男心と春の空
バイト。

矢野英子と一緒になる。
矢野英子は俺の顔を見るなり「おはよう」と言っただけだ。

俺も「おはようございまーす」となるべく元気ハツラツと言って、なんでもないように振る舞う。

どこまで覚えてるんだろう。

あの日以来、弥生ちゃんから連絡はない。
毎日連絡を取り合ってたからこんなの初めてだった。

これで俺たちは終わりなんだろうか。
これが自然消滅ってやつなんだな。

客が一気に減ったタイミングだった。
矢野英子がフワッと俺の隣に来た。
壁に寄り添うように並んで立つ。

「ごめん、私さ、全然記憶ないんだ」

何を言わんとしてるのかすぐに分かった。

矢野英子は気にしない風を装うためか、紺色のエプロンをパンパンとして、前髪を耳にかけた。
そしてピシッと俺の目を見る。

「私、何かした?」

その強い眼差しに一瞬戸惑う。

何か・・・
どうしてもストッキングを脱がせた足を思い出してしまう。

「いや、ベロンベロンに酔っ払ってました」

俺はそう言ってわざとらしくニカッと笑顔を作った。
矢野英子が眉間にシワを寄せる。

「うちに入った?」

おっと。
これはどう答えるのがベストなんだろう。

口元に手を当てて、なるべく早く答えないと、と焦る。

すぐに俺は「はい」と言っていた。

「うわー、やだー」

矢野英子の表情が一気に崩れる。

「あー、じゃあパジャマに着替えさせてくれたのも海くんか。」

そう言って俺に確認するようにじっと目を覗いてきた。

パジャマ・・・には着替えさせてないな。

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