桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

作り上げる世界

 白い鳳凰姿の爽が天空から見下ろすと、螺旋城をすぐに確認する事が出来た。

「ッ見えた…………ぐわっ!」

 予想以上に風が強く襲いかかって来て、翼を動かすことが出来ない。

 ずっと使用していなかった翼だったせいか、上手く前進出来ないでいる。

 視界がぼんやりと霞み、今見えたはずの螺旋城の時代が、さっぱりわからない。

 崩壊…………寸前か?

 それとも、崩壊した後?

 潔く龍宮の穴から飛び降りてみたのは良いものの、予想外の強烈な風圧に負けて、爽の方があっけなく飛ばされてしまう。
 
 人間世界は、異端や新しいものを受け入れたくないという思念で満ち溢れている。

 風が発生する原因は、人間世界が必死で、時間という名の魔物に抗っているからなのだろうか?
 

「おい! 我が名は時の神・爽だ。壊れた世界を直しに来たぞ!」


 暴風は爽の声を聞いたかのように、ピタッと一瞬で静まり返った。


 …………まさか名乗りが効くとは、思わなかった。


 だが。何とか飛翔は出来るようになったものの、問題はここからだ。


天枢(ドゥーベ)


 術式を発した途端、今度は体中に強烈な電気が走ったような感覚に陥ってゆく。


 バチバチッ!


 バチバチッ!


「イデデデデッ!!」


 その電流は爽の体全体を包み、ジワジワと縛り上げる。

 これでは、天枢で世界を見渡すどころの話ではない。

 ついに身動きが出来なくなり、爽はヨロヨロと急降下していった。


「うわあああああああああああー-----っ!!!」


 まさに地面へ直撃する寸前。


 ────ガシッ!


 誰かが爽を、柔らかい何かで守ってくれた。


『ダイジョブですかー? ソウ様ー』

 守ってくれたのは、白い泡だ。

 フワッフワで大きな……

 この能天気な声は確か……


「泡の神ウタカタ?!」


『うんっ』


 ウタカタは、かるーく頷いた。

「お前、起きたのか」

『うんっ! オカゲさまでー』

 ウタカタは少女の姿に変身しており、人間世界まで伸びていたはずの七色の橋は、すっかりどこかへと消えてしまっている。

 彼女がいなければ、爽はあやうく地面に直撃する所だったろう。

「助かったよ。ありがとう」

 今思えば、安全な橋を使わせてもらえなかった事が、ひどく残念だ。

『ソウ様、これ以上こんな所をウロウロしてたら、危ないですよー!』

 白龍側が守る人間の世界へ、深名斗の命により勝手に侵入したウタカタ。

「どうして?」

 フワフワの泡で包まれた状態で、爽はウタカタに質問した。

『クナ君の扉工房でさっき、黒天枢(クスドゥーベ)が起こったから。大変危険ですー』

「それは知ってる。だから来たんだ」

 神々の彼女への裁きはまだ始まっておらず、そのおかげで命拾いした。

『ソウ様が、何で?』

 まさか自分がウタカタに礼を言う事になろうとは、夢にも思わなかった。

「うん。簡単に言うと、責任を感じたから、かな」

 爽はウタカタをじっと見た。

『何ですかー?』

「…………お前は覚えてるか? 人間の世界で、螺旋城が生まれた時の事を」

『覚えてますー! ソウ様が余計な事をしたから、世界が全部狂っちゃったんです』

「…………ハァ」

 忘れていてほしい事は、良く覚えてるものなんだな。


 白い泡で包まれながら、爽は深いため息をついた。





 











 

 爽が、まだ丈夫な翼をはためかせていた少年時代の頃のこと。

 深名とウタカタと爽は、幼馴染だった。

 ウタカタは爽や深名と比べると、かなり小さな子供ではあったのだが。

 今でこそ最強神と恐れられているが、深名斗と深名孤が同じ生き物だった時の小さな『深名』は、いたって普通に育った、ただの子供だったのである。

 幼かった深名は、いつもは美しいヒトの姿をしていたけれど、左半身が白いドラゴン、右半身が黒いドラゴンの姿にもなれた。

 前例が無いその姿は、神々の目からも大変奇妙に映ったため、初対面の神々からはチラチラと二度見されるありさまだった。

 本人は平然としながら、ウタカタや爽と一緒の学校、一緒の教室に毎日通っていた。


「さあー。誰でも気軽に遊べる『生き物の世界』を、作ってきてくださいね!」

 夏休みの前日。

 担任のモナ先生がにっこり笑い、教卓から生徒たちに声をかけた。

 『新しい生物を作ろう!』というタイトルのこの宿題は、目新しくて楽しそうだったので、子供達は早速その作業に夢中になって取り組み始めた。

 何事も、経験が大切。

 失敗した生き物は、作った本人が食べてしまえばいいわけだから、全く問題ない。

 いい生き物が出来上がるまで何度でも、一から作り直せばいい。

 夏休みの間じゅう、子供達は色々な方法を使って新しい生き物を作っていた。

 だが爽には、この宿題があまり楽しく感じられ無かった。

 いきなり突拍子も無い動きを始めてしまう生き物が、爽はどうしても好きになれなかったのである。

 規則正しい動きをするモノの方が、はるかに好きだった。

 面倒臭がりのウタカタは、小さな昆虫っぽい生き物が二体見つかったので、問答無用に交配させて新種の生き物を無理やり誕生させ、サッサと別の宿題に取り掛かっていた。

 爽はそんな彼女を、羨ましく思っていた。

 とある日の午後。

 家に帰る途中だった爽がふと近所の広場を見ると、大きな石に座って俯きながらぼんやりしている深名を見かけた。

 偶然通りかかったウタカタが、深名に声をかけている。

「どうしたのー? 深名ちゃん」

「…………あ。ウタカタと、爽か」

 深名は変わった神で、昼は女の子、夜は男の子になる、不思議な生き物だった。

「生き物を作る宿題が、全っ然うまく行かない」

 今は昼だから、深名は女の子である。

「どこまで進んだのー?」

「完成寸前まで。もう4度もやってるのに、シュッて死んじゃう。見てみる?」

「うん!」

 深名はウタカタと爽に、小さくて青く透き通った水色の球を見せた。

 ぽつん。

 ぽつん。

 深名が水色の球に青い液体を垂らした途端、中に映っていた生き物が動き出す。

「わぁー。すごーい!」

 ウタカタは、興奮しながら叫んだ。

 神々そっくりな容姿。

 大人、子供、老人、男性、女性……多種多様な生き物が蠢いている。

 青い空。

 広い海。

 豊かな大地。

 世界はほぼ完成に近い。

 ────すごい!

 爽も目をまるくした。
 
「深名ちゃん! これは恐らくモーベル賞ものの、大大大発明だよっ!」

 確かに。まずは先生達が腰を抜かして、大騒ぎになるに違いない。

 深名は神々の間では英雄と祀られ、この先は一躍、有名神になる可能性もある。

 こんな世界を作れる神がいるなど、誰も見たことも聞いたことも無いだろうから。

 子供の身でありながら、深名はとんでも無いモノを作り上げてしまったのである。

「これ……なんていう生き物?」

人間(ニンゲン)

 神々と同じ、二足歩行の生き物。

 覗いた瞬間は動いていたが、気力が無くなってすぐに、動かなくなってしまう。

「────あ」

「ほらね? すぐ死んじゃうんだ」

「どうしてだろう?」

 ウタカタと爽は水色の玉を覗き込み、首を傾げた。

「原因、わかる? 爽」

「うーん……この球の中の世界には、『時間』が存在しないからなんじゃない?」

 時間は、生きていく上での指針となる。

 目安にもなる。

 時間を意識しながら行動すれば、大きな目標を持って動けるようになる。

 深名が作る世界には『時間』という概念が必要なのかも知れない、と爽は思った。

 まだ『時の神』になる以前の幼い爽だったが、この事象には並々ならぬ興味がる。

 つい身を乗り出し、深名の宿題の中へと深く、のめり込んでしまった。

「時間なんて、作れないよ」

 泣きそうになりながら深名が言うと、誇らしげに爽は言った。

「僕なら作れる」

「へえ。じゃ、試しに君が、この世界に『時間』を埋め込んでみてよ」

「えっ? いいけど……でも、そんな事したらこれ……君だけの宿題じゃ無くなっちゃうじゃないか」

「いいでしょ、別に。君と私の共同で作った宿題って事にすれば。これが完成したら先生達だってきっと、褒めてくれるよ」

「本当? やった!」

 深名の言葉に、爽はジャンプしながら嬉しさを表現した。

 これで面倒な夏休みの宿題を、一人で悶々としながらやらなくて済む。

 願ったり叶ったりだ。

 だがこの生き物について、自分も良く知っておかなければ。

 深名が作り上げたこの世界に『時間』を埋め込むことは、不可能な事じゃない。

 でも、ひとつ問題がある。

「『時間』を使うためには、生き物が『回転する魂』を持たなきゃならないんだ」

「回転、する魂?」

「そう。今の深名がしっぽにつけてる花みたいなものをね」

「…………?」

 ウタカタが深名のズボンから飛び出している、尾に咲く二つの花を指さした。

「これのことー?」

 ズボンの穴からは魂の花が白と黒、美しく咲いた状態で顔を出している。

 二つの花はひっきりなしに、追いかけ合うようにクルクルと回っている。

「うん。それ」

 爽は頷いた。

「『時間』を上手く使って独自のルールを守れれば、生存率が上がるんだ」

 魂を持たない生き物に、『時間』は干渉できない。

 逆に。魂に強く囚われてる生き物に、余分な『時間』を与えても無駄だ。

「……さっぱり意味わかんない」

 考えるのが嫌いなウタカタと深名は、目を見合わせた。

「つまりね、死なない『魂』から生きるためのエネルギーをもらわないと、彼らは『時間』の存在を受け入れないんだよ。多分だけど」

 爽は、深名が作った世界を指さした。

「とにかく、花を埋めればいいの?」

「あくまでも、例えばの話だよ」

「…………どのへんに埋めればいい?」

 爽は水晶球の中を覗きながら、深名の問いに答えた。

「うーん…………そうだなぁ。ここなんか、どう?」

 爽は、青く澄んだ、美しい湖がある場所を指さした。

「なるほど」

 ここに魂を植えて、その上に綺麗な城を建てればいいのか。

 そして『時の王』を作り上げ、この世界を守らせる。

「魂の花さえ根付かせれば…………」


 この世界も人間達もちゃんと、動き出すはずだ。


 三体は微笑み、頷き合った。




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