何度忘れても、きみの春はここにある。
「また、あの火にすべて持っていかれるのかと……絶望しかけた」
 その言葉に、祖父が何度も頭を下げてまわっていた映像が思い浮かんだ。
 まさか、自分の娘が犯罪者になって、しかもそのまま亡くなってしまうなんて……いったいどんな気持ちだったのだろう。
 あのときは祖父の気持ちを想像するに至らなかったが、今は何も言葉が出ない。
「水を触っているとね、なんだか安心するんだよ。お前が事件に巻き込まれてから、ずいぶん植物が元気になっちまってな……」
 今日の祖父はやけに饒舌で、俺は小さく相槌を打ちながら、祖父の言葉に耳を傾ける。
 そうか……。祖父にとって、"火"は大きなトラウマとなっているのかもしれない。
 まさか二度も身内が放火事件に巻き込まれるなんて、思ってもみなかっただろう。
 はじめて聞く祖父の気持ちに、俺はどこか切ない気持ちになっていた。
 祖父ももう年だ。もう数年ないかもしれない人生で、俺は祖父にトラウマを再び作ってしまうところだったのかと思うと、今さら申し訳ない気持ちになってくる。
「心配かけてごめん」
「……今さらだな」
 ふと自然に謝罪の言葉がこみあげてきて伝えると、祖父はいっさい笑わずに「まったくだ」と不機嫌そうにつぶやく。
 こんなふうにちゃんと祖父と話したのはいつぶりだろうか。
 いつもいつも、祖父の忠告を鬱陶しがるだけだったから。
「いつもお前に、言っていたことがあるな。"お前は普通じゃない"と」
 祖父も同じように過去を思い出していたのか、今度は昔話を始めた。
 本当に今日の祖父はよく話すので、なんだか調子が狂うので、俺は思わず悪態をついた。
「ああ。耳にタコができるくらい聞いたな」
「それくらい、危機感を持ってほしかったんだ。周りに置く人を選ぶ能力を、ちゃんと身に着けてほしかった。覚えていられないということは、ある程度危険が伴う」
「……じゃあ、そう言えばよかっただろ。言葉足りなさすぎだろ」
「そうか、そうだな……」
 何も言い返さない祖父に、ますます調子が狂う。
 それとも、祖父はもともとこんなふうにおだやかな性格をしていたのだろうか。
 学生時代の印象と今の印象が、どうしてこんなにも違うんだ。
 たった少し離れていただけで、こんなにも話せることが増えることがあるなんて。
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