男心と春の空
一分ほど無言の時間が過ぎた後、俺は思い切って顔を上げた。

「なんでですか、別れたの。」

矢野英子は宙を見つめる。

「事務所を変えたんだよね。モデルから俳優にシフトするタイミングで。朝の連ドラとか意識しちゃってさ。そしたら恋愛はダメって。」

足元に置いたレモンサワーを手に取った。

勢いよく喉に流し込む矢野英子は美しい。
後毛が額から綺麗に首筋に流れる。

あーキスしとけば良かったなーなんて後悔する。
そのくらい、綺麗。

「すごく好き。今も。」

矢野英子はレモンサワーの缶をまた足元に置きながら言った。

その声がズシンと余韻を残した。

矢野英子の未練が伝わってきた。

実際高松雄介と一緒に住んでるけど、俺が矢野英子のためにできることは何もない。

矢野英子は体育座りをしながら、頭を自分の腕に沈める。

「たぶんあんな恋、もう出来ない。」

聞いてるこっちまで苦しくなる。
薄暗い部屋に矢野英子の声が響く。

参ったな。

俺は何もすることができないまま、ずっと隣にいた。
こんなんだから犬みたいって言われるんだ。

どこかで、中途半端な恋はもう終わりにしようと決めた。
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