? 全てのお悩みは、このお方にご相談なさると良いですね」
白い神官帽の男は、赤いローブの男を恭しい仕草で指し示しながら彼を紹介した。
小瓶を持った背の低い男が、枯渇証明という名のようだ。
「証明様は、医師の血統を代々引き継ぐ、明蓮夢国王家の血を引く高貴なるお方。必ずやその少年の病気を、治して下さることでしょうね」
「…………そうなのですか。では、あなたの名は?」
ユナの問いに、神官帽の男は嬉しそうに返事をした。
「私の名はクーズル・ゲース。明蓮夢国王に仕える神官ですね」
「……明蓮夢国、聞いたことがあるわ。湖の奥に存在する国ね」
明蓮夢国は神々の間でも、実在しているかしていないかが、謎とされている。
その昔、暇を持て余して発狂しそうになった一体の神が、自身の暇つぶしのために作った神話的物語があるそうで、そのお話に出て来るだけの国なのでは無いかとも、広く噂されている。
そんな国から来たという男達の話など、すぐに信用するわけにはいかない、とユナは思った。
しかし表向きは、二人の言葉に耳を傾ける素振りを見せた。
「そうですか。ではこの二つの花の正体とは、一体何なのでしょう」
「…………」
「…………」
二人の男は目で合図を送り合い、一瞬首を傾げたのち、ユナに向き直ってこう答えた。
「万能薬を生み出してくれる、いい金ヅ…………いえ、尊い力の源です」
「…………へえ」
ユナは、この二人の様子に不信感を抱いた。
10体の飴細工は二人をきつく睨みつけ、警戒感をあらわにしている。
大地はぐったりとしながら、少しだけ目を開けた状態で地面に横たわっている。
「その二つの花は『決められた時間』にエキスを採取しなけらばなりません。ですがこちらの枯渇証明様は、既にこの花のエキスを採取しており、どんな病気でも治す万能薬を見事作られました。これは信じるに値する情報です」
ユナは証明と呼ばれた男が持つ、青く美しい小瓶に入った薬をじっと見つめた。
「この瓶に、この二つの花のエキスが入っていると仰りたいの?」
「はい。これは万能薬です。その少年に飲ませれば、重度な枯渇病でも全快いたしますね。今回、素敵なご縁でお知り合いになれたのです。特別にタダでお譲りいたしますね。そのかわり……そちらの飴細工を全て、いただけないでしょうかね」
「何ですって?」
「はい。ですから我々、そちらの飴細工がすごく欲しいのですね。いえ、なにも、今すぐに、というわけではありませんし、全員が無理でしたら、今回だけ特別に、半分の5体だけで手を打ちますよ、ね? 証明様。彼ら、ちょっと見ただけでも美しいし、元気で、素直で、賢そうではありませんか。5体手に入るだけでも有難いです」
ユナは徐々に気分が悪くなってきた。
「この飴細工達はお譲り出来ません」
彼らの話を聞くふりなど、するべきでは無かったのかも知れない。
「じゃ3体だけ! 3体だけでも別に構いません!」
「申し訳ありませんがお引き取り下さい」
このクーズルという男、どうしてこちらがこの妙な交渉に乗ると、決めてかかったような言い方をしてくるのだろう?
「…………じゃ、こうしましょう。1体で手を打ちます。もうこれってほとんど、タダで薬をお譲りすると言っているようなものですよ? ね? 証明様」
証明はクーズルの言葉に、深く頷いている。
何なんだろう、この男達は。
これがまともな交渉であり、上手く成立するとでも思っているのだろうか。
「では彼が枯渇病という病だということを、証明するものはありますか?」
「え?」
ユナは枯渇証明の方に視線を向けて、こう続けた。
「では質問を変えます。あなたが明蓮夢国王家の血を引く医師だということを、証明できるものは何かございますか?」
「…………ぶ、無礼な!」
クーズルと証明は顔色を変えた。
「私と交渉するにはまず、明蓮夢という国が実在することを証明できるものを、お見せいただかなければなりません。それを確認出来ない限りは、あなた達を信用するわけにはまいりませんし。第一、この可愛らしい飴細工達を手放すなど、私には思いもよらないことなのです」
飴細工達はこのユナの言葉を聞くと頬を赤く染め、嬉しそうに微笑み合った。
「その少年がどうなってもいいと言うのですか? あなたはこのままで良いとお思いなのですか?」
「それとこれとは、話が全く違います」
クーズルは徐々に本性を現し始め、見下した顔つきに変貌しながら、吐き出すようにユナに言った。
「愚かですね…………。ほうら御覧なさい。大きくて澄んだ青い湖の中に、青いドーム型の屋根を持つ巨大な城と、その城下街が広がっているではありませんかね!」
ユナはその時、クーズルが小さな動作で杖を一振りするのを見逃さなかった。
飴細工達はガヤガヤと声を上げつつ、ユナと共に青い湖の底を覗き込んだ。
「この湖の底に広がって見える国こそが、明蓮夢国です」
ユナの目にはおぼろではあるが、城や国のような何かが見てとれる。
でも、ユラユラと揺蕩っているその国の情景は、恐ろしく不確かで曖昧だ。
「あの国がまやかしなどでは無い、と証明できるものは?」
ユナの言葉に、クーズルと証明はふたたび彼女を睨みつけた。
「明蓮夢国と証明様をそれほどまでに侮辱し、お疑いになるのは何故です?」
「侮辱などしておりません。ですが、疑うな、というのは無理です。事実を証明出来ないのは、嘘つきだという事の証明になるのではありませんか?」
ユナがそう言い終わるか終わらないかのうちに、飴細工の少年や少女たちがクーズルが持っていた青い小瓶を奪い取った。
「あ! コラッ!」
飴細工達は小瓶の蓋をポンと開けて匂いを嗅ぎ、口々に騒ぎ立てた。
「お母様、騙されちゃダメ! この薬、ニセモノだよ!」
「お母様、この薬、花の香りなどまるでしません」
「お母様! 湖に潜って全部探してみたけど、街なんか無かったわ!」
「お母様! 彼は病気なんかじゃない。とても疲れてるだけなんだよ」
「お母様! この花たちに『決められた時間』なんて、存在しないよ」
「お母様。この方々は嘘つきです!」
「お母様、この花たちに嘘つきが、触れられるわけがありません」
「お母様、この小瓶に花のエキスなんて一滴も、入っていないよ」
「おかあさま~、これ……飲むと眠くなるだけの水だよ、フワ~お………」
「おかーさま……こんなの飲んでも、どうにもならないよー…………」
ユナはこんな飴細工達が、愛おしくてたまらなくなった。
彼らはユナや大地のために、頭と体を使って証明して見せてくれたのである。
クーズルと枯渇証明が、ただのインチキだということを。