漣響は強くない ~俺様幼馴染みと忘れられた約束~



 響はその後も舞台の仕事をやめることはなかった。
 そして、千絃とは会話もほとんどなく、言葉を交わすとしても仕事の事だけだった。「月城さんと何かかありました?」と斉賀に心配されるほどだった。
 けれど、響は仕事に夢中になることで千絃の事を考えないようにしていた。仕事が終わったら、コンビニのおにぎりを急いで食べて稽古に臨み、夜遅くまでみんなと舞台稽古に集中した。疲れもあったかもしれないけど、元々はアスリートだ。体力には自信がある。休みの日にしっかりと寝れば大丈夫だった。


 「響さん、少しお時間を貰ってもいいですか?」
 「和歌さん。はい、どうしましたか?」
 「少しお話があります」


 稽古の途中で、見学にきていた和歌に呼ばれた。演技指導だろうと思い、彼に近づいたけれど、その場では話す事ではないようで、別室に案内された。


 「お疲れ様です。随分と役者やスタッフとも仲良くやっていただいてるようで。それに、まんな殺陣が上達しています。響さんの指導のお陰ですね。ありがとうございます」
 「そんな……まだまだですよ」
 「本番が楽しみです。それで……今回お願いしたのは、公演がスタートする前に、ちょっとした動画を上げようと思っていまして……殺陣をやりたいのですが、出ていただけますか?1、2分の動画なのですが、宣伝にもなるかと思いまして」
 「いいですね!ぜひ、お願いします」
 「ありがとうございます。やはり、響さんは強いですね。ハードな稽古にも付き合っていただけるし、初めての事にも挑戦してくれる。………頼りきりになってしまって申し訳ないです」


 響が承諾すると、和歌は嬉しそうに微笑んでくれる。
 和歌は、響の事を「強い」と言ってくれる。それは、響にとっても嬉しい事だったが、何故か胸が苦しくなったりもした。
 私は本当に強いのだろうか、と。



 「響さん、もう1つだけいいですか?」
 「え………は、はい。何でしょうか?」


 考え事をしていた響は慌てて返事をする。
 すると、和歌は響の手を取り、自分の口元へ近づける。そして、響の手の甲に唇を小さく落とす。
 響は驚き、真っ赤な顔のまま彼を見る。


 「明日の休み、私とデートしてくれませんか?」


 和歌は響の手に優しく触れながら、そう誘ってきたのだった。



 
< 156 / 192 >

この作品をシェア

pagetop