何度忘れても、きみの春はここにある。

春はここにある


 築年数五十年の祖父の家は、最寄駅から徒歩十五分ほど歩いた場所にある。
 昔ながらの横に長いつくりの木造建築で、無駄に敷地が広く、門の背が高いのでなかなか気軽には入れなさそうな構えをしている。
 祖父は五十代後半まで長年弁護士として勤めていたので、母親は昔、なかなかのお嬢様の育ちだったらしい。
 就活を始めた今、祖父がひとりで事務所を立ち上げた事実は素直に尊敬できるようになった。
 俺は重たい木の門を開けて、敷地内に入った。
 桜の木は立派に花を咲かせている。庭の植物の緑も濃くなっていて、木々は葉を目一杯広げて太陽をたっぷりと浴びていた。
 その場に立ち止まって少し植物を眺めていると、庭の奥から水やりをしていた祖父がやってきた。
「類、帰ったか」
「……ただいま」
「入りなさい。まだ春なのに今日は日差しが強すぎるから、お茶を出そう」
 首に巻いていたタオルで汗を拭いた祖父は、先に家の引き戸を開けて家の中へ入った。
 部屋中の窓が空いていて、部屋の中は外よりずいぶんと涼しい空気が流れている。
 俺は少ない荷物を部屋の端において、所在なさげに居間に座り込んだ。
 開けっ放しの窓からは、庭が一面見渡すことができ、四季を感じることができる。
 高校生までは、祖父がよくいるこの居間にはあまり寄り付かず、すぐに二階の自分の部屋へとこもっていたから、なんだか変な感じがする。
 そわそわしながら待っていると、祖父がおぼんに冷たいお茶を入れて現れた。
「近所の方からもらったいいお茶なんだ」
「お茶とか……味の違いわかる気しねぇけど」
 そう言いながら、俺は冷たいお茶を喉に流し込む。
 喉の奥からひんやりすると、体力が戻ってくる気がする。
 たしかに普通のお茶よりは甘味が強いのかもしれない、と思っていると、祖父がお茶をすすりながら、ひとりごとのようにつぶやいた。
「犯人……、捕まったな」
 先日ニュースで見た犯人の顔は、ごくごく普通の四十代くらいの男性だった。
 当時のことをまったく覚えていない俺は、その顔を見ても憎悪はわいてこないし、正直ピンともこない。
 気づいたときに自分はベッドの上で、祖父は泣き崩れていたから。
 祖父は庭先を眺めながら、さっきより少し苦しそうな声で話した。
「お前も、連れていかれてしまうのかと思ったよ、あのときは」
「……大袈裟だな」
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