何度忘れても、きみの春はここにある。
 そこに置いてあったものは、ドライフラワーのように、パリパリに乾燥した植物が、輪っか状になったものだった。
 青い小さな花が、手にしたら崩れ落ちてしまいそうなほど少ない力で、なんとか繋がっている。
 こんなもの、俺が趣味で買うわけがない。
 不思議に思いながらそれを手に取ると、予想どおり、その花は砂のようにほろほろと崩れ落ちてしまった。
 ――そのときだった。
 崩れていく青い花を見ていたら、突然またズキンと激しい頭痛が襲ってきて、俺はその場に崩れ落ちた。
 脳内が一気にいろんな映像を早送りで映し出して、走馬灯のように脳内を駆け巡っていく。
 なぜかこの優しい青がとてつもないスイッチになって、一本の木が水を吸いあげるかのように、枝分かれした記憶の先に水が宿っていく。
 映し出される映像、そのどれもに、あの"コトネ"という女の子が映っている。
 下駄箱で出会ったシーン、マシュマロを図書室で食べているシーン、紙飛行機を屋上から飛ばすシーン、遊園地前で彼女を抱き締めているシーン、視聴覚室で映画を観ているシーン、音楽室でピアノを聴かせたり、カフェに行ったり……。
 そして、最後に映し出されたのは、勿忘草がたくさん咲いた土手で、彼女がブレスレットをつくってくれたシーンだった。
 そのシーンだけは、映画のようにある会話まで蘇ってきた。
『これは、忘れないためのお守りです。勿忘草にかけて作りました』
『……単純すぎて効果なさそうだな』
『でももし、もし、本当に私のことを忘れて、もう何も思い出せなくなっちゃったら、何をしても無理だったら、私は、先輩が最期に見るときの光の欠片になりたい……』
「あ……」
 床に散らばった青い花を見て、俺は一粒の涙を落とす。
 その一粒が乾いた勿忘草の上にこぼれ落ちると、もう、そこから先は、何もかも止まらなくなった。
 あまりの衝撃に、俺は、床に額を付けるほどうずくまる。そして、噛み締めた歯の隙間から、聞き取れないほど震えた声で、彼女の名前を読んだ。
「琴音……っ」
 ――どうして、彼女を忘れて、なんでもない顔でこの数年を生きていたのだろうか。
 堰を切ったように涙が溢れだす。大粒の涙がとめどなく頬を流れていく。心のどこかにずっと抑え込まれていた記憶がすべて涙に変わっていく。
 このまま泣きすぎて、壊れてしまうんじゃないかと思うほど。
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