何度忘れても、きみの春はここにある。
 あまりのスピード感に焦り、私はとりあえず目についたメニューを読み上げた。すると、村主さんはすぐに店員さんを読んで、ふたつの料理を頼んだ。
 頼み終えた村主さんは、お冷を飲みながら大きな瞳でこちらをじっと見つめてくる。
 瀬名先輩と関わりを持ってから、私のなんにも起こらない平坦な毎日はどこかへ行ってしまったのだろうか……。
 村主さんの話したいことと言えば、瀬名先輩のことに違いない。
「ねぇ、アンタ瀬名先輩の記憶障害のことは知ってて仲よくしてんの?」
 沈黙は、村主さんのストレートな沈黙によって破られた。
 私は仲よくしているかどうかは置いておき、記憶障害のことに対してこくんと頷いた。
「ふぅん。何か瀬名先輩の助けになるような能力でもあんの? 心理的ケアができるとか」
「まさか! 何もできないです」
「じゃあなんで一緒にいんの? 普通に教えてほしいんだけど」
 村主さんは、至って冷静な表情でそう聞いてきた。彼女はただ、本当に理由を知りたいんだろう。……瀬名先輩のことが、好きだから。
 何か探りたいわけでもなく、苛立っている様子でもなく、すごく純粋な感情をぶつけていることだけが分かり、私は少しほっとしていた。
 だから、本当にありのままを説明することにした。
「私の弱みを握られて、それと引き換えに記憶のリハビリに付き合ってくれって言われたんです」
「記憶のリハビリぃ? ていうかタメなのになんで敬語。やめて」
 村主さんが訝しげな表情をしたところで、料理が運ばれてきた。
 私は、ハンバーグが鉄板の上で焼かれる音に掻き消されそうなほど小さな声で「うん」とタメ口で返事をした。意外にもフレンドリーに話してくれることに、驚きを隠せない。
 長い髪を耳にかけて、たらこパスタを頬張っている村主さんに、今度は私から問いかける。
「あの、瀬名先輩の記憶障害って、どれくらいのものなんだろう……」
「約束守らない。瀬名先輩と休日会うのは難易度Eクラス」
「えっ」
 すぐに土曜日のことが頭に浮かんで、瀬名先輩と連絡先も交換していない私は不安になった。
「なに? なんか約束してんの?」
「あ、土曜日に隣町の遊園地に行くことになってて……」
「あ、それたぶん来ないよ。まあ本人は約束守ってないこと自体忘れてるから、悪気ゼロだけどね。こっちも一応誘ってみるけど期待してないし」
「な、なるほど」
< 28 / 135 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop