何度忘れても、きみの春はここにある。
 瀬名先輩は私の方を見て、イタズラっ子のように舌を出し、なにかを指差している。
 指差した方角は……、おそらく図書室だ。
「覚えてたんだ……」
 まあ、瀬名先輩が忘れるのは、大切なことだけなのだから、覚えていて当然か。
 そしてなぜか、すんなり今日も瀬名先輩と会うことを受け入れていて、彼のことが怖いと感じなくなっている自分に気がついた。

「お前さ、俺が屋上指さしたのになんでいつまで経っても来ねぇんだよ」
「え……、あれ屋上指さしてたんですか……」
「わざわざ迎えに行く羽目になった時間返せこら」
 あまりに理不尽な怒られ方に眉を顰めていると、無表情なままの瀬名先輩が私の頭を片手でぐしゃぐしゃにした。
 今私は、はじめてこの学校の屋上に来ている。
 今日は雪は降っていないけれど、十分息が白くなるほど寒いのに、こんなに風を遮るものがなにもない場所にいたら凍え死んでしまう。
 私は水色のマフラーに顔を押し付けながらつぶやいた。
「今日はなにをするんですか? 思い出づくり」
「こっから紙飛行機飛ばす。距離負けたほうが肉まん奢る」
「そんな子供みたいなことしてどうするんですか」
「お前とだから、わざとバカな子供っぽいことしてんだよ」
 いったいどういう意味だろう。
 いつもの友人とは、どんな遊びをしているのかな。
 そういえば、普通の高校生ってどんな放課後を過ごしているんだろう。いつも直帰していたので想像したこともなかった。
「なんかいらない紙ねぇの?」
「そんなこと急に言われましても」
「じゃあお前から奪ったあのキモいノート千切って飛ばすか」
「探します、探します」
 脅された私は慌ててリュックの中を漁る。
 すると、ひらりと一枚の紙がファイルから先輩の足元へと落ちてしまった。
 瀬名先輩はそれを拾いあげると、じっとその紙を見つめる。
「桜木、進路とか決めてんの?」
「全然決めてません。先輩こそ決まってるんですか」
「当たり前だろ。とっくに都内の大学決まってるわ」
「え……、じゃあ、家を出てひとり暮らしするんですか」
「そりゃそうだろ」
 そういえば、瀬名先輩は結構頭がいいと聞いたことがある。
 だから多少の悪行も、教師にスルーされているんだとか……。
 進路調査表をひらひらしている瀬名先輩。
 私はその様子を見て、胸をギュッと押さえつけた。
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