何度忘れても、きみの春はここにある。
 うっかり納得しかけると、そんなわけねぇだろと冷たい視線を浴びせられた。
 理不尽な仕打ちにショックを受けていると、今度は瀬名先輩が「マフラー燃えんぞ」と言って、私の垂れた長いマフラーを回しかけてくれる。
 ……優しいんだか、冷たいんだか、よく分からない人だ。
「……なんか、そんなグレちゃった理由、あるんですか」
「質問雑だな。あとグレるって言葉、久々に聞いたわ。俺ってグレてんだ」
「じ、自分とは正反対の、よく知らない先輩と大切な記憶をつくるって、無理ですよ。記憶障害になった理由も、何も知らないですし……」
「あ、やっぱり俺の記憶障害のこと知ってんだ。友達いないお前でも」
 そう言うと、瀬名先輩は床にあぐらを掻いて座り、膝の上に肘を置いて頬杖をついたので、私もなんとなくその場に体育座りをした。
 こんなに広い図書室なのに、こんなはじっこに収まっていることがなんだか笑える。
 あらためて近くで瀬名先輩を見ると、骨格からの美しさにもはや神々しさすら感じる。
 アッシュ系の黒髪は、触りたくなるほど艶やかで、気怠そうに伏せられた睫毛は長い。
『俺にも、覚えておきたいって思う記憶、つくってよ』と、誰の記憶にも色濃く残りそうな瀬名先輩が、寂しそうにつぶやくもんだから、私は思わずあのとき首を縦に振ってしまったんだ。
「記憶障害になったきっかけは、俺が小学生のとき、母親が家に火つけて一家心中謀って全焼させたこと。医者曰く、心因性記憶障害だって。自衛するために脳がそうさせてるって」
「え、お母さんが……」
 すぐに、瀬名先輩の家族の命はどうなったのだろうと思ったけれど、聞けなかった。
 瀬名先輩はそれを悟ったかのように補足する。
「今は、死んだ母親の実家に引き取ってもらって、祖父とふたり暮らし。家は年季入ってるけどデケーし、前より自由で豊かな暮らししてるよ。祖父が金持ちだからな」
「そ、そうなんですか……。なんか、壮絶すぎて……」
 なにも言葉が出てこない。瀬名先輩にとって、もう通り過ぎた過去なのかもしれないけれど。
 もし自分がその状況になったら、瀬名先輩みたいに淡々と人に語れるほど、乗り越えられるのだろうか。
「……火、見るの怖くないですか」
 ストーブの火を見ながら、ようやく絞りでた言葉は、我ながらどうでもよすぎるコメントだった。
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