何度忘れても、きみの春はここにある。
 俺は当初の目的を思い出し、すっと立ち上がって川岸に近づき、琴音を手招きした。
「今日の記憶のリハビリの目的はこれ」
「え……、あ! 勿忘草、たくさん咲いてる!」
「雪をよく耐えたな」
 半径五m範囲内に広がる青い花を見て、琴音はまぶしい笑顔を見せた。
 花径が一センチにも満たない、小さな小さな青い花が集団になると、ちょっとした川のようにすら見えてくる。
 いつか琴音に行きたい場所を訪ねたときに、土手に来たいと言っていたと、メモに書いてあったのだ。
「ばあちゃんが、好きな花だったんだっけ」
「そうなんです。ばあちゃんは青色が好きで、いつもこうやって公園とかで見つけては“かわいいお花”って、嬉しそうに眺めてて……」
 愛おしそうに花を見つめる琴音を、俺は不意打ちでスマホのカメラで撮った。
「あっ、ちょっと! 今絶対変な顔して……」
「連写攻撃」
「ちょっと……、止めてください!」
 そう言いながら、琴音は楽しそうに笑っていた。
 青い花と、春の風と、夕日の光と、大切な人の笑顔。
 この瞬間を忘れないように、明日の自分に残しておけるように、俺は何枚も写真に残した。
 しばらくすると、抵抗することを諦めた琴音は、勿忘草を数本採って、何かを作り始めた。
「……瀬名先輩、知ってますか? どこかの記事で読んだんですけど、“死”は青い光を放つらしいですよ」
「へぇ……」
「虫で実験したことだし、人間に対してはどこまで本当なのか分からないけど……。最期にばあちゃんは光を見て天国に行けたのかなって、たまに思うことがあるんです」
 静かに語りながら、琴音は器用にシロツメクサの茎も使って、花を繋ぎとめている。
 死は青い光……。いつか自分にも訪れる死を想像して、ぼんやりとそれはどんな青なんだろうと考えていた。
 俺の両親も、真っ赤な炎に包まれながら、最期にはそんな光を見れたのだろうか。
 昔のことを思ってぼうっとしていると、琴音が心配そうに顔を覗きこんできたので、俺は「ちょっと家族のこと思い出してた」とそのまま答えた。
 琴音には、どうしてこんなにもあっさりと自分の過去を曝け出せるのだろうと疑問に思いながら、誰にも話したことのない気持ちをつぶやく。
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