男心と春の空
本日2度目の乾杯。
俺はハイボール、矢野英子はレモンサワー。

矢野英子はゴキュッゴキュッと勢いよく飲むと、なぜかテーブルではなく足元に置いた。

そしてクイッと俺に姿勢を向ける。

「ねー、海くん、海くん、キスしよっか。」
「はい?」

突然、矢野英子が俺の肩に顎を乗せてきた。 

あまりの至近距離に、俺は思わず足元に視線を落とす。

矢野英子が「ねえねえ」と言って俺の胸を軽くポンポン叩いてくる。

俺は静かにすぐ目の前にいる矢野英子を見ると、矢野英子が静かにゆっくりと目を閉じた。

ぼってりとした厚みのある唇。
すっげー綺麗な肌。
まつ毛。
その一つ一つが完璧だ。
すっごく惹かれる。

けど。

「矢野さん、ダメっす。」

俺はそんな矢野英子の顔から目を逸らす。
矢野英子が目をゆっくりと開ける。

「こういうの、好きでもない人とやるの、虚しくないですか。」

矢野英子は真っ直ぐに俺を見つめてくる。

俺はガシガシと頭を掻く。

「ごめんなさい、俺、高松雄介じゃないんで。」

俺の言葉に、矢野英子は少し眉間にシワを寄せた。

「高松雄介ですよね、矢野さんの、好きな人。」

矢野さんが言ってた、忘れられない好きな人。

「え?なんで。」
「前、飲んだ時、酔っ払って言ってました。『好き』って。」

矢野英子はバツの悪そうな顔して、そっと俺の肩から離れる。

俺はまっすぐ何もない床に視線を落とす。

「まだ好きなんですよね。」

矢野英子は何も言わない。

俺は自分の言葉が自分の胸にズシンと重くのしかかってることに気付く。

自分への言葉なんだろうな。

< 73 / 100 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop