何度忘れても、きみの春はここにある。
勿忘草に誓う
side瀬名類
……雪が、桜の花びらのように舞い降りてくる。
空は深い青で、街頭に照らされた雪だけが淡く光っている。
深夜二時。俺たちの心音と呼吸以外、何も聞こえない世界で、俺は脳内に焼き付けるように琴音のことを抱き締めていた。
小さな肩は震えていて、彼女の涙で俺の服が濡れている。
彼女の髪の毛にふわりと留まった雪を指で払って、頭を優しく撫でた。
……大切な人の記憶だけ保てないなんて、今はなんて残酷なことなんだろうと思う。
琴音がいなかったら、この記憶障害と立ち向かおうなんて思ってもみなかった。
いったいいつまで、立ち向かえるだろうか。
毎日、針の穴に糸を通すような気持ちで眠りについて、今日と明日を繋げている。
メモだけじゃ、今の体温や呼吸までは覚えていられない。
だから、俺にとって“今”がすべてで、全力で感じ取らなければいけない。
琴音が好き。
胸の中に刻み付けながら、今日が地球最後の日かのように、俺は彼女のことを抱き締め続けていたんだ。
〇
スマホのけたたましい音で目を覚ますと、いつもどおりの朝が来ていた。
SNSを見ろという、いつもどおりのメッセージを見て、俺は通知のとおり行動する。
そこには、ビニール傘を差しながら粉雪を見上げている女子の写真が投稿されていた。
それは、一週間前の投稿で、昨日の投稿には『アイツが雪で風邪を引いてまだ学校に来ない。責任を感じる』と書かれていた。
「雪……風邪……」
ベッドの中で唸りながら、今度は写真フォルダを開くと、同じ女子の写真しか残っていない。
怖がってる顔の写真、驚いている顔の写真、笑っている顔の写真……。
その写真を見ていると、自然と気持ちが優しくなってくる。
そうしているうちに、だんだんと琴音の記憶の輪郭がはっきりとしていくのだ。
「琴音……、アイツ早く学校来いよ」
記憶をぼんやりと思い出した俺は、写真の琴音に向かってそんなひとりごとをつぶやいてしまった。
部屋着である黒のスウェットを脱いで、俺は制服に着替え始めた。
この制服を着るのも、あと二週間で終わるのかと思うと、少しだけ感慨深い。
ネクタイを結びながら、つけっぱなしで寝てしまったテレビを眺めていると、画面いっぱいに桜の花が咲き誇っていた。
そうか、この一週間で一気に春の陽気になったから……。