何度忘れても、きみの春はここにある。
 固定の友人もあまりいなかった俺が、誰かと待ち合わせて出かけるなんてよっぽどのことだ。
 自分の知らない自分の過去を知り、なんだか胸がザワついてくる。
「なあ、サクラギコトネって子のこと、知ってるか……」
 おそるおそる、そう訊ねると、祖父は一瞬表情を強張らせる。
「そうか。それも覚えていないのか……」
「え……?」
「その子は、お前と一緒に放火事件に巻き込まれた子だよ。事件のとき、偶然そばにいたんじゃないか」
 事件のときに、一緒にいた被害者が、コトネだったのか……。
 卒業式を抜け出してまでその子と一緒にいたということは、本当に俺にとって大切な存在だったのかもしれない。
 過去の俺には……それくらい大切な人間がいたということなのか。
 予想が核心に迫っていく。
 眉間にしわを寄せたまま黙っている俺を見て、祖父は「一度自分の部屋に戻って休みなさい」と諭した。
 再び襲ってきた激しい頭痛に耐えかねて、俺は二階の部屋に戻ることにした。
 しかし、その前に一度立ち止まり、祖父の方を振り返ってひとこと告げた。
「家の庭、あんなにきれいだったんだな」
「ああ……、今の自分にとって大切なものだからな」
「……この庭を見に、たまに帰るわ」
 それだけ言い残して、俺は静かに階段をあがる。
 築年数の長いこの家の階段は、足を踏み込むたびにギシギシと音を立てて軋む。
 自分の部屋は、二階の一番奥の部屋にあり、久々に見た自分の部屋のドアがとても古びて見えた。
 ドアノブに手をかけて中に入ると、埃っぽい空気が充満している。
 ベッドも、本棚も、テレビも、洋服も、学生服まで、そのまま放置してあり、高校生の頃の自分が目に浮かんできた。
 俺はすぐにカーテンと大きな窓を開けて、空気の入れ替えを行う。
 太陽が部屋の中に温かな光を連れてくる。
 ほろほろと、桜の花びらが数枚部屋の中に舞い込んできた。
 春が好きだという人は多いけれど、花や太陽のおかげで、心が不思議とおだやかになれるからだろうか。
 瞳を閉じて、深呼吸をしてみる。頭の痛みが、ゆっくり引いていく気がする。
 瞼を開けると、再び桜の花びらが目の前に迫ってきたので、俺は思わずそれをよけて、花びらの行方を目で追った。
 すると、その花びらが、机に置いてあったある不思議なものの上に着地した。
「なんだ、これ……?」
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