青の果てへと泳ぐきみへ
 


この海は深い。
宝石を溶かしたみたいに青く澄んでいるけれど、底が見えない。

覗き込んでいると時折、奥底に潜む何かに引き込まれてしまいそうな気がしてくる。

きれいで、静かで、冷たい青。



「……七瀬はさ、強いよね」

抱えた膝に視線を落としてぼそりと呟くと、「なにが?」と隣から怪訝そうな声が返ってきた。

「だってさ、ここってわたしたちのトラウマの場所なんだよ」

白い灯台の佇む小さな岬。
わたしたちと人魚姫の唯一の接点であり、
わたしたちが、死んでいたかもしれない場所。

わたしがずっと泳ぎが下手なのは、水に浸かるとどうしてもあの日の記憶が蘇ってしまうからだ。

もがくことも息をすることもできず、
ただゆっくりと沈んでいく感覚を。


いつも隣で何でもない顔をしているけれど。
七瀬だって、きっと、

こわいはずなのに。



「……そんなの、佐波だって同じだろ」

「わたしは七瀬がいてくれるから。七瀬と一緒だと、平気なの」


自分でもよくわからない。

人魚姫に会いたい。その一心で毎年ここへ来ているけれど、わたしだって怖いもの知らずなわけじゃない。

溺れかけた。死にかけた。
そんな場所に立つとやっぱり足が竦むし、あの日の後だってすぐにはここへ来ることができなかった。
……七瀬と会うまでは。

七瀬が隣にいると不思議と落ち着くのだ。

海への恐怖心が、すっかり和らいでしまう。


 
< 10 / 35 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop