男心と春の空
俺はカバンを床に置き、アウターをその上にかぶせた。

本棚を見ると赤い本はよく目立ってすぐに見つかった。

「このレポート、どんくらい時間かかった?」
「‪3時‬間くらい。」

野山はテレビから目をはなすことなく答える。

そしていいタイミングでCMに入ったのでやっと俺の方を見た。

「お前からの電話の後さ樋川からも電話あって、アイツもそろそろ来るって。」
「やっぱりアイツも終わってなかったんだ。」

俺は安心して笑う。

野山のノートパソコンを勝手に開いて電源を入れる。

勝手に本棚から赤い本を手にした時、野山が突然口を開いた。

「彼女と別れた。」
「え、いつ。」

俺は少し驚いた演技をしてみせる。

「春休み入って二日目。だから今週の月曜。」

俺はゆっくりと本を机の上に置き、椅子に腰掛けた。

野山は話を続ける。

「好きな人できたんだって。向こうの大学で。一個上の先輩でバイトも一緒だってさ。」

俺は返す言葉もなくただ黙っていた。

「そんなもんなのかな。俺との時間はそんな簡単に消えちゃうのかな。それほど俺ってその男に負けてんのかな。」

野山はテレビを消し、フラフラと立ち上がってベッドにわざとらしく派手に倒れ込む。

顔を枕に埋めると、しばらく無言の時間に突入してしまった。

男なのに悲劇のヒロインを味わってるんだ。

俺はただ樋川が早く来てくれるのを願う。

静かな時間がゆっくりと過ぎていく。

俺は野山がこっちを見ていないことを気にしながら『はじめての哲学』を静かに開いて読み進める。

たまに野山の鳴咽と「今の俺、マジカッコわりぃよ。」という声がした。

俺は適当に「無理することないって。」と慰め、本を読み進める。

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