何度忘れても、きみの春はここにある。
 でも、もし、瀬名先輩の"今"がすごく幸せそうだったら……、私はどうしよう。
「瀬名先輩さ、ちゃんと大学に馴染めてるのかな」
 村主さんがストローでアイスコーヒーの中の氷をくるくると回しながら、そうつぶやく。
 私はあのきらびやかな世界で勉強している瀬名先輩を、頭の中でイメージしたみたけれど、今の高校よりもずっと馴染んでいる光景が浮かんだ。
 村主さんも同じだったのか、「超チャラ男とかになってたらどうしようね」と、真顔で言ってきたので、私は目をつむって頭をかかえる。
 全然違う瀬名先輩になっている可能性もあるのかな。
 いや、でも忘れてしまうのは大切な記憶だけなら、性格にはそんなに影響がないはずでは……。
 なんて思っていると、通路をはさんで隣の席に、ハンチング帽を被った中肉中背の男性が現れた。
 その男性は少し挙動不審な様子で、店員さんの顔を選ぶようにじっと見つめている。
 様子がおかしいので、なんとなくその人が気になり、私と村主さんはチラリと視線を送ってしまう。
 すると、その男性はようやく目当ての人を見つけたのか、片手を挙げて誰かを呼び止めた。
 呼ばれた男性を見た途端、私と村主さんは目を丸くして、その場に硬直してしまう。
 まさかこんな奇跡が起こるなんて……、ありえるのだろうか。
 そこに現れたのは、このカフェの制服を着た、瀬名先輩だった。
「ご注文お決まりでしょうか」
 ……アッシュ系の黒髪も、少し低い声も、すらっとしたうしろ姿も、なにも変わっていない。
 瀬名先輩だ。瀬名先輩が、今目の前にいる。
 驚き固まっている私の手を、村主さんが黙って握りしめた。
 私たちはただ、瀬名先輩と小声で話すハンチング帽の男性の会話に聞き耳を立てる。
「瀬名君、もう一度あの放火事件の話を聞かせてくれないか」
 放火事件という単語が聞き取れた瞬間、ドクン、と大きく心臓が跳ねた。
 あの恐ろしい事件のことは、途中で気を失ったせいで私はあまり事情聴取に協力できなかった。
 もしかして、この男性は刑事か何かなのだろうか……。
 一瞬そう思ったが、瀬名先輩の不機嫌そうなオーラを見て、そうではないかもしれないと察した。
「前に、話せることはすでに言いました。それに、御社は事件を解決したいわけじゃないですよね。くだらないゴシップをバイト先まで持ち込まないでもらえますか」
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