何度忘れても、きみの春はここにある。
 少しだけ泣いているのを、絶対にバレないようにするために。
 そのまま、何も言葉を発さないまま、俺は彼女を抱き締め続けた。
 何も言えなくなっている俺を見て何かを察したのか、琴音はそっと俺の頭を優しく撫でる。
 目を閉じると、勿忘草の優しく淡い青が、目の前に広がった。

 ……琴音、お前はもうとっくに、俺の光だよ。
 生きる意味なんて、もう探そうとしない。
 それは探すものでなく、誰かとの間に感じるものなんだと、琴音に出会えたから知れたんだ。



side桜木琴音

 瀬名先輩が、とうとう今日、卒業する。
 出会ってから約三ヶ月間、信じられないほど濃い日々だった。
 私は今日もいつもどおりに通学し、頭上で満開に咲き誇る桜を見上げた。
 長い長い冬が明けて、ようやく温かな空気とともに春が来るように、瀬名先輩が自分の毎日に現れた。
 春は、光を指すように突然やってくる。
 まぶたを閉じると、桜の映像の奥に、ノートを片手にイタズラな笑みを浮かべる瀬名先輩が浮かんで、私はひとりで思わずほくそ笑んでしまう。
 卒業しても会いに行くからと、瀬名先輩は当たり前のように告げてくれた。
 遠く離れても、一緒にいたいと、お互いにそう思っていることは、強い強い絆になっている気がする。
 気のせいなんかじゃないよね、先輩。
 いつか、第三音楽室で瀬名先輩が気まぐれに弾いた、ショパンの“別れの曲”が頭の中に流れ込んでくる……。
 ゆっくりとまぶたを開けると、そこにはさっきと変わらない景色が当たり前のように佇んでいた。
 昨日と明日が、繋がりますように。
 これから先も、ずっと、ずっと……。
 今日も、私は呼吸を止めて、静かに、切実に、願っている。
「……よし、行こう」
 瀬名先輩がいなくなっても、私はちゃんと毎日学校に行く。少しずつ、思い出をつくる努力をすると、あの日決めたんだ。
 瀬名先輩たちの卒業式である今日、私たち一年生は普段どおりに授業をすることになっているので、いつもの教室へと向かう。
 瀬名先輩の最後の制服姿を見たかった気もするけれど、きっと今日は会えないだろう。
 近寄りがたいけど、誰にも流されない芯の強さがあって、いい意味で圧倒的に何かが人と違う瀬名先輩と、最後に話してみたい人はたくさんいるはずだ。
 なんて思いながら、教室に入ると、タイミングよくスマホが鳴り響く。
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