心を ほどいて  ~コーディネーター麻里絵

「お疲れ様です。」

いつもと同じ声で 通用口を開けて。

「あっ。麻里絵ちゃん。ご苦労さん。」

いつもと同じ 店長の声。


『湯沢さんの 打合せの後 先週のお礼を お願いします』

今朝 田辺さんから 届いたラインは

私の胸を 弾ませて 笑顔がこぼれた。


『たこ焼き?』

『上等』

そんな 短いやり取りも。


車から 荷物を運んでいると

モデルルームから 田辺さんが 戻ってくる。


バタバタする足音 子供達の叫び声。


「湯沢さん もう来ているの?」

いつも 時間ギリギリか 遅れ気味な湯沢さん。

私は 驚いて 田辺さんの顔を見る。


「うん。今 工事引継ぎやってるから。麻里絵ちゃんは まだ 大丈夫だよ。」

いつもと同じ 普通の対応の田辺さん。

「よかった。私 時間 間違えたかと思った。」

私も 普通に答えたけど。


「あれ。麻里絵ちゃん。何かあった?今日 雰囲気が違うね。」

店長は 不思議そうに 私を見た。

営業マンは 敏感だから 油断ならない。


「えっ?そうですか?何もないけど…」

曖昧に 首を傾げる私。

「表情が 柔らかいですよね?」

田辺さんまで 店長に 同意する。


ちょっと! 田辺さんのせいなのに。

他人事みたいに 言わないで。


探るような目で 田辺さんを見返すと

店長の後ろで 甘い笑顔を 返してくる。


一瞬 胸が ギューッと熱くなって。

久しぶりの 感触に 私は 戸惑う。


私は 過去を 克服できたかもしれない。




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