桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
紫蓮灯(ムーレント)の覚書
この世で一番狂っているのは、自分自身だ。
遠い昔から、爽はそんな風に感じていた。
風が落ち着き、再び空を鳳凰の翼で飛べるようになったのには驚いた。
白い泡で助けてくれた、ウタカタのおかげである。
まず礼を言ってから、爽は彼女にこう尋ねた。
「…………お前は覚えてるか? 人間の世界で、螺旋城が生まれた時の事を」
『覚えてますー! ソウ様が余計な事をしたから…………』
……余計な事?
『人間世界が最初から全部、狂っちゃったんです』
……何の話だ?
『ソウ様が魂の花を植える前に、螺旋城を建てたりしたからー』
「…………ハァ」
忘れていてほしい事は、本当に良く覚えているものなんだな。
「お前は、深名がまた反転したことを知っていたか?」
『え?! ウッソー!! また反転したの? ミナ様』
「うん」
『んじゃ今、こっち(人間世界)にいるのってあの、狂ったミナ様の方?』
「そう。深名斗の方だ」
ウタカタは一瞬ぽかんとしたがすぐに、大声で笑い出した。
『いやっほうー------!!!! こ・れ・で!!! アタシらが高天原に呼ばれて殺される心配は、無くなったというわけかー-------------!!!』
んじゃさ、もう、こっちと高天原に通じる穴塞いじゃえばいいじゃん?
そう言いかけて、ふと思い出し、ウタカタは悲しくなった。
そんな事をしたら、せっかく友達になった結月と永遠に会えなくなってしまう。
そんなのは嫌だ。
「いや、ウタカタ、待て待て。これは高天原にとっても危機なんだ」
爽は自分が人間世界に来た経緯を、ウタカタに説明した。
久遠の息子・大地が放った黒天枢がどこかの時代の螺旋城を粉々に破壊し、世界全体に、何らかの影響を及ぼしている事を。
『ん? 黒天枢? それってー食べ物? 美味しそうな名前だね』
「多分、ちっとも美味しくない。食らったらみんな死ぬ」
『えー…………』
食べるのと寝るのが大好きなウタカタは、がっかりした。
『なーんだ。美味しくないんだ黒天枢…………がっくしー』
「螺旋城に囚われた人間が一人いる。彼女の命も同時に救出したい」
爽は厳しい目で、ウタカタを睨みつけた。
「魂を喰おうとしてる場合じゃないんだぞ。わかるだろ?」
『おええええ……。もうアタシ、光ってたとしても二度と、魂は食べたくないよー』
余計な時間を早く狩って人間世界を治さないと、今は神々の世界も危ない。
────わかっている。
自分が選んだ時間だけはもう、永遠に元には戻せない。
全ては、この手で招いたことだ。
爽は自分の掌を見つめた。
人間世界から。
螺旋城から。
姫毬から。
最強神の反転から。
目を逸らして無理やり自分を納得させないと、とても生きてはいけなかった。
救い出す方法を探すことを諦め、時の歯車を動かし続け、そして……現代まで。
爽は自分のしてきた事に気づき、ぞっと身震いした。
ウタカタは、何よりも先に魂の花を根付かせれば良かったのだ、と爽を責めた。
「ミナ様が二体に分かれて、狂った方が高天原に帰っちゃったのは、ソウ様のせい」
魂の花よりも先に『時間』の方を埋めて、螺旋城……すなわち『時の王』を作ってしまったため、人間世界には猜疑心に満ち溢れた、魂を上手く機能させられない人間が、数多く生まれてしまった。
多くの者達は時に操られ過ぎて、他者とのバランスを取りながら、自身の考えを深くまで発展させる事が叶わない。
そして持っている魂を燃やす事が出来ず、不完全燃焼なまま死んでゆく。
自身の魂の形も知らぬまま。
その事は、高天原に帰って再び生き物を作る手順について学んだときに判明した。
もう、あとの祭りだ。
人間世界は、時をコントロールできる螺旋城関係者が栄華を極め、魂の存在を奥深くへと隠し、利益を得るために利用しようとするものまで現れる始末。
残った深名孤は『お人好し』がそれでも健在だったため、まず愛情を持って誰かのために尽くせる、心根のまっすぐな人間達を育てる事に尽力した。
『…………ウタカタ。どうしてお前は今回、深名斗の命令をアッサリ受け入れ、深名弧を殺そうとしたんだ。「深名」とは仲が良かったはずのお前が』
黒龍側の神にまでなり、あの破魔矢の中に入ってまでして。
爽はそれが不思議だった。
ウタカタは後悔の念に駆られたように、目に涙を浮かべ始めた。
『悪かったよー…………。アタシはあの狂ったミナ様に『クスコを殺せ!』って脅されて、ホントに殺されそうになって、命令に従うしか無くなっちゃったんだもの』
ウタカタはしゅんとなって俯き、そのうちさめざめと泣きだした。
わーん…………
わーん…………
わーん…………
『あの白いドラゴンが、ホントは人間世界から出られない、正しい方の深名ちゃんだって、薄々アタシ……気づいてた。でもクスコが死ねば、ミナ様も死ぬでしょ? アタシが殺されちゃう前に、そうなっちゃえばいいと思ったんだもの』
わーん…………
わーん…………
わーん…………
「…………泣いて済む問題か? お前は自分が助かれば、それで良かったのか?」
ウタカタは、自分が助かればそれでいいの?
いつか、自身の開陽たちにも言われた言葉。
『ううん。もう、今はそう思わない。悪い事をしちゃったって、気が付いたから』
爽は驚いた。
ウタカタの外見は同じだが、内面が見違えるほど変化したことがわかる。
あのおバカ丸出しの、あ軽いウタカタはもう、どこにもいない。
まるで本人の心の中に凛とした、強い魂を宿したかのように見える。
「……お前、これからどうする?」
『とりあえずアタシがソウ様を螺旋城へ、連れて行ってあげるー』
白い泡だったウタカタは、まず少女姿に変身し、今度はくるくると回って、大きな虹の橋の姿へと変わった。
どうやら彼女は、必死に名誉挽回しようとしているようだ。
爽は、そんなウタカタの力を借りる事にした。
「そうしてくれると助かる。視界が霞んで、時代を掴む事も出来ないんだ。螺旋城は崩壊寸前なのか、それとも崩壊した後なのか」
『ここ? 現代だよ』
「え? 本当に現代で合ってるのか? それにしては…………」
違和感がある。
あまりにも空気が、よどみすぎている。
爽はこの世界が現代であるとは、どうしても信じられ無かった。
クルクル姿を変えながら、ウタカタはエイッ!と螺旋城まで虹色の橋を伸ばした。
「天璣」
爽が天璣の光を当てると、巨大蜘蛛に似た醜い螺旋城が目の前に姿を現した。
頭上から長く伸びている、二本の奇妙な触覚がとても印象的である。
「あんな触覚、最初からあったかな? 天璣!」
爽が杖から放ったたまばゆいばかりの光は、螺旋城の上からはみ出した二本の触覚にビリッ! という音と共に当たった。
すると巨大蜘蛛は唸り声をあげ、気持ちが悪そうに体をくねらせた。
ギャーッ!!!
やがて殺虫剤でも大量に浴びせられた虫のように、螺旋城は動かなくなった。
『わぁー…………キモチ悪いねえ! 相変わらずー』
気味の悪い虹色の橋の姿になっている自分を完全に棚に上げ、『オエーッ!』と叫びながら、ウタカタは螺旋城の外観をめちゃくちゃディスっている。
やがて動かなくなった螺旋城は、その触覚から無造作に地面へと巻物を二本、ポトンと音を立てて落とした。
爽は、その二つの巻物を拾い上げた。
『紫蓮灯の覚書』と書いてある。
「紫蓮灯…………? 初代・時の王の名か」
あの、融通の利かない初代。
殺虫剤……では無くて、天璣の呪いで止まっている螺旋城の城門の中から、背筋がぴんと伸びた着物姿の女性が姿を現した。
「…………誰だ」
「お久しぶりでございます、爽様」
彼女の正体に気づいた爽は驚き、目を見開いた。
声の主は、時の一族である鳳凰の老婆、梅だったのである。
遠い昔から、爽はそんな風に感じていた。
風が落ち着き、再び空を鳳凰の翼で飛べるようになったのには驚いた。
白い泡で助けてくれた、ウタカタのおかげである。
まず礼を言ってから、爽は彼女にこう尋ねた。
「…………お前は覚えてるか? 人間の世界で、螺旋城が生まれた時の事を」
『覚えてますー! ソウ様が余計な事をしたから…………』
……余計な事?
『人間世界が最初から全部、狂っちゃったんです』
……何の話だ?
『ソウ様が魂の花を植える前に、螺旋城を建てたりしたからー』
「…………ハァ」
忘れていてほしい事は、本当に良く覚えているものなんだな。
「お前は、深名がまた反転したことを知っていたか?」
『え?! ウッソー!! また反転したの? ミナ様』
「うん」
『んじゃ今、こっち(人間世界)にいるのってあの、狂ったミナ様の方?』
「そう。深名斗の方だ」
ウタカタは一瞬ぽかんとしたがすぐに、大声で笑い出した。
『いやっほうー------!!!! こ・れ・で!!! アタシらが高天原に呼ばれて殺される心配は、無くなったというわけかー-------------!!!』
んじゃさ、もう、こっちと高天原に通じる穴塞いじゃえばいいじゃん?
そう言いかけて、ふと思い出し、ウタカタは悲しくなった。
そんな事をしたら、せっかく友達になった結月と永遠に会えなくなってしまう。
そんなのは嫌だ。
「いや、ウタカタ、待て待て。これは高天原にとっても危機なんだ」
爽は自分が人間世界に来た経緯を、ウタカタに説明した。
久遠の息子・大地が放った黒天枢がどこかの時代の螺旋城を粉々に破壊し、世界全体に、何らかの影響を及ぼしている事を。
『ん? 黒天枢? それってー食べ物? 美味しそうな名前だね』
「多分、ちっとも美味しくない。食らったらみんな死ぬ」
『えー…………』
食べるのと寝るのが大好きなウタカタは、がっかりした。
『なーんだ。美味しくないんだ黒天枢…………がっくしー』
「螺旋城に囚われた人間が一人いる。彼女の命も同時に救出したい」
爽は厳しい目で、ウタカタを睨みつけた。
「魂を喰おうとしてる場合じゃないんだぞ。わかるだろ?」
『おええええ……。もうアタシ、光ってたとしても二度と、魂は食べたくないよー』
余計な時間を早く狩って人間世界を治さないと、今は神々の世界も危ない。
────わかっている。
自分が選んだ時間だけはもう、永遠に元には戻せない。
全ては、この手で招いたことだ。
爽は自分の掌を見つめた。
人間世界から。
螺旋城から。
姫毬から。
最強神の反転から。
目を逸らして無理やり自分を納得させないと、とても生きてはいけなかった。
救い出す方法を探すことを諦め、時の歯車を動かし続け、そして……現代まで。
爽は自分のしてきた事に気づき、ぞっと身震いした。
ウタカタは、何よりも先に魂の花を根付かせれば良かったのだ、と爽を責めた。
「ミナ様が二体に分かれて、狂った方が高天原に帰っちゃったのは、ソウ様のせい」
魂の花よりも先に『時間』の方を埋めて、螺旋城……すなわち『時の王』を作ってしまったため、人間世界には猜疑心に満ち溢れた、魂を上手く機能させられない人間が、数多く生まれてしまった。
多くの者達は時に操られ過ぎて、他者とのバランスを取りながら、自身の考えを深くまで発展させる事が叶わない。
そして持っている魂を燃やす事が出来ず、不完全燃焼なまま死んでゆく。
自身の魂の形も知らぬまま。
その事は、高天原に帰って再び生き物を作る手順について学んだときに判明した。
もう、あとの祭りだ。
人間世界は、時をコントロールできる螺旋城関係者が栄華を極め、魂の存在を奥深くへと隠し、利益を得るために利用しようとするものまで現れる始末。
残った深名孤は『お人好し』がそれでも健在だったため、まず愛情を持って誰かのために尽くせる、心根のまっすぐな人間達を育てる事に尽力した。
『…………ウタカタ。どうしてお前は今回、深名斗の命令をアッサリ受け入れ、深名弧を殺そうとしたんだ。「深名」とは仲が良かったはずのお前が』
黒龍側の神にまでなり、あの破魔矢の中に入ってまでして。
爽はそれが不思議だった。
ウタカタは後悔の念に駆られたように、目に涙を浮かべ始めた。
『悪かったよー…………。アタシはあの狂ったミナ様に『クスコを殺せ!』って脅されて、ホントに殺されそうになって、命令に従うしか無くなっちゃったんだもの』
ウタカタはしゅんとなって俯き、そのうちさめざめと泣きだした。
わーん…………
わーん…………
わーん…………
『あの白いドラゴンが、ホントは人間世界から出られない、正しい方の深名ちゃんだって、薄々アタシ……気づいてた。でもクスコが死ねば、ミナ様も死ぬでしょ? アタシが殺されちゃう前に、そうなっちゃえばいいと思ったんだもの』
わーん…………
わーん…………
わーん…………
「…………泣いて済む問題か? お前は自分が助かれば、それで良かったのか?」
ウタカタは、自分が助かればそれでいいの?
いつか、自身の開陽たちにも言われた言葉。
『ううん。もう、今はそう思わない。悪い事をしちゃったって、気が付いたから』
爽は驚いた。
ウタカタの外見は同じだが、内面が見違えるほど変化したことがわかる。
あのおバカ丸出しの、あ軽いウタカタはもう、どこにもいない。
まるで本人の心の中に凛とした、強い魂を宿したかのように見える。
「……お前、これからどうする?」
『とりあえずアタシがソウ様を螺旋城へ、連れて行ってあげるー』
白い泡だったウタカタは、まず少女姿に変身し、今度はくるくると回って、大きな虹の橋の姿へと変わった。
どうやら彼女は、必死に名誉挽回しようとしているようだ。
爽は、そんなウタカタの力を借りる事にした。
「そうしてくれると助かる。視界が霞んで、時代を掴む事も出来ないんだ。螺旋城は崩壊寸前なのか、それとも崩壊した後なのか」
『ここ? 現代だよ』
「え? 本当に現代で合ってるのか? それにしては…………」
違和感がある。
あまりにも空気が、よどみすぎている。
爽はこの世界が現代であるとは、どうしても信じられ無かった。
クルクル姿を変えながら、ウタカタはエイッ!と螺旋城まで虹色の橋を伸ばした。
「天璣」
爽が天璣の光を当てると、巨大蜘蛛に似た醜い螺旋城が目の前に姿を現した。
頭上から長く伸びている、二本の奇妙な触覚がとても印象的である。
「あんな触覚、最初からあったかな? 天璣!」
爽が杖から放ったたまばゆいばかりの光は、螺旋城の上からはみ出した二本の触覚にビリッ! という音と共に当たった。
すると巨大蜘蛛は唸り声をあげ、気持ちが悪そうに体をくねらせた。
ギャーッ!!!
やがて殺虫剤でも大量に浴びせられた虫のように、螺旋城は動かなくなった。
『わぁー…………キモチ悪いねえ! 相変わらずー』
気味の悪い虹色の橋の姿になっている自分を完全に棚に上げ、『オエーッ!』と叫びながら、ウタカタは螺旋城の外観をめちゃくちゃディスっている。
やがて動かなくなった螺旋城は、その触覚から無造作に地面へと巻物を二本、ポトンと音を立てて落とした。
爽は、その二つの巻物を拾い上げた。
『紫蓮灯の覚書』と書いてある。
「紫蓮灯…………? 初代・時の王の名か」
あの、融通の利かない初代。
殺虫剤……では無くて、天璣の呪いで止まっている螺旋城の城門の中から、背筋がぴんと伸びた着物姿の女性が姿を現した。
「…………誰だ」
「お久しぶりでございます、爽様」
彼女の正体に気づいた爽は驚き、目を見開いた。
声の主は、時の一族である鳳凰の老婆、梅だったのである。