桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

鳥籠の中の黒龍

 ピィーッ!
  
 ジンが口笛を吹くと、上空から黒いカラスが4体、どこからともなく翼をはためかせながら姿を現した。

「探り袋を」

「はい、ジン様!」

「?」

 シュンは驚いて、ジンを見た。

 探り袋とはつい先ほど、シュンを助けるためにジンが10クワンで買った、中身の正体が明らかになる透明な袋の事である。

 もしかしてジンは深名斗(ミナト)を、あの袋に入れようとしている?

 当の深名斗は何が起こるかわかっておらず、いつもの涼しい顔をしている。

 俊敏な動きのカラス達が深名斗めがけて、上空から大きくて透明な風呂敷状の何かをピュッと投げつけた。

「!」

 彼らの素早さに全く反応できず、弱体化している深名斗は一瞬のうちに、探り袋の中へ入れられた。

「……おい、僕は最強神だぞ。一体どうするつもりだ」

 深名斗の体はみるみるうちに、ジンの小指くらいの大きさにあたる、小さな小さな黒龍の姿へと変わってゆく。

「────ほう」

 深名斗の言葉に、ジンが反応を示した。

 ミニチュア黒龍は目を見開いたまま袋の中で、大人しくジンを睨みつけている。

「あなたが最強神? 本当に? ひどく弱っておられるようですが」

 ジンは怜悧な印象を受ける、鋭い微笑みを浮かべた。

「くっくっくっ…………これは傑作です。やっと出会えた最強神が、これほど愚かな少年だったとは…………!」

 シュンはいきなり笑い出したジンを見て、狂気のような何かを感じてぞっとした。

「どうするもこうするも…………。私は、言い伝えの通りにするしかありません」

「お前は何者だ?」

 深名斗に聞かれ、少し自嘲気味にジンは笑った。

「螺旋城に金で雇われ、彼らのかわりに時を狩る仕事を与えられた、『狼の霊獣』の末裔です」

「狼が、時を、狩る?」

「誰かから何かを奪うのは、狼の十八番(おはこ)ですから」

 小さな黒龍になった深名斗は、何の変哲もないドーム状の屋根を持つ、鉄製の鳥籠の中へ入れられた。

 最強神は威嚇するように、鳥籠の中で翼を大きく広げて見せた。

「時の神が自分の仕事を投げ出して、畑違いも同然の狼やカラスを雇い、自分にしか出来ない仕事をやらせていたというのか! だとしたら…………掟破りでは無いか」

 ジンは嘲笑うように首を傾げた。

「誰が、何の掟を破ったと仰るのです? 時間を大切に管理する神など今はもう、どこにも存在しません。我々狼は、この螺旋城がどうなろうと、この時間がどう穢されようと、生きてさえいければ一向に構わない」

 シュンの目にはジンの表情が、苦痛で歪んでいるように映った。

「我々もかつては、誇り高く生きて来ました。だが腐りきった螺旋城は、必死に生きている者達に、何の施しもしてくれません。自由も、金も、力も全て、ただ城に搾取され、誰も彼もがボロボロになって死んでゆくのみです。小さな子供が。老いた老人が。か弱きものたちが。たとえ重い病気になろうが、殺されようが、誰も手を差し伸べてなどくれません」

 鳥籠の中で深名斗は冷静さを取り戻し、ジンの話に聞き入っていた。

「馬鹿げた世界の終末を、この目で見届ける。そのために私は、螺旋城におります」

「終末…………か」

「最強神・深名斗様。あなたはこの籠の中で大人しく、対となる白龍が来るまでお待ち下さい。二つの花はその時に、ちゃんとお返しいたしましょう。それが我々に課せられた、ただ一つの決まりなのですから」

「待つのは無理だ」

 深名斗は呆れたようにため息をつき、鳥籠の中でクルンと丸くなった。

深名孤(ミナコ)がここに来るわけが無いではないか。僕はあの女と反転し、いつまでも会えぬ運命なのだからな。奴と僕が同時にこの場で姿を現すなど、不可能だ」

 声色こそ静かだが、深名斗が激しく動揺しているのがシュンには見て取れる。

 その証拠に深名斗は、どす黒い液体に変化したり、臭い黒煙に変化したり、闇夜のごとく変化したり、気味の悪い音を立てたり…………せわしなく見た目を変化させている。

 しばらくすると深名斗は、黒くて小さな龍の姿に戻り、体を小さく丸め、疲れ果てたように眠りに落ちた。



















 騒動が落ち着いた後、シュンは城の台所へと案内され、ようやく食事をさせてもらえる事になった。

「召使用のまかない(・・・・)です。お口に合うと良いのですが」

 まかないとは思えないほど豪勢な肉や野菜が、次々と振る舞われる。

「…………ありがとうございます」

 無我夢中で食事を口に入れ、ようやく頭と体が働くようになってきたシュンは、斜め向かいの椅子に座るジンの顔をじっと見つめた。

「…………どうしました?」

「いいんですか? あの…………」

 ナイフとフォークを動かしながら、シュンは無造作に台所の壁面に吊るされた鳥籠をチラッと見た。

 中で深名斗は、相変わらずスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てている。

 白龍神が守る地で生まれ育ったので、本物の黒龍神を見たのは初めてである。

 ただ見ているだけだと、美しくて可愛らしい黒龍なのだが。

 彼の背には大きな翼が畳まれており、鱗に覆われた体は黒く艶やかで、何もかもを破壊し尽くせる立派な鋭い爪と牙を隠し持っている。

 弱体化の状態が治って巨大化すればおそらく、ほんの少しの力を使うだけで自由自在に空を飛べるのだろう。

 本来、鳥籠の中に丸まっているような、大人しいドラゴンでは無い。

「食事の方が大切です。あのままでは、あなたは命を落としていた」

「はい。確かにそうですね」

 もし、今ここで食事を与えられ無かったら、シュンは本当に空腹のせいで、命が危なかったかも知れない。

 両腕で頬杖をつきながら、ジンがふいに、先ほどの続きを話し出した。

「螺旋城の古い言い伝えにある通りでした。『いつか花を取り戻しに来るものあり』と」

 シュンはモグモグと口を動かしつつ、ジンを仰ぎ見た。

「…………花とは? 先ほどの、門番が言っていた?」

 落ち着き払っていたジンだが、今は少しそわそわしているように見える。

「…………ええ。おそらく」

 何の花なのだろう?

 シュンは怖くなり、どうしてもそれ以上、ジンに花の事を尋ねられなかった。

「あれは嘘では無くて……彼は……本物の最強神なのですか? だとしたら、このままでは…………」

「こんな事をして、ただでは済まされないでしょうね。でも、とっくに死は覚悟の上です」

 ジンの言葉には、深名斗やこの世界に対する、怒気と殺気が込められている。

「許されることと、許されないことがある。彼が本物の、黒龍側の最強神だというのなら、自分のしでかした悪事の重みを嫌というほど、思い知るべきです」

 当の深名斗は無関心を決め込んだように、鳥籠で寝息を立てている。

「こうするより他に、方法がありません。勝手に螺旋城の奥深くへ入って花を探されたり、マユラン様に会われたりしては、とても困りますから」

「……マユラン様」

「ええ。女王ユナ様の、たったひとつの忘れ形見です。ご挨拶なさいますか?」

 最後に残った肉をごくりと飲み込み、シュンは少しだけ後悔した。

「…………はい」


 会話に夢中になるあまり、途中から食事の美味しさを完全に忘れていた。


 勿体ないことをしてしまった。

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