何度忘れても、きみの春はここにある。
きみの世界
side瀬名類
図書室で食べた焼きマシュマロ、屋上で飛ばした紙飛行機、視聴覚室で観たホラー映画、音楽室で数年ぶりに弾いたピアノ。
全部を、SNSにメモしている。
忘れないように。明日の自分に記憶を繋げられるように。
いつしか、メモしたことさえ忘れてしまうかもしれないと思い、スマホに毎朝通知が来るように設定した。
『起きたら自分のSNSのアカウントを見ろ』。
その通知が来ると、数秒だけ思考が停止して、ハッとしてからすべてを思い出すという頻度が増えてきた。
それは、まるで雷に毎回打たれるかのような衝撃で、最初は脳の神経の一本が痺れて、次々に連動していく感覚なのだ。
それは、俺の中でどんどん桜木の存在が大きくなっているということなんだろう。
桜木を忘れないことが、本当に記憶のリハビリになってしまった。
真っ白だった世界に、インクが一滴落ちてじわじわと広がっていくような感覚を、俺は生まれてはじめて知った。
……いつか失うことが怖いから、いっそメモを取ることをやめて忘れてしまおうか。
そんなこと、毎朝思っている。
覚えていないけれど、きっと、今までの自分も大切な記憶に出会ったとき、そうやって逃げて生きてきたんだろう。
いつか失うことが怖いから。
その言葉は、きっと、俺の頭の中で廻り続ける。……永遠に。
〇
「瀬名先輩。今年、桜の開花宣言遅いんだって。たしかにこんだけ雪降ってたらそうだよね」
音楽室でのことから数日間経ったある日、なにごともなかったかのように村主が昼休憩で教室にやってきた。
隣に座っていいと言っていないのに、勝手にクリームパンを頬張りながらスマホをいじっている。
俺は、音楽室での一件で、こいつは俺にもう話しかけなくなると思っていたから、しれっと目の前に現れたことに少しだけ驚いていた。
ただ、前のように鬱陶しくくっついてきたりはしない。
「あーあ、お花見デートいろんな人に誘われてるのになー」
村主はこれみよがしに男からきたメッセージを俺に見せつけながら、文句を垂れている。
そのことにはいっさい触れずに、俺は唐突な質問を投げかけた。
「アイツの髪、直してやったの。お前」
「え……? ああ、座敷童子ちゃんの話? 耳にかけて髪どけただけだよ」
「なんで」