青の果てへと泳ぐきみへ
すると岩陰からため息が聞こえ、ドブンと水音がした。
その音に共鳴するように、足元の海面がゆらりと大きく揺れる。
「……幻滅すんなよ」
何かを諦めたような彼の声がすぐ傍に近付き、顔を上げたわたしは息を飲んだ。
そこにいたのは、胸から下をすべて海に浸した泳げないはずの七瀬――ではなく、
彼の姿をした別の生き物だった。
水に濡れた髪から耳があるはずの位置に覗く、魚の胸びれのようなもの。
顔回りや首から下は薄いパールブルーの鱗に覆われていて、肌に張り付いた制服のシャツからも透けて見える。
岩に添えられた手には長く尖った爪。
指と指の間には河童のような水掻き。
そして何より、
海の中でゆらゆらと揺れている、碧く輝く尾びれ。
この10年間、一度だって忘れたことはなかった、
あのひとの、尾びれだ。
「……七瀬?」
「うん、そう」
「……人魚?」
「そう。人魚“姫”じゃなくてごめんな」
海に浸かったままらしくもなく眉尻を下げて笑う彼は、いつもの嫌味ったらしさが消え、どこか儚げな面持ちをしている。